081.20F⑥
「流石に大所帯なのです」
翌日、ダンジョンの入り口前に集まった3パーティーのメンバーはそれぞれに顔を見合わせながら似たような感想を抱いていた。
エドガーパーティーが剣士のエドガー、拳闘士のウレラ、斥候のキュリウス、魔術師のオットート、治癒師のカニーナの5名。
ネジルパーティーが戦士のネジル、剣士のノボルト、魔術師のハイセリン、治癒師のヒナの4名。
アーシェラパーティーが王女のアーシェラ、双剣を握る騎士のリーリエ、長槍と大盾を握る騎士のナツメの3名。
計12名。
これまでにここまでの大人数でこのダンジョンに潜った一団は存在しないだろう。
ギルドから冒険者へと依頼される外での仕事では合同のパーティーを組む場合もなくはないが、ダンジョンの通路を探索するのにこの人数は明らかに過剰であった。
「そうですね、戦闘は私たちが引き受けましょう」
アーシェラがそう宣言をすると、当然のように最後尾をついてくるものだと思っていた何人かが驚いたような表情を浮かべる。
「20階層では一番役割が少ないでしょうから、その分こちらで役割を果たさせていただきます」
「それでは私たちは少し離れてついていきましょうか」
言ったのはハイセリン。
通路で横に並べるのは二人か三人。
距離を開けるのはあまり集団で固まって前方の視界不良で飛来した攻撃を受ける、または自由に動くスペースを確保できずに罠にかかることを防ぐための措置だ。
「それじゃ最後尾はあたしたちッスね」
通常パーティー間の行動などはリーダーが決めることが多いが、とはいえ今回の場合は誰が先頭に立つかだけ決めてしまえば他に異論も上がらないだろう。
パーティー毎におよそ12歩ほどの間隔をあけて進行すると、特に足が止まることもなく順調に進んでいく。
「罠がありますので、ご注意ください」
時折そんな忠告を発しながらも戦闘を進むリーリエは、まるですれ違うように魔物を切り倒しながら歩みを止めない。
まだ一桁階層のスケルトンが相手だとしても、その洗練された動きは特筆すべきものがあった。
それからスルスルと階層は進み、10階層に到達したところで一旦歩みが止まる。
「10階層も、私たちで担当いたします」
「一度に全員で入らないと何度も戦うことになるッスよね?」
「そもそもこの人数で大部屋に入って通常通りにリッチが沸くかも未確定なのです」
「おそらく問題はないでしょうけど、なにか変化があるかもしれないわね。注意して入りましょう」
「じゃあそんな感じで」
「ああ」
「何もなければ部屋の端で邪魔にならないようにしていますよ」
ということで意見がまとまり、リーリエが扉へと手をかける。
中にはいつものように最初は魔物が存在せず、全員が部屋へと入り背後の扉が閉まってから一拍おいてリッチの姿が現れた。
「それでは、攻撃!」
「はっ!」
アーシェラの号令で行動を開始したリーリエとナツメは、弾かれたようにリッチへと距離を詰めた。
「到着ですね」
そう言ったアーシェラの前にあるのは20階層の広間へと続く扉。
外ではまだ太陽が天辺を越える前だろうか。
王都の酒場では現在進行形で賭けに盛り上がっている、というか合同パーティーの情報を得て盛り上がりが最高潮に達しているのだがそれはともかく。
リーリエが先頭を務めた一行はここまで損耗もなく、万全の状態である。
「それでは、配置は事前に決めた通りで問題ありませんね?」
「ああ」
「こちらも問題はない」
事前に決めた配置は、ネジルのパーティーがリッチを、エドガーのパーティーがグリムリーパーを、そしてアーシェラが号令をかけナツメがその守護、最後のリーリエが遊撃という役割である。
号令役とその護衛という実質役割が薄い立場と、初めて組むパーティーでの遊撃という難しい役割のアーシェラ一行であるが、文句を言うものはいなかった。
それはここまで戦闘を務め他の者のリソース消費を抑え、かつ実力を十分に示したことが理由である。
特にこの20階層まで戦闘で魔物を討伐していながら、傷一つ負っていないリーリエの実力を今更疑う者はいない。
「私が魔法を伴う号令を使いますが、それにより動きやすさに変化があるかもしれませんのでご注意ください」
「それは大丈夫ッスよ~。身体強化くらいなら慣れてるッス」
「うん」
ということで短い打ち合わせを終え、一行は視線を扉へと向ける。
「それでは、参りましょうか」
「これで勝てたら大金持ちですねえ」
「フラグ立てるようなこと言うのやめろ」
などと軽口を叩きながらも、エドガーとネジルが扉の左右へと手をかけてそのまま開いた。
「突撃!」
アーシェラの号令とともに前衛が前に出る。
まず果たすべきはリッチとグリムリーパーの分断だ。
二体の強力な魔物はそれぞれ冷気の放出を筆頭とした広い範囲に及ぶ攻撃を持っているため、それを同時に受けてしまうような状況は望ましくない。
更に同じ前衛が二体から同時に狙われるのも危険である。
その理屈から、それぞれのパーティーは互いを部屋の反対側に陣取るようにリッチとグリムリーパーを誘導していた。
詳しくは広間の左奥にリッチ、右奥にグリムリーパー、そして手前側にアーシェラたちと各パーティーの後衛である。
後衛が固まっているのは近くにいる方が補助魔術の範囲に入りやすいという理屈であり、同時に前衛が壁となって守りやすいという事情もある。
今日はその一団の前に背丈ほどの大盾を構えたナツメがいるので安心感は普段以上だろう。
実際にナツメはアーシェラの安全を最優先に動くだろうがそれでもいざとなればその更に後ろに退避できるという目論見はあった。
そんな立ち位置で、リッチの相手をしているネジルとノボルトは二人で攻撃しながら位置を誘導しつつ、攻撃を受けない安定した立ち回りを見せている。
一方でグリムリーパーに対するエドガーとウレラは、防御に重きを置いて可能な限り危うさを排除する立ち回りをしていた。
「はぁっ!」
気合と共に振り下ろされた鎌に剣を合わせたエドガーがそれを受ける。
鎌とは一般的に武器ではなく、それは人を傷つけるには適していない。
しかし同時にそれは、高位の魔物の力で振られれば受けることが難しい凶器と化していた。
エドガーは刃の付け根の柄の部分を狙って刃を合わせたのだが、通常の木材であれば簡単に切り落とせていたであろうそれは硬い金属の手応えに阻まれる。
そして再び振られた鎌を回避すると、その横合いから殴り込んだウレラの拳がグリムリーパーの胴体へ叩き込まれた。
昨日までは一対一で相対していた相手で、多少は攻撃の種類も把握している。
そんな相手に二対一で戦える時点で戦闘の難易度は緩和されているのだが、それと同時にエドガーはアーシェラの号令の効果を実感していた。
冒険者の前衛職であれば自身の能力の変化には敏感だ。
束縛の呪いなど、行動を阻害するものがある上で、その効果の素早い察知と対策は重要な技能である。
そしてお姫様の号令による行動強化は、エドガーの想像以上の効果を示していた。
そもそも声を起点に広範囲に強化を与えるという効果の時点で、そこまでの実用性を期待するのは難しい。
実現するなら膨大な魔力を消費する必要があるはずなのだが、その様子も見えないのでおそらく別の要因を用いる術式によって効果が増幅されているのだろう。
それが王族特有のものなのだろうかとエドガーは推測するが、原理はともかく現状ではかなり心強い効果なのは事実だった。
グリムリーパーの鎌による近接攻撃を剣で防ぎ、その隙にウレラが横合いから攻撃する。
そしてウレラへと注意が向けば、死角からエドガーが切りつけた。
「ウレラ!」
「わかってるッスよ!」
グリムリーパーが腕を前に伸ばし、冷気を放出するそぶりを見せたところでエドガーの耐冷性のマントの内側へと身を隠す。
『光の壁よ』
カニーナの防護魔法と合わせて無傷で乗り切れたそれは、リッチと共通する攻撃なのでその対処も慣れたものだ。
そのまま接近した二人を同時に薙ぎ払おうと鎌が振られるのと同時に、隙を探っていたリーリエが横合いから切りつける。
『火閃』
後方から放たれた圧縮された炎が、前衛の動きを妨げないように一直線にグリムリーパーの胴を穿つ。
その合間に再びエドガーとウレラが攻撃を開始していく。
戦闘開始からここまで、稀に危うい状況もありながらそれでも陣形は維持されている。
それはアーシェラの号令とリーリエの援護もあってのことだが、流れとしては順調だ。
情報の少ないグリムリーパーを受け持っているエドガーパーティーだが、一方ネジルたちパーティーはリッチを相手に安定した立ち回りを見せている。
このままならあちらは問題なく討伐できるだろう。
そしてネジルたちがこちらの戦闘に加われば、グリムリーパーを相手にするのも安定したものになる。
その場にいる全員がそんな判断をしたところで、広間へと声が響いた。
【なるほど、ここまで来るだけのことはあるということか】
空間に聞こえた言葉に予兆を感じ取り、状況の変化に備える冒険者の視界に黒い空間の歪みが生まれる。
今まで戦っていたものとは異なる、二体目のリッチの姿がそこにあった。




