095.21F⑥
一方その頃、男湯では。
「生き返るのー」
「そうだな」
「……」
ワーレン、ウルフェン、エンドの三人は並んで男湯に浸かっている。
その様子は当然全裸なのだが、ウルフェンだけは頭の被り物をしたままの入浴で視線を集めていた。
全身の露出なく布で覆った姿はかなりの変態だが、全裸に頭だけ布で覆い目だけ出している姿は変態を超えたなにかである。
そんな姿を入浴の前に一度ワーレンに諫められたのだが、本人としては考えを改める気はないようだ。
ワーレンとしてはパーティーリーダーだとしても、合理的な理由がなく強制する権限を持ってはいないので一応言っただけでそのまま諦めていた。
周囲から視線を集めるそんな一行であったが、気にしてもしょうがないのでそのまま入浴をしていると、自然とその視線の量も減ってきていた。
「しかし思ったよりも人が多いな」
男湯にいるのは三十余名。
ここまでたどり着いて潜っている人数を考えればかなりの割合になる。
もしかしたら今日の21階層探索者は全員ここに来ているのではないだろうかと思える人数だった。
「聞こえる話じゃと、こっちよりもあっちの方が広いようじゃの」
「ならなんでこっちを男湯に?」
周りの会話から聞き漏れた情報をエンドが伝えると、ワーレンは当然の疑問を投げかける。
冒険者の割合は男の方が明らかに多く、それはこの21階層に到達しているパーティーでも同じはずである。
ならば人数が多い男側が広い方を使うのが自然な流れだろう。
「それは最初に決める時に女性陣に押し切られたみたいじゃよ」
「なるほど」
こういうときの女の勢いは強い、とワーレンが納得する。
まあ男側としては女ほど風呂に拘らないという傾向もあるのだろうが。
この世界で男が拘る風呂といえば、もっぱら色町の方にある物である。
「しかしこの階層はキツイな。足元の水もだが、ウルフェンの負担がデカい」
水中の罠探知もだが、やはり宝箱が稼ぎの比重で重くなっているのが大きい。
逆にもし解錠に熟練した者がいなければ、この階層の稼ぎは寂しいことになるだろう。
「やることがないよりはマシだがな」
ウルフェン本人からすれば、自分がいなくても探索が滞りなく進む状況の方が困るという考えの言葉には確かに一理ある。
仕事の内容によって編成を変える冒険者にとっては、不要なメンバーは稼ぎを減らす要因でしかないからだ。
「そういう点では、ダンジョン側に傾向を操作されているのかもしれんの」
「まさか」
実際に9階層までは前衛だけ働けば十分な構成であり、11階層からはそこに魔術師と治癒師の仕事が加わり、更にこの21階層という構成ではあるが、とはいえ迷宮を作っている者がそこまで意図しているのかと聞かれれば疑問なのがワーレンの考えだった。
それは迷宮側の知能の問題というよりは、そこまで冒険者視点でのモノの考え方をするのかという点に対する疑問だろう。
「じゃが実際に、王族と繋がっているという噂もある」
「それもどこまで本当かは謎だけどな」
この国の第三王女が冒険者としてダンジョンに潜っているのは周知の事実でありそれだけで一般の冒険者を驚かせるには十分だったが、そのうえで繋がりがあると言われればにわかには信じがたい。
それは魔物は人間と敵対するもの、という常識が前提としてあるからだろう。
その事実はワーレンに限らず一般の冒険者であれば大半が広く持つ認識であった。
「まあどっちにしても、俺たちのやることは変わらないが」
そんなワーレンの言葉はある意味では冒険者の真理だ。
魔物がいればそれを倒し、報酬を得る。
冒険者の仕事とは主にこれであり、このダンジョンでもやることに変わりはない。
それはダンジョンのスタンスが人間と友好的であれ敵対的であれ変わらない事実で、そのシンプルさが面倒なことを考える必要を省いていた。
その日の稼ぎを求める冒険者には、それで十分ともいえる。
「こんなところで温泉に浸かりながら言っても説得力がないが」
「うっせえ」
そんなウルフェンの言葉に、ワーレンは短く話を打ち切った。
それから約束の半刻をしばらく過ぎて、女湯の方からアルミラとイズが歩いてくる姿をワーレンたちが確認する。
「遅い」
「そんなに遅れてないでしょー」
「いや、遅いわ」
この世界でも、湯浴みに男より女の方が時間をかける傾向は変わらないようだ。
「だからもっと早く出るべきだと言ったんだ」
「でもイズだって一緒にお湯に浸かってたでしょ」
「僕だけ先に行っても結局待たされる時間の無駄だからな」
「ズルい!」
結局イズも同じだけ湯船に浸かっていたのにというアルミラの主張は、しかし彼女の日頃の行いによって却下されてしまった。
「良いから、とっとと帰るぞ」
これ以上通路で話していても時間の無駄だろうというワーレンの指示に、アルミラが真剣な顔に表情を切り替えて応える。
「今の正直な気持ち言っていい?」
「一応聞いてやる」
「全然やる気にならない」
「殴るぞ」
とは言っても、湯上がりで火照った身体をすぐに探索モードへと切り替えろと言われれば酷に感じるのはしょうがない。
まあそれを切り替えるのが冒険者の心構えであろうという意見もあるだろうが。
「わかった、これがダンジョンの罠ね」
「そんなわけないだろ」
アルミラの推測にイズが冷たくツッコミを入れた。
「いい加減行くぞ」
「んー、しょうがない。やる気だしますか」
寝起きのように腕を上げ胸を張って伸びをするアルミラは、それでやっとスイッチを切り替えて冒険者として動ける姿勢へと切り替わる。
冷静に考えてみれば湯上がりの異性は魅力的に見えるというケースもあるのだが、少なくともこの一行でそういう気配にならないのは彼等が冒険者だからだろうか。
しかしパーティー内でそんな雰囲気になる冒険者がいないわけでもないので、やはりアルミラとイズがそれぞれ異なる意味でそういう視点で見られないことが原因だったのかもしれない。




