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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
料理人編
25/81

【二十五皿目】思い出

 パズルのピースがようやく揃った。


 【人と一緒に食べるご飯】


 これが満月みづきが、一番食べたい物だったのだ。

 更に言えば、流星と一緒に食べるごはん、これが満月みづきの一番食べたい物である。



 なるほど、いくら事細かにレシピを変えて、約千種類程も作ったところで成仏しない訳だ。

 流星は推理小説の探偵が、難事件を解決した時のような気分になった。



 だがここで新たな疑問が浮かぶ。

 (なんの料理を作ればいいのだろう?)

 成仏させる方法が分かったところで、料理を作らなければいけない。



 詰まるところ、完全に推理できた訳ではないのである。

 ぬか喜びした流星は、脱力したようにテーブルに突っ伏した。

 「結局、何を作ったらいいのか分からないんじゃんかよ…」



 明日馬達はうーん、と考え込む。

 やっと答えに辿り着いたのに、肝心なところが分からない。



「だから、なんでもいいんじゃないの?満月みづきちゃんと一緒に食べる物なら」

 夕季が言う。 



 顎に手を当てながら考えていた真昼が口を開く。

「そういえばあんた、死ぬまでは天使のところで修行してたんでしょ?思い出の食べ物とかない訳?」



 真昼に聞かれ、テーブルに突っ伏したまま流星は遠い記憶を甦らせる。

 (満月みづきとの思い出の食べ物…)

 すると、ある記憶が走馬灯のように、脳内に映像が映し出された。



◇◆◇



 それは、一年前満月みづきと出会った時の思い出である。

 中学一年生の流星は、両親が死んだのをきっかけに天道天使と出会う。



 そして、「霊媒師エクソシストにならないか?」とスカウトされて天道家に連れて行かれた。

 武家屋敷のような立派な家の門を潜るとすぐに、修行場がある。



 修行場には自分以外にもいて同い年の子から、一番下は小学生、上は三十代と年齢層は幅広く、連れて来られた理由も皆バラバラだった。

 


 道場の中を見ると今は休憩中なのか、水分補給したり雑談したりしている。

 そんな中、休憩もせず庭で一人竹刀の素振りに精を出す少女がいた。



 黒い髪を高い位置で人つに結び、凛とした顔立ちの少女。

 あれは誰かとおっさん、改め天道に聞いた。

「あの子は月見里満月って言ってね、優秀な俺の右腕だよ」



 流星は驚いた。

 自分と同じくらいの少女に、こんなおっさんの右腕が勤まるのか?、と。



「お前と同い年だけど強いよ?それと、これからお前の指導係だから」

 指導係?流星は首を傾げる。



「まさか俺、戦わなきゃいけねぇの?」

「言っただろ。育ててやるって」

 流星は愕然とした。



 自分が運動音痴なことは、誰よりも周知している。

 なのに、この自分が戦うのか?

 さっきみたいな化け物と?


 

 呆然と立ち尽くしていると、二人の視線に気付いたのか、満月みづきはこちらに歩み寄り、品定めするかのように流星を見つめる。



 満月みづきは小馬鹿にしたように、

「大丈夫なの?すっごい弱そうだけど」

 と鼻で笑った。

 

 

 自覚はしているものの、改めて…しかも同い年の女に言われると流石にプライドが傷付く。

 「よっ、弱くて悪かったな!これから強くなるんだよ!」



 流星は思わず去勢を張ったあとで、しまった!と、口に手を当てた。

 これじゃあ、修行をすることを認めたようなものではないか。



 満月みづきはふーん、と不敵な笑みを浮かべている。

 「私の修行は厳しいわよ?」



 それから三ヶ月、まずは基礎訓練と、1ヶ月間毎日腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを百回ずつ、二ヶ月目は一日三十㎞の走り込み、懸垂を百回、反復横飛び百回、三ヶ月目にしてようやく竹刀の素振りに入った。



 まるで地獄のような修行は、みるみるうちに流星の体を鍛え上げられた…かのように思った。

 ようやく実践、と化け物と真剣で対峙させたが、全く持って才能は開花しなかった。

 


 天使と満月みづきは呆れを通り越して感嘆した。

 ここまで才能がない奴も珍しい、と。

 刀を振るうどころか、刀すら解放できなかった。



 まさか流星自身もこれ程までに、無力だとは思わなかった。

 


◇◆◇



 ここでの食事はいつも修行の前と後と決まっていた。

 

 調理も修行者達がすることがルールで、幽霊の料理人のスキルがある者が担当していた。

 そのレベルはどれも高くプロの料理人になれる者ばかりだ。



 それもその筈で、天道がそのように仕込んでいるからである。

 「料理人?なんだそれ?」

 流星は生姜焼を頬張りながら、いつも同席する修行仲間である友達に聞く。



 「知らねぇの?料理人っつーのは、人間に食べさせるんじゃなくて、幽霊を食べ物で成仏させる仕事だ」

 (幽霊を食べ物で成仏させる料理人…)



 「俺もさ、最初は霊媒師エクソシストになりたいって思ってこの道場に来たんだよ。でも全然化け物には叶わなくてさ。仕方ねぇから試しにって料理をしてみたら、そっちの方が向いてるって言われて。で、今、見ただけで幽霊が一番食べたい物を見る訓練してんだ」



 「幽霊が一番食べたい物…」

 その時の流星は、自分の本当の能力をまだ知らなかった。



◇◆◇



 翌朝、今日も満月みづきと他の霊媒師エクソシスト達に連れられて、戦場に向かった。

 今日は食事の時に同席する仲間もいて、料理をする為に屋台を引いていて、天使も修行の成果を見る為に、傍らで見物している。



「解放せよ!」

 満月みづきは、号令を叫びブレスレットから刀を生成する。

 他の霊媒師エクソシストもそれに習い刀を生成する。

 料理人見習いの友達も、化け物の一番好きな食べ物を見ようとする。



 しかし…。

 満月みづきはなかなか料理を始めようとしない見習いに苛立っていた。

 化け物は斬っても斬ってもすぐに再生する。

 埓が明かない。


 

 見かねた満月みづきは、「何やってるの?!早く調理を始めなさい!」と見習いに指示を出す。

 「分かってます!でも見えないんです!化け物も一番好きな食べ物が!」



 その時、流星は疑問を抱いた。

 自分の目に見える食べ物の名前。

 それを何故見習いは見えないのだろう?



 「とんかつ、じゃねぇのか?あいつが今食べたい物って…」

 周りがどよめいた。

 なんでそんなことが流星に分かるのだ?



 彼は霊媒師エクソシストになる為に、ここに連れて来られたのではないのか?

 だがそんなことまで考えてる余裕などなかった。



 見かねた満月みづきは、見習いに、とんかつを作るように指示する。

 見習いはなりふり構わず言われるがまま、とんかつを作り始めた。



 辺りに豚肉を揚げた、香ばしい匂いが漂う。

 化け物は地面を蹴り速度を上げて、月見里を切り裂かんと襲いかかる。



 その瞬間、ピタリと動きが止まった。

 見習いが手を震わせながら、化け物にとんかつを差し出す。



 一か八か。

 周囲は息を飲んで、祈った。

 その想いが届いたのか、化け物は箸を取りとんかつを食べ始める。

 


 一口噛むだけで口の中に溢れ出す肉汁と、ソースのマリアージュが堪らない。

 化け物はただ、ひたすらに食べ続けた。



 まるで洗ったかのように綺麗に平らげると、辺りに目映い光が生まれて、大学生の男が現れた。

 天使はその刹那、流星の真の能力が霊媒師エクソシストではなく、料理人だと確信した。

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