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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
料理人編
16/81

【十六皿目】焦り

「ここでいいわ」

 体調が優れない真昼を見かねて三人は、駅まで送ることにした。



 辺りは既に真っ暗だったが、駅には会社帰りのサラリーマンやら、帰宅が遅くなった学生やらで溢れている。



「色々悪かったわね。でも、絶対にあんた達を認めた訳じゃないから」

 先程の一件で少し潮らしくなったかと思いきや、そうでもないようで、真昼は相変わらずの対応をした。



 あの後、流星から、満月みづきのことを説明した。

 満月みづきが何故死んだのか、何故成仏できないのかなどと言うことを。

 真昼は、裏切った二人を連れ戻す為に現れたのだが、当の本人達にはもう、そんな気は消え失せていた。



 だからそれ以上は何も咎める気にはなれなかった。

 夕季に自分はこれからどうしたらいいかなどを聞かれたが、すっかり興味を失っていて、「好きにしなさい」とだけ答える。



 真昼はそれよりも、譲れないことがあった。

 それは、満月みづきのことである。

「あんた、昔あの人の右腕だったそうじゃない。色々聞いてるわよ」



 あの人とは、天道天使てんどうあまつかのことである。

 真昼は、現在満月みづきの代役を勤めているそうで、嫉妬心を抱いているようだった。

 だから「私の勝ちね」などと、満月みづきに対して放ったのだ。



 「それにしても、あんた、本当になんともないの?」

 自分に斬られた割には何事もなかったかのような様子の満月みづきに、真昼は気にかける。



「特になんともないわよ?」

 首を傾げながら言う満月みづきに、真昼は小さい溜め息を付く。

「やっぱり、幽霊とは言え元々霊媒師エクソシストだったかしら。普通なら、成仏してるわよ」



 電車が到着して、真昼が乗り込もうとしたが、ふと何かを思い立って振り返る。

「あ、そうだ。そういえば、あんた、今死んで何日目?」



 満月みづきが流星に、何日だったかと確認する。

「一年くらいだから、357日くらいか?」

「そう。 知ってるかも知れないけど…」



 真昼は少し勿体ぶってから、

「365日をすぎると、自動的に化け物になるから、それまでに成仏させなさいね」

 と忠告をした。



 新たな事実を告げると、真昼は電車に乗り去っていった。

 まだ高鳴る胸のときめきを、気付かれないようにひた隠しながらー…。



◇◆◇



 真昼を見送っている時、明日馬はずっとあることを考えていた。

(あの時、なんで月見里さんは俺を庇ったんだろう…。まだ会って一ヶ月くらいしか経ってねぇのに…)



 血の繋がっている両親ですら、身を呈して自分を守ってくれることなんてなかったのに、ましてやずっと斬らないといけないと思っていた幽霊なんかに。



「どうした、日向?早く行くぞ」

 流星が踵を帰した時、明日馬は意を決して胸中を口にした。



「どうして…。どうしてあの時、月見里さんは、俺なんかを庇ったりしたんですか?斬られたら成仏するかもしれないのに…っ」



 満月みづきは、一瞬きょとんと目を丸くしたが、すぐにふっと笑みをこぼして、優しく明日馬の頭を撫でた。



「馬鹿ね。人が人を守ろうとすることに、何か特別な理由があるのかしら?」



 明日馬はその言葉にはっと息を飲み、

(同じだ、あの人と…)

 と思った。



「例え、それが自分が死ぬとしても、私は私が守りたいと思った人を守る。それが私の誇りだもの」



 明日馬はその時、初めて満月みづきのことを、ただの自分が斬らなければならない幽霊ではなく、一人の人間だと認識した。




◇◆◇


 

 流星一行は、新たなメンバー七夕夕季を加えて、店に戻ると、何故タピオカに反応したのかと思考を巡らせていた。



 もう一度、試みようと全く同じ手順で作ったタピオカを満月みづきに差し出す。

 今度はしっかり味わうようにゆっくりと。



 ゴクン、と流し込むが、やはり先程みたいに光が現れることはなかった。

「やっぱりダメかよ…っ!」

 流星は、苛立ちを隠せず舌打ちをする。



 何故、あの時は反応したのか。

 今と何が違うのか、三人は全く分からないままでいた。



「365日をすぎると、自動的に化け物になる」



 先程、真昼に言われたことが脳裏を過る。

 365日まであと7日しかない計算だ。

「あと7日…」

 流星はノートを睨み付けた。



「なぁ、タピオカがダメなら他の流行ってる物で試せばいいんじゃないか?」

 明日馬が提案する。

「一応色々考えてはあるんだ。カヌレとか、マリトッツオとか」



「私も流行り物なら得意だから、一緒に考えるよ!」

 夕季も協力的であるが、 流星が呻き声をあげる。

「他に思い付かないんだろ?だったら、試せるだけ試すしかねぇじゃん」



 確かにそれしかもう方法はない。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか?

 他にやり方はないのだろうか?



 もし全部間違っていたらー…。

 流星は、そんなことばかりが脳裏に浮かんだ。



◇◆◇



 カラカラ、入り口の扉が開いた。

 お客様だ。

 四人は一斉にそちらを見る。

「あの、なんでここにいるのか分からないんだけど、ここは何屋なのかしら?」



 来客は50代半ばの品のある女性だ。

 明日馬は既に自分の役割を理解して、素早くお冷やの準備をする。

 すっかり、バイトが様になっている。



 流星は目を凝らして、女性の好きな食べ物を見た。

 腰を持ち上げると、エプロンを取り出して、紐を結んだ。

「私も手伝う!」



「じゃあ野菜切ってくれ。あと豚肉も」

 流星の表情に、ようやく笑顔が戻った。

 満月みづきは、ほっと安堵の息を付いた。



◇◆◇



 暫くして、女性の目の前に料理が出てきた。

 女性は思わず驚の声をあげる。

「なんで…。私、まだ何も注文してないのに。なんで肉じゃがが今一番食べたい物だって…」



「見えてるんだ、この目で。あんたの今一番食べたい物が」

 流星は満面な笑みを浮かべる。

 女性は躊躇いながらも、甘辛い香りに生唾を飲む。

そっと箸を持ち上げると、じゃがいもを切り少し冷ましてから口に運ぶ。



 すると、口の中に醤油の風味と甘さが広がる。

「美味しい…」

 女性は、ほぅ、ととろける表情を浮かべる。

 一口、また一口と口に運ぶ。



 汁まで飲み干すと女性は、両手を合わせて、

「ごちそうさま」

 と言った。



 四人は唖然として、女性を凝視する。

 女性は自分の顔に何がついてるのかと、困惑している。

「なんで、成仏しないんだ…?」

 最初に声を上げたのは日向だった。



「一番好きな食べ物じゃなかったとか?」

 夕季が続く。

「いや、そんな筈…」

 言いかけて、ハッと息を飲む。



「まだ、消えてない…」

 普通は、一番好きな食べ物を完食すれば、食べ物の名前は消えるのに、それが消えていないのだ。



「あ!ごっ、ごめんなさい。私ったらせっかく頂いたのに、お礼も言わずに…っ」

 女性は、四人がせっかく作ったのに何も言わない失礼な奴だとでも思っているのだと勘違いして、的はずれなことを言っている。



 すかさず、明日馬がフォローを入れると、事情を説明した。

「そう…。ここはそういう店だったの…」

 女は、寂しそうに遠くを見た。



「私が肉じゃがが好きなのはね、あの人が一番好きな食べ物だったからよ。

あ、あの人って言うのは主人のことね」

 聞けば女性は、料理が得意でいつも旦那さんに手料理を振る舞っていたらしい。



 色んな料理を作って来たが、旦那が一番好きな食べ物が肉じゃがで、一緒に食べているうちに自分も肉じゃがが好物になったそうだ。

 だから、今一番食べたい物は肉じゃがで間違いない、と女性は言う。



 だったら何故完食したにも関わらず成仏しないのだ?

流星は益々頭を抱えた。

「もしかして、不味かったのか?」

 女性は首を振る。



「いいえ、凄く美味しかったわ。むしろ私よりも美味しいかもしれない」

 中学生なのに凄くわね、と女性は優しく笑う。

「でも、そうねぇ…」



 女性は寂しそうに目を細めて、

「できれば、あの人と一緒に食べたかった…」

 と呟いた。

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