078.20F③
「マジで追加されてんな」
呟かれた言葉はダンジョン入り口の脇の大部屋、その壁に刻まれた文言に対してのもの。
「しかし、いくつか不可解な点がありますね」
「そうね」
具体的には『敗北した冒険者の投獄はせず、装備の没収も行わない』という点。
「とはいえ、ここでゆっくり考え込んでる時間はねえぞ」
「どちらにしても20階層へたどり着くまでには時間がありますから、作戦会議をするならその間で十分でしょう」
ということで大部屋を出ようとした一行が、他の冒険者に呼び止められる。
「ようネジル」
「ガターか。今忙しいからあとにしろ」
「ちょっと待った! あんたらにも利のある話だぜ! 今日ここを通った冒険者の情報を知りたくねえか!?」
そんな知り合い冒険者の提案に、ネジルは短く沈黙する。
20階層の攻略に挑むならば、この入口の通路を通過するのは確実だ。
ならばガターの提案は競争相手の情報をまとめて得ることができるというものになる。
その価値はいかほどだろうか。
もしこのまま順当に20階層の魔物を討伐できたならば、何の価値もないだろう。
それとは別に他のパーティーが今日中に倒してしまえば同じように情報を得ても価値はない。
しかし今日のうちに討伐がなされなければ、明日以降の競争相手を知っておくことは無駄にはならないだろう。
総合して考えれば金額次第か。
「いくらだ?」
「金はいい。その代わりに戻ってきたら20階層の中身を教えてくれ」
「そりゃ……」
役に立つかわからない情報の対価としては価値が大きすぎないだろうか。
「ちなみに他のパーティーはこの条件を受けたぜ」
「なら俺たちの情報はいらねえだろ」
「誰が最初に戻ってくるかはわからねえからな。情報は速さが命なんだよ」
それは事実ではあるだろう。
実際にボスの情報をいち早く得られれば、それだけで儲け話に繋げることができる。
誰でも思いつくようなネタであっても、その情報を更に転売する、対策装備を転売するなど考えられるだろう。
実際にはガターは現在王都の酒場で行われている賭けの関係者で、それを盛り上げる材料として使う予定なのだがそれはともかく。
そして、一組が20階層の情報を語れば、他の者が持つ同一の情報の価値もほとんど意味を持たなくなる。
ならばここを通ったパーティーの情報の見返りとしても釣り合いが取れていないということもないかもしれない。
「それで、その相手にはいくら渡したのかしら」
というのは後ろから差し込まれた質問。
つまり、最初の一組には契約の時にいくら金を握らせたのかという話だ。
一人に金を払って情報を得る約束をすれば、必然的にその20階層の情報の価値が下がり他の冒険者との交渉は簡単に進められるようになるという理屈の推測に、男はやれやれといった表情を浮かべた。
「あんたには敵わねえな。ちなみに金は渡してないぜ。約束したのは、他のパーティーが持ち帰ってきた情報を渡すことだ」
騙そうとしたことを素直に認めたガターだが、この程度の駆け引きなら日常で咎められる程でもない。
むしろ騙されるほうが悪いと言われるだろう。
「なら、あたしたちもその条件で構わないわね?」
「バレちまったら仕方ねえな」
とはいえ、情報を流す先が増えたとしても彼が損をすることもない追加条件なので、その言葉は軽いものである。
「それじゃあ手短に伝えるぜ。今朝から既にここを通ったシルバー以上の冒険者パーティーは8組。開門から一直線にここまで来たからこれは間違いねえ」
逆に言えばそれより前に通過した人間は把握していない訳だが、開放日が未定だったという前提があるのでそこは無視しても問題ないだろう。
「一組目はエドガーたちだな。開門より前から並んでたから相当早かったぜ」
王都の賭けでは一番人気の彼等だが、本人たちもかなり気合が入っているようだ。
それから挙げられていく名前は、シルバー等級以上ということもあり全て知っている名前のパーティーだった。
「ユーリ兄妹は二人だけだったから流石に20階層は行かねえだろうな。フリン兄弟も見たがあそこは相変わらずヒーラーがアイアンだからこっちも無いだろ」
「お姫様は?」
「そっちはまだ見てねえな。そもそも来るのかもわからねえが」
そんな話題の第三王女は冒険者として登録したあとも、他の冒険者との関りはほとんどなく目的も不明だ。
実際には時系列でいえば丁度今王都の酒場で賭けに参加したタイミングだったのだが、それを知る手段はまだここにはない。
「他にもまだ来てないパーティーもいくつかあるが、遅れてきてたら帰りの時に教えてやるよ」
「助かる」
実際に、おそらくあと数組は追加参戦してくるだろう。
「別にゆっくりしていたつもりはないですが、結構出遅れましたね」
「毎日朝イチで並んでるパーティーはやる気が違うのです」
「今から追いつきゃ問題ねえだろ」
「そうね、それじゃあ行きましょうか」
ということで、一行が入り口を後にして奥へと進んでいく。
当然のように一桁階層では苦戦することはないのだが、少し普段と違う状況に気づいた。
「今日は他の冒険者をよく見かけますね」
普段はなるべく他のパーティーと鉢合わせにならないように移動するのが冒険者内での通例である。
それに階層を通り過ぎるのが目的の場合は自然と通る通路は絞られるので、早い時間であれば擬似的に上の階段から下の階段までの一方通行のような流れが形成される。
必然的にその階層で稼ぐ人間は魔物が直ぐに処理されて宝箱もないその通路にわざわざ近寄ることも少ないわけだが、なぜか今日は人間を見かける機会が多かった。
「早々の帰り道というわけでもなさそうですしね」
他の冒険者とはすれ違うわけではなく、横の通路にその姿を見かけては消えていくというケースが多い。
「おそらく20階層攻略者のおこぼれを狙っているんでしょう」
「なるほど」
つまり魔物を倒すだけ倒して、魔石を回収する時間を惜しんで20階層まで進む冒険者の拾い残しを集めるという話。
「ある意味賢いのです」
「もしくは、20階層の報酬を得た冒険者を襲ってその報酬を奪う目的かしら」
「流石にそれは難しいのでは」
確かに20階層の魔物を倒すならばそのパーティーは相応の消耗をすることになるだろう。
とはいえ元がシルバー等級の実力であれば消耗していても襲撃が成功する見込みは薄い。
それにこのダンジョンの中では、そういった行為は厳しく取り締まられるのが周知の事実だ。
ある意味で、王都の中よりもずっと犯罪が難しいのがこのダンジョンである。
「報酬は相当に高額でしょうから、それに釣られる人間もいるかもしれないわよ」
「まあ、そうですね。気を付けましょう」
そこまで思慮が及ぶ者ばかりでもないという事実を理解している一行は、気を引き締めた。




