090.21F①
「せやっ!」
剣を握った冒険者の一刀と共に、グリムリーパーの胴体が両断され、そのまま空間の歪みとなり虚空へと消えていく。
「お疲れ」
「そっちもお疲れ」
トドメを刺したのを確認して声をかけらたアルミラが、リッチを担当していた合同パーティーのリーダーへと労いの言葉を返す。
「それじゃあ、宝箱をあけるぞ」
「こっちはいつでもいいよ」
ということでアルミラたちのリーダー、ワーレンが宝箱へと近づきその蓋に手をかける。
その中身は敵の強さを鑑みれば相応の物であり、ある意味で言えば安定した収入であった。
それをおおよその価値で半分に分け、互いのパーティーのマジックバッグへと回収する。
一応ダンジョン脱出後に再び合流し、買取した報酬を山分けという形になるのだが、とはいえ持ち逃げ防止の予防線を張っておくに越したことはない。
それに、この先の階層で魔物に倒され戦利品を没収される可能性もあった。
「んじゃ、先に進むか」
20階層が初攻略されてからそろそろ10日ほど。
大方の予想より少し遅れたが、部屋の奥には今までとは異なる扉が設置されていた。
実際にその扉を開けると、暗い階段が下へと続いている。
魔石を用いたランタンを斥候のウルフェンが握り、そのまま緩いカーブを描く階段を一番下まで降りると、そこは以前の階層よりも幅が広い通路が伸びていた。
「さて、丁度おあつらえ向きに道が分かれてるね」
10階層毎の大部屋は前の組が抜けるか戻るかしない限り入口の扉が開かない仕組みになっており、そこで立ち止まって時間を過ごすことは暗黙の了解で非推奨となっている。
その関係で一緒に階段を下りた二組は、そのすぐ先に十字路を確認し今後の方針を決めた。
そしてその前には壁に一文が刻まれている。
『この先、不相応な実力の者の命を保証せず』
「実力が足りないなら帰れだって」
そんなアルミラの言葉に、同じパーティーの治癒師であるイズが答えた。
「前の階層越えられたなら十分だろ」
20階層のリッチとグリムリーパーのコンビは、十分強敵といえる相手である。
あれを2パーティー合同で抜けてきたのなら、戦力要求は満たしているだろう。
逆にあれを単独パーティーで抜けて来いというのは、19階層から急に難易度が上がりすぎであるといえた。
「ならこれは、変な方法で抜けてきたパーティーへの警告かな」
例えばシルバー等級に引率されて無理やり抜けてきたアイアン等級など、だろうか。
「ところで、このマークはなんだ?」
道が分かれる手前の壁には、左右にそれぞれ模様が刻まれている。
その模様を例えるなら、太陽と三日月だろうか。
迷宮の壁はその形状に結界を伴い破壊は困難を極めるので、おそらく迷宮の制作者がそれを刻んだのだろう。
問題は、その模様が何を示しているのかが不明なことなのだが。
「どうする? 左右に分かれるか?」
「そうだな」
20階層では合同で攻略した面々ではあるが、そこを抜けてしまえば互いに分かれた方が稼ぎが良い。
それに事前に立ち回りを打ち合わせたうえでほぼ分断できる20階層と比べて、迷宮の通路は大人数での移動には適していないし、合同パーティーのままでは咄嗟の対応にも不安が残る。
二手に分かれるのであればどちらかが正面の通路を進んでも問題はない訳だが、とはいえ少し進んだところで鉢合わせというのも手間なので合理的に考えれば左右に分かれるのが妥当な選択肢であった。
「問題は、水音みたいなのが聞こえることかな」
「まあ左右どちらもだから結局変わらないけど」
それは一般人では気付かないレベルの音ではあるが、冒険者の、特に探索役の鋭い五感には、通路の奥で水が流れ落ちる音がしっかりと聞き取れていた。
「まあ違いが判らないならどっちでもいいでしょ。先に選んでいいよ」
「じゃあ……」
二手に分かれてアルミラたちが太陽のマークの通路を進むと、少し歩いたところで直角に曲がり、更にもう一度直角に曲がる。
特に大した意味もないその曲がり角を不審に思いながらも、警戒を緩めずに進むと広い空間に出た。
20階層ほどの広さはないが、それでも通路数本分ほどの幅がある部屋は珍しい。
しかしそんな例外よりも、そこに設置されている物が一行を驚かせた。
まず部屋の奥には床から一段下げて広い範囲に水が溜められている。
薄っすらと光るその水面は、水かその下の床に仕掛けがあるのだろう。
部屋の中であればランタンや松明を用意せずとも行動できる程度の明るさが確保されていた。
女性を象った像が担ぐ水瓶からは、新たな水がとめどなく流れてきているが、見る限り水位に変化はなく、おそらくどこからか排水をしているのだろう。
更に水面からは湯気が上がり、入り口に立つ一行にもその熱気が伝わってくる。
そして一番の問題は、この部屋の出入り口が一つしかないという部分だろう。
「これじゃまるで本当に、ただのお風呂場だね」
そんな治癒師のイズの言葉に、リーダーのワーレンが背後を指さす。
「見ろよ、横の壁」
言われて入口側の壁へと振り返ると、そこにはマス目状に区切られた穴が上下左右に並んでいる。
それはまるで、この棚に荷物を置いてくださいと主張しているようだった。
「一応、詳しく調べるか」
斥候のウルフェンの言葉に頷き、彼を中心として部屋を調べるが特に仕掛けは見当たらない。
それはつまり、罠などでもないということを意味していた。
「本当に、温泉なのか」
「そうじゃな……」
リーダーのワーレンの言葉に、魔術師のエンドが結論を出す。
少なくとも現状では、そう判断するしか答えは出ない。
「と言っても流石にこれは……、ねえ?」
困ったように言うアルミラに、心の中で一行が同意する。
不釣り合いな設備に忘れそうになるが、ここはダンジョンの中である。
このダンジョンでは命の危険には配慮されているとはいえ、少なくとも装備を外してゆっくりと湯を浴びるような気にはなれないのが自然だろう。
一見罠がないこの状況でも、悪辣な罠を用意しようと思えば複数の方法が思い浮かべられる。
ここの迷宮の管理者ならそういったこういはしないだろうと予想は立てられるが、それでも止めておこうと判断する一行であった。
「というか、あっちに何があるか想像できたね」
マークの意図は未だにわからないが、浴場なら男女で二つに分かれているのではという推測が立つ。
「戻って確認するか、どうせこの先には何もないしな」
「そうね」
「おっす」
「おっす、その様子じゃそっちも同じだったみたいだね」
来た道を戻り向かいの通路から声をかけてきた少し前までの同行者に、アルミラが声を返す。
「こっちには入ったら気持ちよさそうな温泉があったよ?」
「実際に入ってみたか?」
「ううん、そっちは?」
「こっちも入ってはないがな、試しに手で掬ってみた。そしたらどうなったと思う?」
「手が爛れ落ちたとか?」
「その逆だ、さっきの戦闘の細かい傷が消えてた」
「それはまあ」
不可解なことだ、と考えるが、思い出してみれば11階層にも傷を癒す魔方陣があったのをアルミラは思い出す。
あの魔方陣の前にも今回の湯船にお湯を注ぐ像と同じデザインのものがあったことを考えれば、有り得なくはないと思える程度には説得力があった。
「なら次からは、20階層の傷はここで癒して良いってことかな」
「大きい傷だと時間がかかるだろうけどな」
「それもそっか」
おそらくお湯に傷を癒す効能を混ぜているのだろう。
とはいえどんな傷でも瞬時に直すような効果を入れるには莫大なコストがかかるはずで、無償でそこまでするメリットはおそらく迷宮側にはない。
そもそも薬効のあるお湯を流し続ける理由もわからないのだが、実際にそれがあるのだから考えても仕方がないことだろう。
「ちなみにこっちは部屋の中を一通り調べたけど何もなかったよ。流石にお湯には入ってないけどね」
湯船の底にスイッチでもあれば見落としているかもしれないが、流石にそこまでする気にはなれなかったというのがアルミラたちのパーティーの考えだ。
「こっちはそこまで調べてないが、少なくとも見える出入口は一つしかなかったな」
なら本当に、ただの温泉だったのだろう。
もっと入念に調べるという選択肢も無くはないが、とはいえそれよりは素直に先に進んだ方が儲けが大きいだろう。
特に今は先行者がほとんどいないという点で、大儲けするチャンスも見込める。
「んじゃ、一緒にいこっか」
「そうだな」
そう同意を得て並びながら少し進むと、再び十字路が出現した。
「またねー」
手を振って、先ほどと同じ方向へ二組に分かれ道を進んだ。




