094.21F⑤
「さて、あんまり見られると落ち着かないんだが、まあしょうがないか」
通路を抜けて浴槽の前の脱衣場まで進み、諦めたようにイズが服を脱ぎだすと周囲からも僅かに視線が向けられる。
おそらくアルミラと同じように、性別を疑っている者の視線だろう。
それでも追い出されていないのは、既にイズの性別を知っている同業者もいるからという理由と、同じパーティーのアルミラが同行しているからだろうか。
そもそもイズ自身が性別については隠しているわけでもないので知られていてもおかしくないと言うべきか、むしろ同じパーティーなのに知らないほうがおかしいと言うべきか。
「ほんとだ……」
装備を外してローブを棚に置き、衣服も脱いだその下には元々の印象よりもしっかりと女性の特徴が現れていて、アルミラがやっと信じたようにそう呟く。
逆にイズは、本当に性別を誤解されていたのだと実感して呆れと疲れにどっと身体が重くなったように感じていた。
まあ本人にも性別が分かりづらい恰好をしている自覚はあり、嫌がらせで男だと言われているケースよりはマシだと開き直ったりもしたのだが。
「だから言っただろう、ほら入るぞ」
「あ、ちょっと待って」
そんな制止を無視されて、慌てて服を脱いだアルミラがイズの後へと続く。
彼女からしてみれば誤解されたくないなら僕なんて一人称を使わなければいいのに、と抗議したくもなるところだが、実際にここまで来てしまえば言っても虚しいだけだろう。
彼女は気持ちを切り替えるようにかけ湯をし、そのまま湯舟へと足先から沈んでいく。
「きもちいい~」
「そうだな」
今回の探索での水中行軍で冷えた体に、温泉の温かさが染み込み思わず声を漏らす。
ついさっきまで男子だと思っていた相手との裸の付き合いに違和感があったアルミラも、温泉の暖かさにすっかり思考が溶かされてしまっていた。
周囲を見れば同じような冒険者たちが数組、湯船で体を癒している。
隣を見れば、イズもこのお湯の気持ちよさに満更でもないようだ。
「ここは空いてていいな」
「そうねー」
王都にも公衆浴場はあるが、ここよりもずっと人が多く、そして安くはない料金がかかるためあまり気楽に行こうと思えるものではない。
水と火種は魔法で解決するこの世界だが、その火を維持してお湯に浸かろうとするならどうしても燃料が必要になるからだ。
それは個人用に湯舟を用意するにしても同じである。
そんな中で泳いでも咎められないほどのスペースに余裕があるこの空間は贅沢であり、ある意味で先行探索者の役得ともいえた。
「このまま人増えなかったらいいのにー」
「さすがにそうはいかんだろ」
迷宮の評判が広がりその評判に釣られて更に冒険者が増えているという現状は、実際に外から来たアルミラたちが一番よくわかっている。
おそらくこれからも冒険者は増え続け、ここの利用者も増えていくことだろう。
それに応じてこの場所の快適性も下がっていくことになるだろうが、それはもう仕方ないと諦めるしかない。
そもそもここには探索をしに来ているのだから、こんな温泉があること自体がイレギュラーなのだ。
「まあまた40階層を越えた辺りで温泉あったりするかもな」
「ならそこまで頑張って行かないとねぇ」
実際にはダンジョンの魔物の強くなりかたとしては、今のパーティーメンバーの実力で41階層は先行探索するのは難しいかもしれない、なんてことはわざわざ言わないでおく二人であった。
「んー、きもちいい。折角なら石鹸とかほしいかもー」
この世界には浄化の魔法があるおかげか衛生観念はほどほどに高く、石鹸などの入浴用品も存在している。
とはいえ流石に日帰りのダンジョンの中にそれを持ち込む者はまだいなかっただろう。
イズとしてはそこまでダンジョンで寛ぐのも逆に落ち着かないという気持ちなのだが、そういった女性冒険者も近いうちに現れるかもしれない。
「それにしてもイズが本当に女の子だったなんてね」
「僕としては同じパーティーの仲間の性別を知らない奴がいる方がよっぽど驚きだけどな」
「それはしょうがないでしょ!」
実際にイズの身体の女性的な特徴は、厚手のローブで身体を覆ってしまえば判別するのは難しいかもしれない。
まあアルミラを除いた他の仲間は全員察していたという事実は置いておくとして。
「というか思ったよりも胸もあるし……」
イズの胸の膨らみは、年相応よりも豊かに成長しているようにアルミラの目に映る。
身長はともかく胸のサイズだけなら、実年齢の13歳に+2歳~3歳くらいと言われても違和感ない。
来年くらいにはローブでも隠しきれないようになっているのではないか、とアルミラは感想を抱いていた。
「ひょっとしてそれは自慢で言っているのか?」
とはいえアルミラの胸はそんなイズと比べても数段大きく、18歳という成長期の終わった同年代と比べてもかなり強い自己主張をしているので未だ成長途中の彼女からしたら自慢に取られてもおかしくないかもしれない。
「別にそんなつもりじゃないけど……」
「というか何食ったらこんな胸になるんだ」
「うひゃあっ」
イズに胸を掴まれたアルミラが思わず声を上げる。
「うるさいぞ、変な声をだすな」
「そっちが急に触るからでしょっ」
「女同士なんだからなにもおかしいところはないだろ」
「あたしはさっきまで男だと思ってたんですけど!?」
「それはお前が悪い」
「ひどい……」
急に胸を掴む方をどうかと思われるが、イズ自身が半分男と偽って生活をしているせいで同性相手のコミュニケーションに慣れていなかった部分もあるだろう。
「イズはなんで自分のこと僕って言ってるの?」
「女だとナメられるからな。特にこの歳だと」
実際に冒険者の中では女性の割合は低く、侮られることもトラブルに巻き込まれることも少なくはない。
イズの年齢でシルバー等級なら十分な実力なのだが、それでも面倒事が完全に寄ってこなくなるというわけではなかった。
「綺麗な顔してるのにもったいない」
「ついさっきまで男だと勘違いしてた奴に言われてもな」
「中性的って意味だから!」
「はいはい」
そんな風に聞き流したイズは、逆にアルミラに質問する。
「アルミラは女で困ったことはないのか?」
「そりゃ面倒事にはいくつも巻き込まれたけどね。あたしは殴れば解決するから」
「そのお気楽な頭が羨ましいな」
「言い方がひどい!」
とはいえ、暴力で解決することができるというのはイズからしてみれば羨ましいと感じる部分があるのも事実ではあった。
「イズは治癒師だもんねえ」
「僕も魔術の一つも使えれば良かったんだけどな」
治癒師の術は人を癒やすのには有効だが、トラブルへの抑止力にはならない。
「イズの治癒術のおかげであたしは助かってるけどね」
「仕事だからな」
「もー、素直じゃない!」
そんなイズの反応に不満そうにするアルミラだったが、冒険者の距離感としてはこれでも緩い方である。
それに彼女の言葉だけがそのままの本心というわけでもないとわかっているので気分を害することもなかった。
「イズは足細いねー」
「お前も大差ないと思うけどな。むしろ前衛なのにそんなに細くて大丈夫なのか不安になるが」
イズは治癒師であり、身体の細さは同世代の少女よりもむしろ細いくらいである。
冒険者として最低限の移動は必要なのでその点では筋肉がつくのが普通なのだろうが、おそらくそういう体質なのだろう。
一方アルミラも、筋肉は人並み程度である。
前衛はその身体を使って魔物と戦うが、魔力を力へと変えるので筋肉自体は必須ではない。
とはいえあれば有利というのも事実だ。
そんな中で筋肉がつきすぎることを気にする者もおり、女性の前衛職にとっては悩ましい問題だった。
「あと肌もつるつるで奇麗だし」
「そうか?」
「そうだよ! 治癒術じゃ傷は治せても肌の年齢は戻らないんだから! 特に冒険者なんて仕事やってると!」
そんな言葉に二人の会話が耳に届いていた周囲の女性冒険者の何人かが「うんうん」と頷いているのが見える。
冒険者という労働環境の過酷さから、同じような悩みを抱える女性冒険者は多いのだろう。
温泉に使っている冒険者の中では見た限りイズが最年少であり、過ぎ去った過去の肌年齢へと思いを馳せる冒険者も少なくなかったかもしれない。
「お……、おう」
そんな実感の篭った反応に、イズは珍しく気圧されたように言葉を返す。
「まあイズにもあと数年したらわかるよ」
「別にわかりたくはないがな」
イズ自身は美容に対する意識がそこまで高くなかったが、それでも相応に女子なのであった。




