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084.20F⑨

お姫様が騎士の二人を連れ奥の部屋へと進むと、その背後でひとりでに扉が閉まる。


進んだ先は広間となっていて、造りは前の広間とほぼ同じ。


違いがあるとすればこちらにはその更に奥へと続く扉がないことだろうか。


事前の想定通りであればもう一度魔物と戦ってもらう為の部屋なのだが、それを召喚(というか転送)する前に、彼女の声が響いた。


「迷宮主様、聞こえていらっしゃいますか?」


その問いかけをする部屋の中には誰もいない訳なのだが、実際にコアルームでゆっくりしていたこちらにも聞こえたので的外れな行為という訳でもない。


「んー」


「どうなさいますか、主様?」


近くに控えていたルビィに聞かれて、どうしようかと頭を捻る。


「無視することもできるけど、ダンジョンのあり方としては健全じゃないかなあ」


流石に最深部に到達した相手を行き止まりで放置するのは体面的によろしくない。


なら魔物を出して撃退するかという話になるが、お姫様一行が本気になればその魔物まで倒されるかもしれない。


そうすると、それ相応の報酬を用意しなきゃいけないわけで、それなら呼ばれた俺が直接出向いて話してくる方がずっと安上がりだ。


ぶっちゃけ行きたくないけど。めんどくさいし。


「んー、しょうがない。ルビィは他の冒険者の観察をよろしく」


「かしこまりましたわ、主様」


既に入り口脇の部屋に20階層攻略達成の文字は刻んだのでやるべきことは済んでるし、20階層の次回以降の挑戦者への対応と報酬も用意してあるからそこに注視している必要はない。


とはいえ相当な報酬を持っている彼らがダンジョン脱出前に襲われるようなことも有り得なくはないので、そっちの対応はルビィに任せた。


「じゃあねー」


残るルビィに手を振って転送陣を経由し、生身で会う気はないので魔導人形を操作して20階層へと移動する。


広間の奥側、祭壇の手前辺りに転移すると、入り口近くで待機していたお姫様一行とは少し距離があるが気にせず声をかけた。


「お呼びですか、お姫様?」


「ええ、少々お話をよろしいでしょうか?」


「そうですね……、通常であればそういった対応はしませんが、本日は20階層攻略の報酬としてしばらくでよければお付き合いしましょう」


本当は気軽に呼び出されたら面倒だしお断りなんだけど、わざわざ報酬を受け取らずにここまで来ている彼女をそのまま追い返すのもダンジョンを運営する者としては心苦しいので今回は特別に。


「感謝いたします」


「感謝は不要ですよ、迷宮主としての務めのようなものですから」


ということで人数分のテーブルとイス、あとお茶とお菓子を用意する。


「よければこちらもどうぞ」


「良い香りですね」


「気に入っていただけたなら幸いです」


お姫様がお茶を口にすると従者の二人が微妙そうな顔をするけど俺には関係ないから気にしない。


ちなみに長方形のテーブルで向かいには椅子が三つ並べてある訳だけど、実際には一人しか座っていないのだが、まあそっちも別に気にはならないから無問題。


「それでお話をということでしたが、何か質問でも?」


「そうですね、いくつか聞きたいとこがあるのですが、質問したら教えていただけますか?」


「20階層攻略の手間に見合う程度の内容でしたら」


「それはどこまで聞いても大丈夫か難しいですね」


「ちなみに、ひとつ質問に答える毎に、その答えの重要度に応じてポイントが消費され0になると終了となるシステムなのでご了承ください」


「その総量を教えていただくことはできますか?」


「残念ながらそれは極秘です」


本当は気分で決めてるから答えられないんだけど。


「代金を払って延長することはできませんか?」


「そちらも残念ながら貴方のここに来るまでの労力をポイントとして換算していますので、お金で増やすことは出来かねます」


「そうですか……」


まあ最初に大事な話をして貰ってほどほどに話したら帰ってもらうための方便なので、どっちにしろテキトーに所で打ち切らせてもらう予定だしね。


というかお姫様だと延長料金無限に払えそうで怖いわ。


まあ俺のと会話にそこまでする価値があるかと言えばノーだろうけど。


「それでは最初に、御名前を教えていただいてもよろしいですか?」


「え、嫌ですけど……」


つい素で答えた俺に、後ろにいる二人が凄い顔をしている。


一方で、お姫様は涼しい顔をしているけど。


「断られると、逆に知りたくなりますね」


貴女そんなキャラでしたっけ?と思ったけど、そこまで話してるわけでもないので案外そんな性格なのかもしれない。


「ちなみに私の本名には特に価値はありませんよ」


名前によってはどこの地域の生まれかわかったりすることもあるかもしれないけど、流石に異世界の名前だとはわからないだろうし。


「でしたらなぜ教えていただけないのでしょうか?」


「強いて言うなら、あまり親しくない相手に名前を呼ばれると落ち着かないからでしょうか」


まあそもそも、人に名前呼ばれるのに慣れてないというがあんまり落ち着かないからだけど。


「ではかわりに、私を名前で呼んでいただけますか?」


「それも嫌です」


「案外注文が多いですね」


「お姫様の要望が変なのが原因だと思いますが」


もっとダンジョンに関する質問がくると思ってたからこっちもビックリだよ。


まあ互いに名前を読んで心理的な距離を詰めるっていうのは、彼女からしたら有益な行為ではあるんだろうけど。


個人的にはむしろ心理的な距離を保ちたいんだけど。


「それでは、このダンジョンの目的を教えていただけますか?」


それは、王都を治める側の人間としては自然な質問だろう。


世界征服とか言われたら全面戦争不可避だろうし。


もし本気でそんなこと考えてるなら正直に答えないだろって話はともかく。


「このダンジョンを運営しているのは、ダンジョンを大きくする為ですよ」


そんな俺の回答に、お姫様は不思議そうな顔をする。


「大きくすることは手段ではないのですか?」


「大きくすることが目的ですね。自衛の為に大きい方が安全という側面もありますが、あくまで主目的はダンジョンの拡張です」


「それでは迷宮主様にメリットが無いように思えますが」


「そうですね。ダンジョンを大きくすることは頼まれてやっていることなので、私自身にメリットがということはありませんよ。とはいえダンジョン運営自体はそこそこ楽しんでやっていますけどね」


それでも、命の恩人であるルビィの願いじゃなければ苦労してまでダンジョン運営に勤しんでいなかったかもしれない。


「それを頼んだ相手というのは?」


「それは秘密です」


美人に頼まれたからやってるって正直に告白するのは流石に恥ずかしいし。


「という訳で、ダンジョンを大きくしたらそのまま世界を征服しようとか考えたりはしてないので安心してもらって大丈夫ですよ。そんな面倒なことしたくありませんし、そもそも元より誰とも会わずに静かに暮らす方が好きな人間なので。まあ今は人間じゃないですけど」


なんといってもプロの引きこもりなんでね。


なんなら今こうやって話してるのもめんどくさいから今すぐ切り上げたいくらいだし。


別にお姫様のことが嫌いなわけじゃないけど、偉い人と話してると疲れるんよ。


気軽に雑談を楽しめるような立場でもないしね、お互いに。


「なるほど。迷宮主様のお考え、とても参考になりましたわ」


まあ私欲はないと言ったところで素直に信じてもらえるとも思ってないけど、事実だし別に隠すことでもないから伝えただけでそのまま信じてもらえなくても問題はない。


「それならよかったです。他に何か質問はありますか?」


「そうですね。20階層の魔物の編成はそれ以前と比べていささか戦力過剰と感じるのですが、今後もあのままなのでしょうか?」


「リッチとグリムリーパーで3体相手にするのは初回攻略されるまで予定でしたので、以後は2体編成でのお相手となりますよ」


初回は報酬の豪華さからの戦力の逆算とインパクトを重視して3体にしたけど、2体であればシルバー等級のパーティーが2つ組めば十分に戦えるラインだ。


攻撃をパターン化しているのも含めて、慣れれば1パーティーで突破する冒険者も出てくるかもしれない。


それにお姫様のパーティーなら単独でも攻略できるだろう。


「それでは、21階層以降はどのような構成をお考えですか?」


「それは秘密です。先にネタバレしてしまったらつまらないでしょう?」


なんて俺の答えに、お姫様は納得したように笑う。


「たしかに、それもそうですね」


「ええ、ぜひご自身の目で確かめてみてください」


この先はキミの目で確かめてくれ!って言いたいけどネタが伝わらないの悲しいね。こういう時はあっちに帰りたくなるわ。


「わかりました、それでは楽しみにしていますわ」




ということでそれからも少し質問を受けて、お姫様が満足したあたりで帰ってもらうことにする。


椅子から立ち上がり、二人の騎士を従えて元来た扉へと向こうとする彼女に、そういえばと声をかけた。


「言い忘れていましたが、20階層攻略おめでとうございます」


「有難うございます、迷宮主様」


「これからもご武運を、期待しています」


こうやって直接話すのはめんどくさいけど、冒険者としてダンジョンを攻略している彼女の姿は嫌いじゃない。


まあまだダンジョン攻略を続ける気があれば、の話だけれど。


「迷宮主様」


「なんでしょう?」


最後に、といった雰囲気のお姫様の呼び掛けに答える。


「もし私が30階層を最初に攻略したのなら、名前を教えていただけますか?」


「私の名前にそこまで価値があるとは思いませんが、そうおっしゃられるのでしたら考えておきますよ」


「ではその時を楽しみにしていますね」


そう言って優雅に笑った彼女は、その身分に相応しい美しさと共に強かさがあった。

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