077.20F②
その知らせは、城門の通行開始時刻からほどなくして、ギルド近くの酒場へともたらされた。
「来たぞ!」
それを伝えたのは、アイアン等級の冒険者。
当然言葉の主語は20階層の開放である。
アイアン等級の冒険者である彼には当然のように20階層までたどり着いて実際の状況を確認することはできない。
しかしその知らせは10階層の場合と同じく、ダンジョンに入ってすぐの部屋に警告を伴って告知がされていた。
その告知と警告は具体的に三つ。
一つは『20階層を最初に攻略した者には大きな富を与える』というもの。
もう一つは『20階層に限り、その命の安全を保証はしない』というもの。
この二つは10階層が解放された時と同じものである。
そして最後の一つは『敗北した冒険者の投獄はせず、装備の没収も行わない』というもの。
この文面は二つ目の命を保証しないという文と相反しているように見えるが、それが万が一の場合に対する免責文のようなものであることを冒険者たちの多くはこれまでの経験で把握していた。
最後の一文の意図は謎だが、それでも冒険者にデメリットのあるものではないだろう。
その知らせを聞いて、動き出した人影が複数。
彼らはシルバー等級の冒険者、つまり20階層の初攻略を目指す者たちである。
そんな者たちが出て行ったあとで、20階層攻略に実力が満たない者、もしくは元より攻略に参加する気がない者が残ったが、彼らには彼らの目的があった。
それは、
「どのパーティーが最初に攻略するか賭けるぞ!」
「うおおおおおお!!!」
ということである。
事前に準備されていたそれは滞りなく受付が開始され、主催の男により賭け金が積み上げられていく。
そもそもの事の始まりはまだ10階層が攻略される前、告知からの短い時間で個人的なごく小規模の賭けが発生していたことに起因する。
それを商機と見た冒険者の一部が、告知や根回しをして実現したのが今回の賭けである。
それは冒険者のほとんどにそのイベントが認知され、積まれた賭け金は最終的に、サクラの分を抜いても金貨百枚を超えていた。
とはいえ、賭けの勝者への配当と賭けの管理を手伝っている身内への分け前を与えればその総額よりはずっと減るのだが、それでもかなりの稼ぎである。
一応そんな賭けの受付自体はその前から行われていたのだが、実際に階層が開放され攻略を目論む冒険者が出揃ったこのタイミングが最高潮であった。
逆に、先んじてユルスたちゴールド冒険者パーティーに賭けていた者などは彼らが依頼を受け王都を発った時点で絶望の表情を浮かべていたりしたのだがそれはまた別の話。
この賭けは各パーティーの実力の他に、20階層攻略へのやる気も大きく関係してくる。
実力的には有数でも、そもそも挑戦する気がない冒険者もいるからだ。
なので賭けに勝つためには、まず正確な情報を得ることが重要になってくると言えるだろう。
そんな事情もあり、冒険者の間では誰がやる気があるかというところまで含めて、様々な情報が錯綜していた。
一部には偽の情報を流すような者もいたが、それを信じるかまで含めて自己責任だ。
受付開始から少しの時間が経ち、酒場の中がある程度の落ち着きを取り戻したころ、賭けのオッズもある程度の安定を見せていた。
そんな中で一番人気はエドガー率いるパーティー。
これは実力とともに、10階層を最初に攻略したという実績も加味されてのことだろう。
下の方には大穴で、帰ってきたユルスたちパーティーの大逆転に賭ける者、更には不敬罪を恐れずにお姫様のパーティーに賭ける者までいた。
実際に、アーシェラたち王女パーティーは実力でいえば現在日常的にダンジョンに潜っている冒険者パーティーの中では随一の実力だろう。
しかし彼女のやる気と、アーシェラへの危険をどこまで許容するかという部分が不明瞭なのもあり冒険者の中でも意見が分かれていた。
そんな中で、新たに酒場の入り口を潜った一行へとその近くにいた客が気付いた。
視線を向け、驚きに息を呑むその者の様子に気づいた者が更に入口へと視線を向け、連鎖するように息を呑む。
そんな連鎖によりいつの間にか周囲の視線が集まった中でも当の一行は気に留めずに奥へと進んでいく。
「ごきげんよう。こちらで賭けが行われていると聞いたのですが」
視線の集まる先、王女アーシェラの言葉に主催が息を呑む。
それは彼女のこの場にそぐわない悠然とした佇まいに圧倒されたということもあるが、一番は自身の身を案じてだろう。
彼女が冒険者に登録したと同時に、ギルドからは彼女を冒険者として扱うように通達が出ていた。
それはギルド及びダンジョン内でも、彼女を特別扱いする必要はないという知らせだ。
その事実を言葉通りにとるなら賭けの対象にしても問題はないはずだが、とはいえそんな言い分が通るかは当の本人の次第であり最悪の場合はその場で打首までありうる。
この国の王族と平民の力関係はそのようなものであった。
とはいえそれは、この時代であればこの王国に限らない。
そんな状況の中で、お姫様の一挙手一投足に注目が集まり。
「この賭けは、自分自身に賭けるのも有りなのでしょうか」
そんな問いに、主催は辛うじて頷く。
恐らく本人は生きた心地がしないだろう。
「それでは、私自身に金貨一枚賭けましょう。よろしいですね?」
再びコクリと頷いた主催に、彼女がテーブルへと金貨一枚を確かに置いた。
そのままその場を立ち去る彼女に、細かい手続きが……などと呼び止められる者はいない。
そして彼女が店を出た後に、群衆の思考が動き始める。
机に置かれたままの金貨一枚は、彼女が賭けの対象になることを容認したと同時に、自身が勝ちに行くという決意表明でもあった。
王族にとっては端金である金貨一枚ではあるが、とはいえ彼女の立場を考えればこの意思表明をした上での負けを易々と受け入れられはしないだろう。
つまり本気で勝ちに行く公算が高いということになる。
そんな状況で、未だに姫様襲来の衝撃が冷めやらない中で一人の男が声を上げた。
「姫様に銀貨10枚!」
その声に続き、他の声も響く。
「俺もだ! 銀貨20枚!」
そして同じような声が次々と上がる。
さっきまでそこにあった空気が弾けるように、加熱したその場の雰囲気はテーブルへと賭け金を積み上げつつ、オッズを大きく動かした。




