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092.21F③

「魔物だ」


先頭を歩いていたウルエフェンが小さく呟き後ろへと下がる。


代わって前衛が前に進むが、彼女らの耳にはまだ魔物の発する音は捉えられていなかった。


相も変わらず足元は水に満ちていて、足元からはざぶざぶと足を進める音が聞こえる。


この状況で水音が聞こえないということは、おそらく魔物は動きを止めているのだろう。


一歩進むごとに腰に付けたランタンの明かりが水面に反射して揺らめいていく。


そして数歩の後、ついにその魔物の姿を目に捉えた。


そこにいたのはサイズ控えめのゴーレムとリビングアーマーが2体、更にスケルトンメイジ。


「魔法一発よろしく」


「了解した。『氷槍』」


エンドによって生成された氷の槍が、リビングアーマーの片方とスケルトンメイジを貫き沈黙させる。


この中で一番やっかりなのはゴーレムであり、その相手に集中するために他の魔物の処理を優先するという判断だ。


そしてスケルトンメイジが沈黙したのを確認し、前衛の二人が前へと出る。


アルミラはゴーレムの眼前へと踏み出し、そして振り下ろされた拳を紙一重で回避する。


その間にワーレンが、槍を振り下ろしリビングアーマーを分解していく。


「せやっ!」


躱したゴーレムの腕へと叩きつけられたアルミラの剣は、しかし機能を停止させられてはいない。


従来のゴーレムよりも小柄なゴーレムのその腕は、体格に比例するように大型のゴーレムよりも細く、内包する魔力量の差によって強度も低下している。


それでも一撃で切り落とせるほどやわではなかった。


「魔石は傷つけないように!」


そんなイズの忠告に、アルミラは身をひるがえしながら答える。


「わかってるって!」


そんなゴーレムの胸元には魔石が埋め込まれていた。


通常、魔石自体の強度は低くはないが、それでも冒険者が全力で叩けば形状を保っていられる保証はない。


更に言えば魔石は大きければ大きいほど貴重であり、半分に割ってしまえば買取の金額は半減では済まない。運が悪ければ内包される魔力が失われてしまう可能性もあった。


そうなれば一行はタダ働きである。


そして戦闘中にその魔石を傷付けずに抜き取ることも困難であろう。


「ああもう、水が邪魔!」


冒険者の力であれば足首ほどの水の中でも十分に動けるが、それでも邪魔なことには変わりはない。


足にかかる水の抵抗力は、常に重しをつけられているようなものだろう。


そんな中でも回避を主体に戦っていたアルミラにリビングアーマーを処理したワーレンが加勢し、は少しずつゴーレムの四肢へと傷を増やしていく。


岩で生成されたゴーレムには魔術の通りが悪く、エンドの加勢はあまり有効ではない。


アルミラの剣には炎のエンチャントがなされているのだが、それも同上であった。


代わりに槍の切れ味の向上させているワーレンは、アルミラよりも効率よく傷を与えていく。


その過程で自然に、アルミラが注意を引きワーレンが傷を与えるという役割分担がなされていた。


そして左腕に一際大きな亀裂を入れたところで、ゴーレムがその左腕を大きく振りかぶり殴りかかる。


その一撃の間合いを見切りアルミラが身を引くが、その腕が空中で半ばからぽっきり折れる光景が彼女の瞳に映った。


「ぐふっ……」


ゴーレムが狙ってやったわけではないだろう。


しかしその折れた腕は、相応の質量と加速度を伴ってアルミラの体へとめり込む。


あるいはそれを受けたのが一般人であるならば、そのまま即死していたかもしれない。


腕での防御を超えて胴体に叩きつけられたそれは、シルバー等級の冒険者であるアルミラが咄嗟に身構えても骨の数本を砕いていた。


『癒しの光よ』


咄嗟に放たれたイズの術と同時に他の仲間も行動をする。


『氷槍』


エンドの生み出した氷はゴーレムへと打ち付けられて砕けていく。


それはほとんど傷を与えられてはいなかったが、単純な質量の衝撃によって生まれた隙に、ワーレンが攻撃を合わせゴーレムの標的を自分へと移していた。


その隙にウルフェンが負傷したアルミラを支えて後ろに下がる。


イズの治癒術がそこから更に二度かけられ、短時間で砕けた骨ごと傷の全てが癒されていた。


「傷は治したが生きてるか?」


流石に死んでしまえば蘇生することはできない。


厳密に言えばこの世界に死者蘇生の術は存在するのだが、この世界のほぼ全ての者には到底手の届かない領域の話である。


「だいじょーぶ、剣も無事だし。一瞬内臓がひっくり返ったかと思ったけど」


そう言って自力で立ち上がったアルミラは、剣を握りつつ体の調子を確かめた。


術を使うにも魔力を練る必要があり、彼女が傷を負ってから即座に回復したのはイズの腕前と判断の速さのおかげだ。


「ありがとね」


「僕に礼はいいから早く前に戻れ」


「もう、かわいくない!」


そんな台詞を吐いたアルミラは、ワーレンの対面側からゴーレムと距離を詰め、そのまま再び標的を受け持つ。


「しかし前衛のタフさは凄いな」


一瞬とはいえ重症の痛みを受けて即座に前に戻るのは、後衛のイズからしたら驚異的に映るのも無理はない。


「わしが食らったら本当に昇天してしまうかもしれんの」


「冗談にならないですよ、エンドさん……」


微妙な空気が後衛陣の間に流れてからほどなくして、両腕を砕かれたゴーレムが更に片足を失い膝をつく。


そのまま首を垂れるように沈黙したゴーレムへ、前衛の二人は間合いの外で様子を探った。


ゴーレムの撃破方法として一番わかりやすいのが胴体へ埋め込まれたコアの破壊である。


その外には魔力切れによる動作の停止が考えられるが、流石にまだ早いのではないだろうかと一行の頭に浮かんでいた。


そんな中で、ゴーレムの胸からポロリと魔石が滑り落ち水面に沈む。


ポチャンと水音を立てたそれを入手すれば、戦闘終了で次に進んでも問題はないのだが……。


「どうする……?」


「アルミラ、取ってこい」


「やだっ」


「わがまま言うなよ」


「そもそも取るならワーレンの方が良いでしょ!」


言われて全員の視線が集まったのは、彼の持つ長い槍。


確かにそれで引き寄せれば安全に取れるかもしれない。


「ゴーレムが急に暴れだして槍が壊れたらどうするんだよ」


「ゴーレムが急に暴れだしてあたしが壊れたら困るでしょ」


「壊れたアルミラはイズの治癒術で治るからダタみたいなもんだろ」


「僕の魔力もタダではないですけどね」


なんて言い争いの末に、結局リーダーとしてワーレンがやらされることに決まる。


「よし、そのまま暴れるなよ……」


ワーレンが石突の側で水中の魔石に触れ、少しずつ手前に引き込んでいく。


対象が水中ということもあり苦戦したが、最終的には無事に手に入れることができた。


「結構デカいが、それでも労力と比べると物足りないな」


ワーレンが握る魔石はそれだけで、金貨数枚にはなるだろうか。


それでもゴーレムとの戦闘の内容と比べると少し物足りないかもしれない。


「これから19階層より上で稼いでた方がいいかもな」


「まあでも、どっちにしろ奥に進むには通らなきゃいけないですからね」


「それに慣れたらもっと楽に戦えるかも?」


「確かにアルミラが殴られなければもっと楽に終わってたな」


「あれはしょうがないでしょー!」


イズとアルミラがそんな言い合いを始めたのを聞き流しながらウルフェンは他の魔物に魔石がないかを確認し、そのままメンバーは進行を開始した。

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