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097.馬車

お姫様を目の前に、奇遇ですねー、なんて声をかけてもそれではさようならなんて展開にはならないだろうことは分かるので、諦めて話を進める。


「本日のお召し物もよくお似合いですね。どちらかにお出かけですか?」


迷宮に来る彼女はドレスをベースにした鎧を纏い、The姫騎士って感じだけど、本日は防御力0の純ドレスを身に纏っていた。


いや、よく見たら魔力がこめられてるから普通に防御力あるなアレ。


ともあれ、そのままダンスパーティーに参加していても違和感ないような格好は間違いなくダンジョン探索をしに来ているわけではないのがわかる。わかりたくない。


出待ちされるほど有名人になった記憶はないんですけど?


むしろ密やかに暮らす生活は有名人とは対極にあるはずだ。


なんて念はもちろん届いてほしい相手に届かないんだけど。


「お褒めいただき光栄ですわ。迷宮主様のお姿も素敵ですよ」


「これはご丁寧にどうも」


人に容姿を褒められたのなんて何十年ぶりだろうと思ったけど、よく考えたら褒められたのは容姿ではなく格好だった。


まあ格好を褒められた記憶も同じくらいないんですけどね。


「それで迷宮主様、少々お時間をよろしいですか?」


「すみません、お姫様。このあと予定が入っていまして私は今からそちらに向かわなくてはなりません」


「存じています。こちらの馬車でご一緒していただければ、その時間も少し余裕ができるかと」


「なるほど」


つまり王族用の馬車で城門をスルーさせてくれると。


今日は城門で普通に検問の列に並ぶ予定でダンジョンを出たので、それが0になるなら実際時間には余裕が生まれる計算だ。


「それでは、ご一緒させていただいてよろしいですか?」


「ええ、もちろんですわ」


恭しく一礼した彼女の所作はとても洗練されていて美しい。


それに比べるとこっちは万事が凡人なんで嫌になっちゃいますね。


フォーマルな格好をする必要がある冠婚葬祭なんてものにも結局一度も出ることはなかったしな。


引きこもりに悲しい過去……。いや、別に悲しくもないか。


なんて自虐していてもしょうがないので、馬車に乗り込むとお姫様の向かいの席へ促される。


そして俺の左右には見慣れた女騎士が二名。


完全に囲まれてるんだけどおかしいでしょ、あっちに座りなさいよと思うけど、防犯の観点でいえばこっちの方が合理的なのかな。


あと隣に座るのは不敬とかもあったりなかったりするのかも。


もはや気分は圧迫面接なんだけど、まあ気にしてもしょうがない。


どっちにしても挟み撃ちだから逃げられないしね。(FF6的な意味で)


ちなみに馬車の中は結構広く豪華な作りである。


天井も高くて良いね。


光り物外から取り入れる作りになってるから薄暗かったりもしないし。


普通の荷馬車を軽トラだとしたら、このお姫様用の馬車はさながらリムジンかな。まあリムジン乗ったことないけど。


ということで左右の二人と肩が触れるようなこともなく、むしろいないものとして扱えって気配をビシビシ発している。


あと向かいのお姫様と膝が触れるようなこともない。


ミニスカだったらその中身が見えるかもしれないけど、彼女のドレスはロングスカートである。別に残念ではない。


そんな感想を抱いていると、馬車がカラカラと車輪を回して動き始めた。


あんまり列の順番飛ばしとかには落ち着かない庶民思考なんだけど、まあ彼女はそれだけの権利を有しているし、実際彼女の時間は国政と国益に関わるのであれば特別待遇も当たり前かって話ではあるかな。


「それで本日はどういったご用件でしょう?」


「それは本日の迷宮主様のご予定に関わりのある事です」


知ってた。


次会う時は迷宮の30階層でって雰囲気だったのにわざわざこうやって直接会いに来る要件といえばそれくらいしか思い浮かばない。


私情よりも自身の役割を優先する彼女の姿勢は嫌いじゃないけどね。


「このあと教会の聖女、イングリッド様とお会いになるというのは本当でしょうか?」


「ええ、間違いありませんよ」


「それでは、そのイングリッド様と既にお会いしているというのも?」


「ええ、特に大したお話はしていませんが」


「そうですか」


その時の会話の内容を伝える気はないとやんわり伝えると、彼女も素直に引き下がる。


まあ会話の内容はギルド長から既に聞いているだろうけど。


その内容をこちらがどう語るかでその奥の思惑を推測されるかもしれないのでご遠慮いただきたいのよね。


「それでは迷宮主様。このあとの会談にご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


「それは私側の立場だけではお答えいたしかねますね。ただ……」


「なんでしょう」


「ただ、貴い立場にいる女性の時間を二人も同時に浪費させてしまうには流石に忍びないかと」


つまり同席はご遠慮いただきたいので遠慮してくれと遠回りに伝える。


賢いお姫様ならこれくらいの表現でもちゃんと伝わるだろう。


「わかりました。イングリット様にも事情があるでしょうから、今回は遠慮させていただきます」


賢くて知識もある彼女が助けてくれるなら、聖女様とのお話も凄い楽になると思うんだけどね。


問題はそんな彼女が聖女様と一緒に敵になったら一瞬で詰みが見えるってことである。


その可能性はとても低くても、流石に無視するにはリスクがでかすぎる。


まあ別に会談に同席されなくても共謀される可能性がないわけじゃないが、それでも確率を下げることはできるだろう。


俺が優先順位の一番上にルビィとダンジョンを置いているように、お姫様は優先順位の一番上にこの国の利益を置いているから、最終的には互いの心象よりも利害が最優先されるんだよね。


まあそれはそれでわかりやすくていいけど。


話の本題が終わると、丁度馬車が王都への城門をフリーパスで通過し中へと入るのが窓から見える。


待ち時間皆無で逆にセキュリティが不安になるんだけど、まあその辺はちゃんとしてるんだろう。


「待ち時間がないというのは快適ですね」


「お望みでしたら、いつでもお迎えにあがりますわ」


「流石にそれは遠慮しておきますよ」


流石にそこまでされても返せるものがない。


まあ双方に利益があって緊急を要する要件の場合は頼むこともやぶさかではないけど。


それからは当たり障りの無い会話を続けていると、目的地に着いたようで馬車の揺れが停止する。


雑談の中で聖女様に関する情報もいくつか聞けたからこのあと役に立つかもしれない。


あと目的地にちゃんと辿り着けるか若干不安があったから直接到着してくれたのはありがたかったかな。


この世界はGPSも地図アプリも無いから外を歩く時はちょっと不安なんだよね。


馬車の扉が開けられ、目的の屋敷がその先に見える。


時間もおよそピッタリだろう。わざわざ指摘はしなかったけど、お姫様がなるべく長く会話できるように御者の人が遠回りして時間調整してたんじゃないかな。


そしてそこから降りる前に、お姫様に声をかけた。


「それでは、またダンジョンでお会いしましょう。お姫様の攻略、楽しみにしていますよ」


「ええ、近いうちに必ず」


その言葉はどっちにかかっているのかな。








迷宮主が馬車を降りたあと、再びゆっくりと動き出したそれの中でアーシェラが呟く。


「対応が冷たすぎませんかね?」


「あの態度には目に余るものがあります。やはり互いの立場を一度わからせるべきでは」


「アーシェラ様があそこまで袖にされるのも珍しいですね。特に男性相手には」


ナツメの物言いは率直すぎるが、アーシェラの立場とその優れた容姿で特に異性の相手には大抵好感触を持たれることも事実だ。


「異性相手かどうかはともかく、もう少し私に優しくしてくれても良いのではと思ってしまいますね」


「いっそのこともっと煽情的なドレスの方がよかったかもですね。そういうのが好みみたいですし」


ちなみにナツメのこの推察は、ダンジョンに置かれた女性像を根拠としている。


そんなナツメの言葉に、リーリエが眉をひそめながら言う。


「ナツメ、口が過ぎますよ」


「これは失礼しました、アーシェラ様」


「いえ、少しだけ気が楽になりました。感謝します二人とも」


「もったいないお言葉です」


アーシェラ自身も逆の立場であれば似たような対応を取るかもしれない、と考えれば納得はできるが、それはそれとして不満を言いたくなる気持ちでもあったのでそんな言葉を漏らせる二人には心身共に助けられていた。


「やはり迷宮を攻略するのが彼の人との関係には一番のようですね」


そうして関係性を構築していくのが自身の目的には一番有効であるとアーシェラは結論を出す。


「とはいえ、そればかりに時間をかけるわけにもいかないのが悩ましいところですが……」


彼女自身、王女という立場にあり多忙な立場に置かれている身だ。


その中で20階層を攻略するまでには特に迷宮攻略に時間を注いでいたのだが、流石にこの先もずっと同じように続けるには彼女の立場でやるべきことが多すぎる。


「それでアーシェラ様、国王陛下にはどのようにお伝えいたしますか?」


「それについては今は考えたくないので言わないでください」


「は、失礼いたしました」


流石に迷宮と教会の関係についてなんの情報も得られませんでしたとは伝えられない。


一応ギルドから得た情報もあるが、それ自体はアーシェラが今のように迷宮主に対して動いていなくても得られた情報だ。


そしてなんの成果も得られないような状況が続けば、ダンジョンに関わること自体を彼女の父から止められるかもしれない。


そんな事実をどう誤魔化すか、アーシェラは回答が見えないので棚上げすることにした。


唯一の救いは、そんな彼女の父はそこまで頻繁に報告を求めてこないという所だろう。


彼自身も多忙な身であれば、顔を会わせないように気を付ければしばらくは問題ないだろう、というのがアーシェラの予想だった。


どちらにせよ迷宮と教会の関係には注視しておくべきだろうアーシェラは結論付ける。


「あとナツメ」


「はい、アーシェラ様」


「私は露出の多い格好はしませんよ」


今の国王の娘という立場から、必要とあれば他家や他国へと嫁ぐ立場となった時にそういったドレスを身に纏うことになるかもしれない。


逆に女性の身でありながら王の立場に成った歴史上の女王たちの中にも、特に胸元が大きく開いたドレスを身に着けた者もいた。


それは当時の社交界の流行を取り入れる必要があったケースもあれば、権力と共に女性らしさを示す必要があるケースもあったのかもしれない。


アーシェラ自身はそういった事情をで役割をこなした人物、または自身がこれからこなすことになるかもしれない役割であれば拒否するつもりはなかったが、それはそれとして今そういった格好をするつもりもなかった。


「でもアーシェラ様ならそんなドレスも似合うと思いますよ!」


「しません」

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