009.第一被害者
その日、冒険者のアルスは仲間と一緒に魔物を狩って稼ぎを上げていた。
実際にはこれを狩った証として耳か鼻を切り取り、それをギルドに提出してやっと稼ぎになるのだがそれはともかく。
「今日は順調ね」
後ろから聞こえる声の主は仲間のイリーナ。
「まだ回復魔法も使ってないしな」
とゴブリンの耳を集め終えたウパスカルも戻ってくる。
「別にサボってるわけじゃないわよ」
「わかってるって」
今日はまだ治癒師のイリーナが不満に声を上げるが、回復魔法の出番がないに越したことはないのでそれ自体は歓迎するべき状況だった。
そんな時に余計な一言を言うのがウパスカルという男でそれはいつものことである。
「これなら俺とアルスだけでも十分稼げるんじゃねえか」
「それをいうならウパスカルだってそんなに仕事してないじゃない」
「俺は獲物を探すまでが仕事だからな。働いてないように見えてもちゃんと周囲の警戒はしてるぜ」
実際に狩人のウパスカルは自分の仕事をしている。見つけた獲物と正面切って戦うのは戦士のアルスの仕事だからだ。
そして人数が減った方が取り分が増えるのも事実だった。
とはいえ、アルスはイリーナを外すつもりはないのだが。
「どちらかと言えば、依頼の難易度を上げるべきなのかもしれないな」
ゴブリンの駆除といえばブロンズ等級の冒険者でも受けられる仕事で、そこからアイアン等級に上がって暫く経つアルスたち三人には余裕がある依頼だった。
複数匹を相手にすることになれば危険なことには変わりないので、油断できるわけではないが。
もう少し上の依頼もこなせるようになれば、生活にも余裕が出てくる。
そんなことを考えるアルスの頬を風が撫でた。
「見ろよ」
警戒を解いて顎で指した茂みの先を、アルスとイリーナも後ろから覗いた。
「なんだあれは?」
見えたのは洞穴のような入口。
とはいえ自然にできたというには四角く整えられたその穴は洞窟というよりは遺跡の入り口か何かのように見える。
「あれって、ダンジョンじゃない?」
「ダンジョン? こんなところにあるなんて聞いたことないぞ?」
ダンジョンといえばこの国にも二つしかないもので、偶然見つけるようなものではなかった。
つまり、もしあの入り口がダンジョンなら相当な幸運に恵まれたということになる。
生まれたばかりのダンジョンは広さもなく、更に中の魔物も弱いことが大半だという。
それに対してダンジョンの最奥にあるコアの魔術的な価値は計り知れない。
噂ではそれを売れば死ぬまで遊んで暮らせるなどという話もあった。
流石にそれは眉唾だとしても、相当な価値があるというのは間違いないだろう。
そしてあの洞窟。
そもそも王都からすぐ近くのこの場所に、知られていない洞窟があること自体が不自然だ。
それならば、新たに生まれたダンジョンであると考えたほうが今までずっと見過ごされてきた洞窟説よりもよっぽど説得力があった。
「どうする?」
ウパスカルがこちらに聞いてくる。このパーティーのリーダーとして、これをどうするか決める義務がアルスにはある。
「とりあえず、様子を見てみよう」
少なくとも、このまま帰るという選択肢はない。
それにコアを手に入れられなくても、ダンジョンであるということが確認できればギルドから報奨金が出るかもしれない。
あたりに魔物がいないことを確認してから、入り口の前に立ってマジックバッグから松明を取り出す。
「それじゃあ、ウパスカルは先頭を頼む」
「ああ」
外がまだ昼にもかかわらず、洞窟の中は少し先までしか様子を探ることはできない。
一先ずは、ずっと真っ直ぐの一本道が伸びているようだ。
それから少し進み、背後からの光が心許なくなってきた頃にウパスカルがすっと手を挙げて静止した。
周囲を警戒してからしゃがんだウパスカルが拾い上げたそれは、透明な結晶の中に黒い染みのようなものが出来ている。
「これは、魔石か」
「ちょっと、凄いじゃない」
「ああ」
それは魔力が溜まる場所や魔物の体内に生成される宝石のような石のこと。
と言ってもさっきまで相手にしていたゴブリンのような小物の中には存在せず、ウパスカルが拾った親指の先程度の物でもオークなど、シルバー等級の冒険者が命がけで戦うような相手からしか取れないものだ。
その希少性に対して、用途は多岐に渡り魔道具のコアからスクロールに使うインクの素材、冒険者が魔法やスキルを行使するための外部燃料としてなど需要は高い。
更に特殊な条件で属性が込められたものなどは、無垢の魔石よりも更に利便性が高く大物であれば貴族などにも献上されると聞いたことがあった。
なので当然金額も相当なものになるはずである。
「鑑定してみなきゃわからんが、これだけで金貨一枚以上は行くかもな」
「き……、大金じゃない!」
「まだ魔物に出くわしてもいないのにそんなものが手に入るなんてな」
金貨一枚といえば、アルスたちが数十日を働いてやっと手にするような金額である。
実際には利益を三等分する必要があるとしても、大金には違いない。
あるいは、ごろつきならそのまま欲に目がくらんで殺し合いが始まってもおかしくない、そんな金額。
さらにこのまま進めば、更に魔石が手に入る可能性は大いにある。
「どうする?」
「進みましょ、危なそうだったら逃げればいいんだし」
「そうだな、少なくとも魔物の気配も感じないのに尻尾を巻いて帰る理由はないだろ」
幸いここまで一本道だったので、後ろから奇襲や挟撃をされる心配もない。
満場一致で探索は継続に決まり、少し進むと直線だった道が突き当たって左へ直角に折れる。
「光が見えなくなっちゃったわね」
「とはいえ、まだ一本道だ」
まだ危険な気配も感じないのが逆に不自然なのではという思いもあるが、手に入るかもしれないお宝のことを考えればそんな予感だけで引き返す根拠にはならなかった。
もしここで帰ってギルドに報告すれば、近いうちに冒険者であふれかえることになるだろう。
そして報告しなくても、王都から近くのこの場所はすぐに見つかって周知のものとなる。
ならば今探索するのが一番妥当な選択だ。
「アルス、出番だぜ」
ウパスカルから声を掛けられるよりも先に、アルスは前に出て剣を構える。
カタカタという固い音とともに暗闇の先から現れたのは一体のスケルトン。
手には剣を持ち、力もそれなりにあるがアイアン等級の冒険者なら油断しなければ危なげなく倒せるモンスターだ。
「はっ!」
スケルトンの最初の攻撃を身を引いて避け、そのまま伸びた腕に剣で一撃。
続いて上から肩口へと斬り下すとその衝撃でスケルトンが崩れ落ちる。
その動きはアルスの体内で練られた魔力により強化され、一般人のそれよりもずっと強く打ち据えていた。
この世界では冒険者が戦士なら魔力を力として、魔法使いなら魔力を魔法に変換し、普通に暮らしている常人のそれよりもずっと強い力として発揮することができる。
そのままスケルトンが動かなくなったことを確認してからアルスが落ちた剣を拾うと、ウパスカルはしゃがみ込んでその崩れた骨の中を漁り始めた。
「危ないぞ」
「そんなことより、これ見ろよ」
取り出されたのは、再びの魔石。
「スケルトンなんかには魔石は生まれないはずよね」
「あったとしても、もっと砂みたいな粒で見つけるのも難しいだろうな」
二個目の魔石は一個目よりも小さく、小指の爪ほどのサイズだがそれでもスケルトンを倒した報酬としては十分すぎた。
「もしかして、誰かが埋め込んでるのか?」
「なんの為に?」
「それはわからん」
「ともあれ、ここで引き返す気はないだろ?」
「もちろんっ」
イリーナが食い気味にそう答える。
「それじゃあ続きと行きますか」
それから少し進んでもう一度角を曲がると、ウパスカルが松明を下に向ける。
「ここ、段差があるから気をつけろよ」
見ると、確かにわずかな段差が作られているが、足を取られても転びそうになる程度の微妙なものだった。
「これ、トラップか?」
「さあ、どうだろうな。一緒に魔物が襲ってくるような気配はないが」
確かに、転んだ所を奇襲すれば多少は効果があるかもしれないがそれ単体では罠というにもささやかすぎたる
「まあこんなのに引っかかるのはイリーナくらいだろうな」
「なによ、あたしだってこんな段差で転んだりはしないわよ」
「どうかな? 案外……」
なんてウパスカルの軽口が唐突に途切れ、叫び声が響く。
「ぐあっ」
「どうした!?」
慌ててその姿を確認すると、ウパスカルの体が膝の下から地面に吸い込まれて体勢を崩している。
「いてて、落とし穴だよ」
「怪我は!?」
「床が斜めになってて足を捻った。チクショウ」
見ると確かに、床が丁度正方形を斜めに切ったような角度になっていて着地の際に足首にダメージが入るような作りになっていた。
「これだけで済んでよかったけど、気をつけろよ」
「ほんとよ、あたしがいなかったら帰るにも苦労したわよ」
なんて言いながらイリーナが捻った足首の状態を確認してヒールを使う。
程無くして赤く腫れていた患部がすっかり健康な状態へと戻った。
「ほら、早く立ちなさいよ」
「もうちょっと優しくしてくれてもいいだろー?」
「殴ってほしいならそう言いなさいよ」
そんな会話をしながらも探索を再開すると、程無くして急な下り坂になっている通路が見えた。
「お、魔石落ちてる」
「ちょっと気をつけなさいよ」
ボールを転がしたらいい感じに転がっていきそうな坂をウパスカルがズサーッと滑り降り、下に落ちていた魔石を拾い上げると上からイリーナが文句を言う。
「大丈夫だって、罠はちゃんと確認してるぜ」
「だからって魔物が出ないわけじゃないだろう」
遅れて隣まで降りてきたアルスが言うと同時に、腰から剣を抜く。
三人の視線の先には、スケルトンが2体こちらに寄ってくるのが見えた。
「そこはほら、戦士様の出番だからよ。よろしく頼んだぜ」
「まったく……」
呆れながらも後ろに平坦なスペースを確保するために前に出る三人の視界が、唐突に緑色に染まった。
その原因は坂道の終点、その下り坂の天井の奥に隠した穴から落ちてきた三匹のスライム。
物理的な攻撃には水のように通り抜けてしまうそれは、顔に張り付いて即座に獲物を呼吸困難に陥らせる。
気道を確保しようともがく抵抗も虚しく、三人の動きは鈍っていく。
あるいは魔法使いがいればスライムを一斉に焼き払うことで窮地から脱出できたかもしれない。
しかし三人にはスライムを退治できる有効な攻撃がなく、火が灯った松明を有効に使える余裕もなかった。
そこで、三人の探索は終わった。