【二十五皿目】思い出
パズルのピースがようやく揃った。
【人と一緒に食べるご飯】
これが満月が、一番食べたい物だったのだ。
更に言えば、流星と一緒に食べるごはん、これが満月の一番食べたい物である。
なるほど、いくら事細かにレシピを変えて、約千種類程も作ったところで成仏しない訳だ。
流星は推理小説の探偵が、難事件を解決した時のような気分になった。
だがここで新たな疑問が浮かぶ。
(なんの料理を作ればいいのだろう?)
成仏させる方法が分かったところで、料理を作らなければいけない。
詰まるところ、完全に推理できた訳ではないのである。
ぬか喜びした流星は、脱力したようにテーブルに突っ伏した。
「結局、何を作ったらいいのか分からないんじゃんかよ…」
明日馬達はうーん、と考え込む。
やっと答えに辿り着いたのに、肝心なところが分からない。
「だから、なんでもいいんじゃないの?満月ちゃんと一緒に食べる物なら」
夕季が言う。
顎に手を当てながら考えていた真昼が口を開く。
「そういえばあんた、死ぬまでは天使のところで修行してたんでしょ?思い出の食べ物とかない訳?」
真昼に聞かれ、テーブルに突っ伏したまま流星は遠い記憶を甦らせる。
(満月との思い出の食べ物…)
すると、ある記憶が走馬灯のように、脳内に映像が映し出された。
◇◆◇
それは、一年前満月と出会った時の思い出である。
中学一年生の流星は、両親が死んだのをきっかけに天道天使と出会う。
そして、「霊媒師にならないか?」とスカウトされて天道家に連れて行かれた。
武家屋敷のような立派な家の門を潜るとすぐに、修行場がある。
修行場には自分以外にもいて同い年の子から、一番下は小学生、上は三十代と年齢層は幅広く、連れて来られた理由も皆バラバラだった。
道場の中を見ると今は休憩中なのか、水分補給したり雑談したりしている。
そんな中、休憩もせず庭で一人竹刀の素振りに精を出す少女がいた。
黒い髪を高い位置で人つに結び、凛とした顔立ちの少女。
あれは誰かとおっさん、改め天道に聞いた。
「あの子は月見里満月って言ってね、優秀な俺の右腕だよ」
流星は驚いた。
自分と同じくらいの少女に、こんなおっさんの右腕が勤まるのか?、と。
「お前と同い年だけど強いよ?それと、これからお前の指導係だから」
指導係?流星は首を傾げる。
「まさか俺、戦わなきゃいけねぇの?」
「言っただろ。育ててやるって」
流星は愕然とした。
自分が運動音痴なことは、誰よりも周知している。
なのに、この自分が戦うのか?
さっきみたいな化け物と?
呆然と立ち尽くしていると、二人の視線に気付いたのか、満月はこちらに歩み寄り、品定めするかのように流星を見つめる。
満月は小馬鹿にしたように、
「大丈夫なの?すっごい弱そうだけど」
と鼻で笑った。
自覚はしているものの、改めて…しかも同い年の女に言われると流石にプライドが傷付く。
「よっ、弱くて悪かったな!これから強くなるんだよ!」
流星は思わず去勢を張ったあとで、しまった!と、口に手を当てた。
これじゃあ、修行をすることを認めたようなものではないか。
満月はふーん、と不敵な笑みを浮かべている。
「私の修行は厳しいわよ?」
それから三ヶ月、まずは基礎訓練と、1ヶ月間毎日腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを百回ずつ、二ヶ月目は一日三十㎞の走り込み、懸垂を百回、反復横飛び百回、三ヶ月目にしてようやく竹刀の素振りに入った。
まるで地獄のような修行は、みるみるうちに流星の体を鍛え上げられた…かのように思った。
ようやく実践、と化け物と真剣で対峙させたが、全く持って才能は開花しなかった。
天使と満月は呆れを通り越して感嘆した。
ここまで才能がない奴も珍しい、と。
刀を振るうどころか、刀すら解放できなかった。
まさか流星自身もこれ程までに、無力だとは思わなかった。
◇◆◇
ここでの食事はいつも修行の前と後と決まっていた。
調理も修行者達がすることがルールで、幽霊の料理人のスキルがある者が担当していた。
そのレベルはどれも高くプロの料理人になれる者ばかりだ。
それもその筈で、天道がそのように仕込んでいるからである。
「料理人?なんだそれ?」
流星は生姜焼を頬張りながら、いつも同席する修行仲間である友達に聞く。
「知らねぇの?料理人っつーのは、人間に食べさせるんじゃなくて、幽霊を食べ物で成仏させる仕事だ」
(幽霊を食べ物で成仏させる料理人…)
「俺もさ、最初は霊媒師になりたいって思ってこの道場に来たんだよ。でも全然化け物には叶わなくてさ。仕方ねぇから試しにって料理をしてみたら、そっちの方が向いてるって言われて。で、今、見ただけで幽霊が一番食べたい物を見る訓練してんだ」
「幽霊が一番食べたい物…」
その時の流星は、自分の本当の能力をまだ知らなかった。
◇◆◇
翌朝、今日も満月と他の霊媒師達に連れられて、戦場に向かった。
今日は食事の時に同席する仲間もいて、料理をする為に屋台を引いていて、天使も修行の成果を見る為に、傍らで見物している。
「解放せよ!」
満月は、号令を叫びブレスレットから刀を生成する。
他の霊媒師もそれに習い刀を生成する。
料理人見習いの友達も、化け物の一番好きな食べ物を見ようとする。
しかし…。
満月はなかなか料理を始めようとしない見習いに苛立っていた。
化け物は斬っても斬ってもすぐに再生する。
埓が明かない。
見かねた満月は、「何やってるの?!早く調理を始めなさい!」と見習いに指示を出す。
「分かってます!でも見えないんです!化け物も一番好きな食べ物が!」
その時、流星は疑問を抱いた。
自分の目に見える食べ物の名前。
それを何故見習いは見えないのだろう?
「とんかつ、じゃねぇのか?あいつが今食べたい物って…」
周りがどよめいた。
なんでそんなことが流星に分かるのだ?
彼は霊媒師になる為に、ここに連れて来られたのではないのか?
だがそんなことまで考えてる余裕などなかった。
見かねた満月は、見習いに、とんかつを作るように指示する。
見習いはなりふり構わず言われるがまま、とんかつを作り始めた。
辺りに豚肉を揚げた、香ばしい匂いが漂う。
化け物は地面を蹴り速度を上げて、月見里を切り裂かんと襲いかかる。
その瞬間、ピタリと動きが止まった。
見習いが手を震わせながら、化け物にとんかつを差し出す。
一か八か。
周囲は息を飲んで、祈った。
その想いが届いたのか、化け物は箸を取りとんかつを食べ始める。
一口噛むだけで口の中に溢れ出す肉汁と、ソースのマリアージュが堪らない。
化け物はただ、ひたすらに食べ続けた。
まるで洗ったかのように綺麗に平らげると、辺りに目映い光が生まれて、大学生の男が現れた。
天使はその刹那、流星の真の能力が霊媒師ではなく、料理人だと確信した。




