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099.肖像

「ただいま、ルビィ」


「お帰りなさいませ、主様」


王都からダンジョンへと戻り、そしてコアルームに戻った俺をルビィが和服で出迎えてくれる。


うーん、この心遣い、神かな。


「神ではありませんわね」


「そっか。よく似合ってるよ」


「ありがとうございます、主様」


まあルビィは素体がいいから何着ても似合うんだけど、それはともあれ実際に似合ってるんだからその気持ちを伝えておいて損はない。


「ダンジョンの様子はどう?」


「新たな捕虜が数名、新規の20階層突破が1組、それ以外は変わりありませんわ」


「そっかそっか。21階層も問題なさそうだね」


「はい、温泉が良い役割をしているかと」


「だねえ」


通路が水没しているというのはそれだけで十分なデメリットであり、冒険者の不評が募ることを懸念していたんだけど、温泉のおかげで足が遠のくほどの不評にはならなかったようだ。


温泉の実施には水と火のエレメンタルを喧嘩しないように配置したりスライムで浄水層を作ったりスケルトンに無限に水車を回させたりと色々作業があったのだが、好評なようでよかったよかった。


湯船から排水したお湯をまた持ち上げる仕組みを作るのが地味に一番めんどくさかったのよね。結局力業で解決したんだけど。


「一方で温泉には入らない冒険者もいるようですが」


「それは別に問題ないよ。目的は探索者を減らさないことであって温泉に入らせることじゃないからね」


まあ21階層を探索する冒険者が減ったのならまた改善策を考えないといけないけど、今のところその様子は見られない。


「んじゃ中は問題なしってことで。次の階層の準備もしなきゃいけないんだけど今は先にこれかな」


「主様、それは?」


「聖典。ちょっと借りてきた」


「なるほど」


「ということで隣お邪魔します」


「どうぞ、主様」


ソファーのルビィの隣へと座り、そのまま少し身体を寄せて聖典を開く。


「この世界の神様が生まれてから神になるまでの話なんだけど、わりとこっちに来る前に会った推定神様とイメージは合うかな。まあちょっと真面目過ぎるかなって感じもあるけど」


「そちらは後世で脚色されたのかもしれませんわね」


「確かに」


神の威厳を出すために教会なりが表現を改変するのはまあありえなくはない話だ。


生まれた直後に七歩歩いて天上天下唯我独尊って言った某宗教の逸話と比べたら、言動をちょっと真面目にするくらい慎ましいものだろう。


「こことかわりと面白いよ」


開いたページには人間の頃の神が剣を手に取るとそれが祝福されて聖剣となり、しかし神のパワーに耐えられずに二つに折れ、結局素手で巨人を殴り倒した逸話が書かれている。


「ちなみにこの聖剣は未だに聖遺物として教会の総本山に保管されてるんだって」


「それは興味深いですわね」


「でしょ?」


そんな聖典にまつわる話を、ルビィにちょっとずつ解説していく。


まあ全部受け売りなんだけどね。


「ということで今日読んだのはここまで」


「まだ先は長いですわね」


「そだね。一気に読むには長いし、ルビィに一冊渡しとこうか」


ということで生成魔法で聖典のコピーを二つ生成し、目の前には同じ物が三つ並ぶ。


「自分で作っておいてなんだけど、全部同じように作ったから区別がつかないなこれ」


まあ同じ物なんだからどれでも一緒って話もあるんだけど、聖女様に返却するのは借りたやつにしたいって心情がある。


もし生成魔法でコピーできない要素が組み込まれてたら困るしね。


一応魔術的な何かがあれば見ればわかると思うんだけど、借り物だしそのまま返すのが正しい振る舞いだろう。


「それでは何か区別がつくようにしてはいかがでしょうか」


「そうだね。じゃあこれで」


言って表紙に書かれている神の姿に上書きして、ルビィの姿へと描き換える。


「自分でやっておいてなんだけど冒涜的すぎるね、これ」


聖典の表紙を魔族のイラストに差し替えたとか知られたら戦争待った無しだ。


命が惜しかったらバレないようにしないと。


「作り変えますか?」


「ううん、どうせ人には見せないしこれでいいでしょ」


ということでもう一冊、俺用の物にも同じイラストに描き換える。


「主様はご自身の肖像にしないのですか?」


「うん、自分の顔見て喜ぶ趣味もないしね」


むしろゲームの暗転ロード中にモニターに顔が映る問題をどうにかしたいとずっと考えていた派の人間である。


まあ最終的にゲーム中は部屋の明かり全部消すって結論に落ち着いたんだけど、それも遠い前世の記憶である。


いうてまだこっち来て一年も経ってないんですけどね。


こっちにしての数ヶ月は体感で引きこもってた頃の数年に相当するわ、人の感覚ってフシギダネ。


なんて閑話休題。


「でしたらわたくしの表紙に主様の肖像を描いていただけませんか?」


「えっ、やだ」


「ダメでしょうか……?」


「そんな残念そうな顔をされると困るんだけど」


なんといってもそれを断る合理的な理由が一つも無いからね。


「俺の顔なんて見てても面白くないと思うよ?」


「それはわたくしの顔の表紙を作った主様の言うべき言葉ではないかと」


「ぐうの音も出ない」


今日のお前が言うなスレはここですかってツッコまれるレベルだ。


まあでも、ルビィが欲しいって言うならそこまで頑固に拒否する理由もないかな。


「んじゃこれ交換ね」


ということで自分の持っていた物に自分の肖像を描き、それをルビィの持っている彼女の表紙の物と交換する。


「感謝いたしますわ、主様」


「まあルビィが喜んでくれたならそれでいいけどね」


ルビィの笑顔の代価だと思えば、自分がちょっと恥ずかしいくらい安いものだ。


「んじゃ、聖典は一旦置いておいて、先にダンジョンの仕事しようか」


「はい、主様」

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