086.訪問者
今日も冒険者が訪れるダンジョンの入り口に、見慣れない格好の女性が立っていた。
肌を極力隠した上下一体型の服を身にまとう彼女は魔術師や治癒師のに近い印象を受けるが、一番異質な印象を受けるのはその純白の衣だろう。
浄化の魔法が使えるこの世界でも、ダンジョン探索に白い衣服を身に着けるものはそう多くない。
そんな彼女には護衛が数名ついていたが彼女一人がダンジョンの中に入り、すぐ近くの部屋を確認する。
部屋の中には冒険者が数名。
ダンジョンは原則冒険者以外の立ち入りを禁止しているが、この段階で彼女のその行為を咎める者はいなかった。
この国の第三王女が以前にこの奥の部屋で迷宮主と接触を持ったこともあり、それ以来ダンジョンと関係を持とうと訪れる者もいるが、その中で実際に接触を持てたものは一人もいない。
とはいえその人間たちの中には貴族も混ざっており、冒険者の中でわざわざ関わろうとするものはいなかった。
どうせ今回も無視されるだろう、という周囲の予想を他所に、彼女は奥の部屋へと入っていく。
そして捕虜解放の部屋の中に凛とした声が響いた。
「迷宮主様、初めまして。私の名はイングリッド。ワグナリス教の聖女を務めています」
うわあ、最大級の厄ネタ。
暇だからコアルームから観察してたけど、流石にこれは無視できないかなー。
「んー」
「どうなさいますか、主様」
と隣のルビィが聞いてくる。
「ルビィ、代わりに行ってくれる?」
「主様がお望みでしたら」
「んー」
本当はとても面倒で行きたくないんだけど、かといってルビィに丸投げするのは無責任すぎるか。
「とりあえず行って話を聞いてくるから、もし何かあったらよろしく」
「はい、主様」
ということで人形ボディに乗り換えて、一応銀仮面もつけて転送陣に乗る。
すっと視界が切り替わると、すぐ目の前にその聖女様がいた。
「初めまして、迷宮主様の使いの者です。本日はどういったご用件でしょうか?」
「初めまして、本日は迷宮主様とお話したく参上いたしました」
「そのお話の内容とは?」
「そうですね、互いの将来についてでしょうか」
恋人同士の会話かな? なんて冗談はおいておくとして、やっぱり厄ネタだったわ。
「なるほど、先に言っておきますが王都の司祭が解任された話についての抗議でしたらお断りさせていただきます」
その司祭っていうのは悪徳貴族と組んで私腹を肥やしていた奴ね。
あの貴族が責任を取らされた後、一緒に司祭も悪事が明るみに出て解任されたらしい。
「そちらは教会側の問題ですので、迷宮主様に何か言うつもりはありません」
「そうですか」
なら安心、でもないけどまだ真っ当な会話は成立する可能性があるかな。
「それではお話をする場所ですが、互いの立場を考えれば迷宮内ではなく王都で行う方が良いかと考えますがいかがでしょう?」
何かあった時に困るし厄ネタはなるべく中に入れたくないかな。そんなの無視して入ってくるお姫様もいるけど。
「そうですね。どこかご希望はありますか?」
「イングリッド様の希望があればそちらで大丈夫ですよ」
どうせ行くのは生身じゃないし。
そんな提案は聖女様に有利な物のはずだが、何故か彼女は困ったような顔を見せる。
「私はこちらに来てからまだ日が浅いので、迷宮主様側で決めていただけると助かります」
ということでパスされた選択権がこっちに戻ってきてしまった。
選択肢は三つかな。
一つ目はハイセリンが泊まっている宿。あそこなら個人的な会話をするには丁度良い場所だろう。
二つ目は冒険者ギルド。あそこならある程度地位と権力があって間に立ってくれる人材がいるしなにか問題が起きそうなら先に止めてくれそう。
三つ目は王城。あそこなら聖女様の身柄に気を配る必要もないし、何より王族の権力が教会に対する抑止力になってくれるはずだ。
『ルビィはどこが良いと思う?』
『そいですわね。有事の対処に一番強いのは王城かと』
『たしかにそうだね』
うーん。よし決めた。
「わかりました。では……」
俺は場所を告げて、聖女様と一緒にダンジョンを出た。
「こんにちはー」
「こんにちは、本日はどういったご用件になりますか?」
ギルドの受付でおなじみの女性に声をかける。
未だ身分を明かしたわけではないけれど、それでもVIP待遇で上へと繋いでくれるから話が早くてありがたいね。
「ギルド長さんいます?」
「はい、お会いになりますか?」
「ええ、あと同行者が一名居ますのでそう伝えてください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ということで彼女が奥へと消えていく。
その同行者が明らかに教会関係者なのに何も言わないあたりスルースキルが高い。
面倒だから見なかったことにしたわけじゃなくて、そのまま上の判断を仰ぐために何も言わなかったんだろうけど。
それから少しして戻ってきた彼女に、いつものように奥の部屋へと案内される。
そして部屋の前に着いたところで、荷物から小さい袋を取り出して渡しておいた。
「ああそうだ、これお土産です。よかったらどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます」
そう言って渡したのは容器に入ったロウソク。
「疲労回復の効果があるので自室などでお使いください」
あっちの世界でいうアロマキャンドルなわけだけど、こっちの世界に存在してるかは知らない。
「また今度感想を聞かせてくださいね」
「はい、今日帰ったら使ってみますね」
そんなに急いで使わなくてもいいけど、まあいいか。
それじゃあ改めて。
「失礼します」
彼女がノックをしてから中へと入り、俺と聖女様も後に続く。
通された部屋は応接室で、そこには既にギルド長の姿があった。
「何かあればお呼びください」
と言って退室する彼女を見送ってからギルド長が口を開く。
「さて、それで本日はどういったご用件ですかな」
「その前にご紹介をさせてください。彼女は教会の聖女、イングリッド様です」
「初めましてギルドマスター様、本日はこの場を貸していただき感謝いたします」
「これはご丁寧にどうも」
「ということでイングリッド様が当方との会談を希望していたのですが、適した場所がなくこちらへ伺わせていただきました」
「なるほど」
「加えて言えばイングリッド様のお話は互いのこれからについてとのことですので、冒険者ギルドにも少なからず関係のある話かと」
これでダンジョンが教会に敵認定されたらギルドも道連れだね。やったぜ。
「それでは、私も同席させていただいてよろしいですかな、イングリッド様?」
「ええ、ぜひご意見をお聞かせください」
ということでダンジョンと教会とギルドの三者面談が始まった。
帰りてえ。




