【十八皿目】嘘
流星と明日馬は、空閑空音の店を後にした足で、渡されたメモに記されている住所へ向かった。
その場所は自分達の学校の校区内の住宅街にある。
あれだけの情報で本当に大丈夫だろうかと、明日馬はまだ不安だった。
バスから降りて約十五分程歩くと、その家はあった。
木造二階建ての立派な家で、庭まである。
しかし、庭の花達はあまり手入れが行き届いていないようだ。
流星は、メモに記されている名字と表札を一緒であることを確認すると、インターホンを鳴らす。
暫くして玄関のドアが開くと、中年の男性が現れた。
男性は見慣れない子供に怪訝な表情を浮かべる。
「うちに何か用か?」
男性はぶっきらぼうに聞く。
平岡忠平さんですか?と流星に聞かれると、男性はそうだ、と答える。
「俺達、平岡和子さんのことで、聞きたいことがあって来ました」
男性は、その名前を聞くなり明らかに態度を変えた。
「なんのようか知らねぇが、和子はもう死んだんだ!帰れ!」
大声で怒鳴ると、勢い良くドアを閉められてしまった。
流星は深いため息をつく。
まぁ、当然かと潮らしく頭を掻いた。
「どうするんだよ?この様子だと、もう次は簡単には応じてくれねぇんじゃねぇか?」
流星は、唸り声を上げで暫し思案する。
「宅急便屋の降りするとか…」
「通じないだろ、今時」
明日馬は、呆れた顔をした。
◇◆◇
二人は夜も遅い為、仕方なく店に帰ることにした。
店の扉を開けると、満月が出迎えた。
「お帰りなさい、もうできてるわよ」
「できてるって何が?」
流星は首を傾げる。
すると、すぐになんのことか理解した。
店のテーブル席には、四人分の食事が並べられている。
もしかして、と台所の奥に視線を投げると、思った通り、女性…改め、平岡和子がせっせと食事の準備をしていた。
随分とまぁ、賑やかになったことだと、流星は思う。
満月と二人切りの時じゃこんな風景は見られなかっただろう。
二人は鞄を置き手を洗うと、それぞれ席に着いた。
◇◆◇
「そう、主人がそんなことを…」
食事に舌鼓を打ちながら申し訳なさそうに呟いた。
「まぁ見ず知らずの奴がいきなり押し掛けりゃ、仕方ねぇよ」
流星はからあげを頬張りながら、苦笑いする。
でも他に方法はなかった。
自分達は幽霊が見えて、あなたの奥さんがここにいます、なんて言ったところで余計不審がられてしまうだけだ。
せめて、忠平さんが和子さんを見ることができればなぁ…と、流星は一人ごちる。
せめて、この店に連れて来ることはできないだろうか?
この店ならば、霊が見えなくとも見ることができるのに。
四人は、どうにかして忠平を説得する方法を考えた。
◇◆◇
ドアを開けてくれないのなら、自ら外に出ているところを突撃すればいい。
流星は単純にそう考えた。
今日は平日なので学校を休み、一日平岡宅を張り込むことになった。
ほい、と明日馬は流星に、あんパンと牛乳が入った袋を差し出す。
「なんだこれ?」
流星が、訳が分からない顔をしている。
「張り込みと言えば、あんパンと牛乳って決まってんだよ」
「そうなのか」
と感心した。
三時間くらいして、漸く忠平が家から出てきた。
あんパンと牛乳はとっくに消費されている。
「やっと出てきた!」
流星はすぐさま忠平の元に向かう。
すると忠平は再び怪訝な表情を浮かべる。
「またお前達か」
「あの、俺達怪しい者じゃないんです!平岡和子さんのことで、どうしても聞きたいことがあって来たんです!」
再び和子の名前が出て、忠平は更に眉をしかめる。
やはりまた追い返されるのか、と明日馬が思ったその時である。
「あの、俺達以前道で怪我をして困ってと時に和子さんに、助けて貰ったことがあったんです。その時にタオルをお借りしたんですが、そのまま返しそびれてしまってて、ある人に住所を教えて貰ったんで届けに来たんです」
と言った。
これは昨日、四人で作戦会議をした結果思い付いた話である。
もちろん、全くの嘘である。
よく平然とそんな嘘つけるよな、と明日馬は少し軽蔑したくなった。
明日馬は嘘が下手なので、流星を指名したのは正解だった。
タオルは、満月が持っていた者である。
忠平は少し驚いたが、ふっと柔らかい表情を浮かべて、
「あいつなら、やりそうだな」
と呟いた。
◇◆◇
二人は忠平案内されて近くの喫茶店に入った。
この前、七夕と一緒に来た喫茶店である。
好きな物を頼め、と言われたので流星はナポリタンとコーラ、明日馬はオムライスとクリームソーダを頼んだ。
流星はすっかり、ここのナポリタンを気に入っていて、また食べたいと思っていたらしい。
「それで、和子さんのことなんですが…」
流星が切り出した。
そのままの事情を話す訳には行かないので、やんわりと嘘を交えながら説明した。
説明の内容はこうである。
「自分の店は料理屋で、和子さんにもいつか来て欲しいと約束したけど、結局は叶わなかった。
だからせめて、旦那さんである忠平《さんに食べに来て欲しい」
忠平はいよいよ妙な話になって来たので、頭を抱えるが何故かこの少年達のことを無視できないと思えるた。
暫く考えていたが、思うことがあったのか、忠平は意を決した。
「分かった。その店とやらに行ってやろうじゃねぇか」
流星と明日馬は驚いた。
自分達が言うのもなんだが、まさか、こんな嘘を信じてくれるなんて思ってもいなかったからだ。
「ただし、嘘だったら警察官に付き出してやるからな」
と釘を刺されたが、二人は聞かなかったことにして、運ばれて来た料理を食べることだけに集中した。




