【二十三皿目】憎しみ
流星は意識を取り戻した。
朧気に目を開ると、視界には夕焼け空ではなく天井が広がっている。
はて、と記憶を巡らせながら隣を見ると、明日馬も規則正しい寝息を立てている。
暫く微睡んでいると、女性の声が聞こえた。
「やっと起きたかい?」
空閑空音が扉の前に立っている。
「なんで姉ちゃんがいるんだ?」
「たまたま買い物に行ってたら、あんた達が道端で倒れてたから連れて帰って来たんだよ」
段々意識がはっきりして、改めて部屋をぐるりと見る。
そこは、空音の店であることが分かった。
たまたま通りかかるなんて、なかなか都合にがいい。
それにしてもどうやって運んだんだ?と首を傾げた。
起き上がると、あれだけ痛かった痛みが全くない。
不思議に思って身体中を確認する。
「怪我なら治しといたよ。そっちの友達もな」
明日馬を見ると、怪我は綺麗になくなっていて、空閑空音と言う人物に対して、更に謎が深まるのだった。
流星の隣に空音が腰を下ろすと改めて、流星と明日馬を見た。
「それにしても、こっぴどくやられたねぇ。あたしが来なかったら死んでたよ」
と冗談めかす。
「やったのは常陸陸だね?」
流星は、意外そうな顔をする。
「なんで知ってるんだ?」
「そりゃあ知ってるさ。あんた知らないと思うけど、あたしも元々霊媒師だったからね」
流星は、その事実に驚きを隠せずにいた。
ただの金物屋の店主ではないことは分かっていたが、まさか霊媒師だったとは…。
流星は、もう一つ疑問が浮かんだ。
何故今のメンバーを知っているのだろう?
不思議に思っていると、明日馬が目を冷ました。
「よう、やっと起きたか」
流星が笑う。
「俺達さっきまで外にいた筈じゃ…」
「たまたま居合わせた姉ちゃんが、連れて来てくれたんだってさ」
姉ちゃん?と、明日馬が不思議そうな顔をすると、横を見るとたわわな果実を持つ女性が座って、こちらを見ている。
明日馬はハッとして、やっと全容を理解した。
◇◆◇
「良かったなぁ。怪我、姉ちゃんが、治してくれたんだってさ」
流星は、いつものように笑いかける。
明日馬は、それが何故かとても居心地が悪く感じた。
「何も思わなかったのかよ?」
絞り出すような声で呟く。
何が?と流星が、すっとんきょうな声で聞く。
明日馬はより一層苛立ちを感じて、奥歯を噛み締める。
「あの時俺、本気で殺そうとしたんだ。あいつを。なのに何故そんなにヘラヘラ笑ってられるんだよ?!」
急に怒り出す明日馬に、流星は困ったように頭を掻く。
「だって、結果的に殺さなかっただろ?それに日向は日向だし」
とあっけらかんと言ってくれた。
明日馬は、自分の中に住まう鬼のような、はたまた悪魔にも似たあの感情が嫌いで堪らなかった。
そうなると、誰彼構わず傷つけてしまうのだ。
何故そうなったかは分からない。
そんな感情は、もうなくなったと思い込んでいた。
自分は変わったのだと。
しかし、それは全て幻想だったと言うことを思い知らされた。
全く記憶がない筈なのに、手や足に常陸を殴った感覚が染み付いている。
自分は汚らわしい存在だと、ずっと否定し続けて来たのだ。
できれば誰にも知られたくなかった。
知ったら絶対拒絶される、そう思っていたのに。
この諸星流星と言う男は、あっさりと打ち砕いたのである。
今まで悩んで来たことが馬鹿げていと思えるくらいに…。
明日馬は顔を掌で覆い、頭を持ち上げると、「馬鹿みてぇ…」
と呟いた。
◇◆◇
布団から出ると、二人は改めて空音の前に座り治して流星が本題を切り出した。
「で、一体なんなんだ、あいつは」
空音はため息混じりに、
「常陸陸、化け物を憎んでる奴だよ」
と答えた。
「憎んでるってなんで…」
それは陸が二十歳になった頃。
陸もまた、普通の、平凡な生活を送っていた。
家に帰れば仲のいい両親、楽しい笑い声が耐えない明るい家庭で、友達にも恵まれていた。
しかし、それはある日一変する。
化け物の存在によって。
陸の家族は、化け物に惨殺されたのだ。
自分にも牙を向けられたが、天使に助けられたのだ。
そして流星と同じようにあの修行場に連れていかれ、霊媒師として鍛えられたのである。
流星は思わず言葉に詰まる。
(自分と同じだ…)
ただ、道がちがうだけで成り行きは全く同じだった。
ここまでボコボコにされたにも関わらず、流星は心の底から陸を否定できなかった。
「同情してる場合じゃないよ」
そんな流星を見かねて空音は、鋭い視線を向ける。
「恐らく、陸の本来の目的は満月ちゃんだ」
流星がハッと息を飲むと、満月が危ないと、野生の感が働いた。
「そうそう、気付いたんならさっさと帰りな」
「ありがとう、姉ちゃん!」
全てを悟った流星は足早に店を後にした。
「気をつけてな…」
その後ろ姿を空音は優しく見守った。
◇◆◇
息を切らしながら流星は、勢い良く店の扉を開けた。
「いるか!満月!」
けたたましい声に満月は、思わずぎょっとした。
「どうしたの?そんなに慌てて…」
きょとんとした表情でこちらを見る。
良かった、無事だったと流星はほっと胸を撫で下ろす。
深く息を吸い込んで呼吸を整えると、店の奥に進んで椅子に腰を落ち着けた。
流星は、ハッと息を飲んで改めて満月を見た。
気配が薄くなっている。
「365日が過ぎたら、自動的に化け物になるわよ」
真昼が言っていた言葉が、脳内で再生された。
その日まであと、三日を切っていたー…。




