【二十二話】日向VS常陸
化け物が成仏したのを見届けた明日馬は、痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がる。
「常陸、テメェ、なんで斬ったんだよ。斬るなっつったのに」
流星は、明日馬の声色がいつもと違うことに気がつきはっと息を飲んだ。
だが、陸はそんな変化にはまるで気付いてないのか、化け物の血がべっとりとついた刀を振ると、溜め息をついて刀に担ぎ振り返った。
「さっきも言っただろ。あのままだったら、その子が殺されてた。お前はそれでもいいのかよ?」
明日馬は、まるで鬼のような形相で陸を睨みつけると、その問いに答えることはなく、ゆっくりと刀を構え、陸に突進して、間合いを詰める。
明日馬が、思い切り刀を振り下ろすが、陸はあっさりと受け止める。
「あの子の目の前で斬ることねぇだろ!あの化け物は、あの子の父親だったんだ!」
ギリギリと、明日馬の刀が陸の刀に食い込む。
「だから!そうだったとしても、化け物になったら斬るしかねぇだろ!どの道あの子じゃなくても、別の誰かが襲われてた!それを止めるのが俺達、霊媒師の役目じゃねぇのかよ!」
確かにそうかも知れない。
霊媒師とは、本来はそう言う役割かもしれない
でも…。
明日馬の中で色んな思いがひしめき合う。
ギィン、ギィン、ガガガッ、ガギィンッ!!
少しでも手元が狂えば心臓が切り裂かれそうな、ギリギリの感覚で、銀色に輝く刃と刃が、火花を散らしながら激しく交差し合う。
互角のようだが、日向の方が僅かに動きが遅い。
一瞬でも気を抜けば、すぐに負けてしまいそうだ。
何が正しくて、何が間違っているのかなんて、分からない。
本当はそんなものないのかも知れない。
明日馬は、刀を震いながらも、本当の答えを導きだそうと思考を巡らせる。
「お兄ちゃんが…っ」
流星の腕の中で、空を見上げていた少女が、口を開いた。
「お兄ちゃんが悪いんだ!お兄ちゃんが、化け物をころしたから、パパがいなくなったんだ!!帰してよ!パパを帰してっ!!」
少女は、一度に色んなことが起こりすぎて何が本当のことが理解できず、全て陸が悪いのだと思い込んでしまったようだ。
「はぁ?!お前、何言ってんだ!俺は、ただ、化け物になった霊を成仏させただけで…っ」
「違う!パパは死んでなんかいない!だって、今日あたしの誕生日をお祝いしてくれるって約束したんだもん!!!」
そうだ、この少女にはまだ、父親が死んだと言う事実を理解できていないのだ。
それを理解するには、まだ幼すぎる。
常陸が、なんとか説得しようと言葉を考えるが、日向の攻撃を受けるのがやっとで、考えに集中できない。
「ちっ!だからガキは嫌ぇなんだよ!」
陸が舌打ちすると、刀の振るう力が一段と増す。
ガギィンッ!ギンギン!!ガガがガガッ!!
陸が刀を振るう度、冷たいコンクリートの地面が砕け破片と砂ぼこりが舞い散る。
明日馬は、あまりに陸の攻撃が早すぎて、受け止めるのがやっとだ。
(くそっ!こいつ、いつの間にこんなに強くなったんだよ!!)
「はははっ!弱ぇ、弱ぇよ、日向明日馬!!失望したよ!前はもっと強かったのによぉ!そんなんで、料理人の霊媒師とは、笑わせるぜ!!」
ベラベラと饒舌に喋る常陸に、明日馬はやっとの思いで刀を振るう。
「っらぁあっ!!」
しかし、全く手応えがなく、空を切り裂いただけのようだ。
先程まで目の前にいた陸がいない。
どこに行ったのか、と振り返る間もなく、背中に熱い痛みが走った。
「日向っ!!」
流星の叫ぶ声が響く。
しかし、暫く立っても痛みがなく、明日馬は恐る恐る目を開ける。
ドクン、明日馬の心臓が脈を打つ。
自分の上に、血まみれの流星が横たわっている。
「先輩…?」
明日馬が声をかけるが、流星は反応しない。
満月の時と、明らかに状況が違う。
「先輩!おい、先輩!!どうしたんだよ!おい!!」
必死になんども名前を呼ぶが返事がない。
「不様だな、日向明日馬。主を守る筈の霊媒師が、主に守られるなんてな」
陸は刀を納めると、二人前で膝をつく。
「ぼさっとしてんな。治療してやるから一緒に…」
全てを言い終える前に、常陸は不意に顔を思い切りぶん殴られた。
「いってぇなぁ!今、喧嘩なんかしてる場合じゃ…っ!」
陸が怒鳴り声を上げたが、はっと息を飲んだ。
明日馬の目の色が、先程までと違う。
明日馬は、ゆらりと立ち上がると、陸の腹を目掛けて思い切り蹴り飛ばす。
突然の衝撃に耐えられず、陸は体制を崩し地面に転がった。
陸はすぐに立ち上がろうとしたが、胸ぐらを掴れてもう一度、顔をぶん殴られる。
左頬、顎、鳩尾に強い衝撃が走る。
(なんだよこいつ!いきなり強くなりやがった…っ!!)
さっきまでの明日馬とは雰囲気がまるで違う。
例えるならそう、まさに化け物のようである。
腹に蹴りを食らわされ体がふっ飛んだ。
ゲホゴホと血反吐交じりに咳き込む。
力を振り絞って立ち上がろうとしたその時、黒い影が覆った。
顔を上げると、今にも刀を振り下ろさんとする明日馬が立っている。
陸の表情からは余裕な笑みは消え、内部から突き上げられるような恐怖に包まれる。
怖い。陸は初めてそう思った。
もう逃げ場はない、そう思った時明日馬の背後から、金色の髪の少年の叫び声が聞こえた。
明日馬は我に帰ると、目の前にはボロボロになった陸の姿がある。
一体どうなっているのかと混乱していたその時、ゴォッと竜巻が起こり咄嗟に顔を腕で隠す。
「悪いなぁ、うちのチビが世話になったみてぇだなぁ」
顔を上げると、アッシュ色の髪の男が、陸をまるで猫の子でも扱うかのように抱き抱えている。
「なっ、何すんだ放せ!」
「暴れんじゃねぇ!こんだけボコボコになっておいて!
俺が来なかったら殺されてたぞ!」
腕の中で暴れる陸を叱責すると、男はまたな!と言って颯爽と去って行った。
◇◆◇
男の背中をポカンと口を開けて眺めていた流星は、漸く正気に戻ると、傷口を押さえて足を引きずりながら明日馬に近寄る。
明日馬は自分の身を抱えて震えている。
大丈夫かと、流星は明日馬の肩を抱く。
「俺、今何してた…?」
震える声で聞く。
「何って、覚えてねぇのかよ?さっきの奴を半殺しにしたんだぞ?」
明日馬は息を飲むと、自分の中にいる鬼の存在に酷い嫌悪感を抱いた。
「そうか。俺、まだ変わってなかったんだな…」
そう言うと意識を失い地面に倒れ込んだ。
咄嗟に抱き抱えようと近付いたが、血を流し過ぎたようで二人仲良くその場で気を失った。




