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076.20F①

「どうにか受けていただけませんか?」


そう交渉をするのはギルド職員のフローラという女性。


普段はカウンターで受付業務をしている彼女だが、今日はギルドの中で冒険者たちがたむろしているテーブルの並ぶスペースまで出張していた。


「さて、どうするかな」


フローラの言葉に返事をするのはゴールド等級冒険者のユルス。


その周囲には彼のパーティーメンバーがテーブルを囲んでいる。


通常、冒険者への依頼というのは冒険者自身がそれを選び、カウンターへ出向き受注するものである。


しかしそういった流れにも例外は存在する。


その例外の中で一番多いのは、ギルドが冒険者を選んで依頼する場合だろう。


冒険者の中でも上澄み、数えるほどしかいないゴールド等級冒険者のパーティーである彼らには、そういった形で依頼を持ち込まれることが多々あった。


彼らもそういった手順には慣れたものであり、常設的に誰でも確認できる依頼板に張り出されるものより報酬も良いケースが多いので直接の依頼は歓迎している。


更に冒険者の等級の査定にも、そういった依頼の達成が実績として加味されることもあり、断ることの方が珍しいのだが、今回には少し変わった事情があった。


ギルドで査定をして手続きをしている依頼は内容と報酬を比べても適正なものである。


当然、危険を伴うものではあるが、それは冒険者を生業としている者であれば当然のことだ。


なのでユルスが依頼を受けるか一考するのはその内容とは別の理由、具体的言えばダンジョンのことだった。


白兎のダンジョンに19階層が解放されてから早五日。


まだその階層の全てが探索されたわけではないが、奥に辿り着き帰還したシルバー等級の冒険者は既に存在している。


そこには一つの扉が存在し、門番として二体のゴーレムが待ち構えているという情報だ。


シルバー等級が順当に攻略できる難易度に設定されているそこまでとは明らかに一線を画す戦力だが、20階層が実装されると同時にそのゴーレムたちは撤去されるというのが大方の予想だ。


ではその先に何があるのか、もしくは既に20階層が存在するのではないかという予想も無くはないが、わざわざそれを確認しようとする者はいない。


それは、もしそこで負ければそこまでの稼ぎと装備一式を失うということ、今までも階層が実装されると同時に奥の障害が撤去されてきたということ、そして万が一にゴーレム2体が20階層への関門であるなら急がなくても今ダンジョンに潜っている冒険者に突破されることもないだろうという算段もユルスにはあった。


とはいえ、ダンジョンの平均的な階層増加期間でいえばそろそろ20階層が解放されてもおかしくはない。


そんな状況でのこの依頼である。


報酬は適正、というよりは平均的な相場よりも高く、ゴールド等級の彼らをもってしても気軽に無視する気にはならない程度には高額だ。


比較すれば、10階層を初めて攻略した時のエドガーたちパーティーが得たという報酬の総額よりもまだ高い金額である。


問題はその内容、というより場所である。


そこに指定された場所はここから片道3日ほど、往復すれば6日はかかる計算だ。


当然その間は王都を離れることとなり、ダンジョンに潜ることも不可能になる。


「問題は、どっちの方が得かってことだな」


ギルド直接の依頼とはいえ、それを断ること自体には問題がない。


特に今回の依頼は『双子の紅玉』という希少素材の採集であり、被害者が出ている訳でもないので緊急性も高くはなかった。


当然、ゴールド等級の冒険者でなければ困難な依頼ではあるのだが、その難易度は主に採集地までの道程によるものだ。


「後回しにするっていうのは?」


「残念ですが、依頼者からは一定期間に達成される見込みがなければ依頼を取り下げると条件が出されていまして……」


「随分せっかちな依頼者だな」


その分だけ報酬は高額になっており、それも加味してこうして直接ユルスたちパーティーへと交渉されている訳だが、とはいえ例外的な条件ではあった。


まあ受注と達成の両方に期間設定はあれど、受けてから達成して戻ってくる間に期限が切れるようなことはなさそうなの分だけまだマシか。


「どうする?」


代表として交渉していたユルスは、そのやり取りを聞いていたパーティーメンバーへと視線を巡らせる。


「受けていいんじゃないでしょうか?」


答えたのは同じテーブルにつく女性。


明らかに質の高そうな鎧に身を包むその女性は、おそらく剣士であろう。


「その間に、20階層が攻略されるかもしれないぜ」


「そうですね、もしこの依頼を受注して戻ってくる間に他の冒険者に20階層を攻略されるかもしれません。しかし逆に言えば、シルバー等級冒険者に短期間で攻略されてしまうような敵の強さであれば、報酬もそこまで高額にはならないのではないでしょうか」


ダンジョンの主に知性があるのは周知の事実である。


そして、いくつかの例外はあれどその階層の敵の強さと報酬が正比例することも把握されていた。


「攻略するのがシルバー以下とは限らないぜ」


「とはいえ現状、プラチナ以上は動く気配がありませんし、他のゴールドパーティーも今は依頼で王都を離れています。もしこの依頼を受けたとしても、彼らに先を越されるとは考えづらいかと」


「たしかにな」


現在王都を拠点とするプラチナ等級以上の冒険者は、ダンジョンの攻略に興味を示していない。


そもそも論として、彼等が本気で探索に乗り出せば自分達では早さ比べでは勝てないだろうという理由もある。


そして他のゴールド等級パーティーは、その全てが現在は依頼で王都を離れていた。


既に集めていた情報をまとめれば、おそらくこの依頼を受けても順当に達成できれば他のゴールド等級パーティーよりも先に王都へ戻ってこれるだろう。


「それと、こちらの依頼は報酬に確実性がありますが、ダンジョンの20階層報酬には不確定の要素が多いです。まず報酬の額、それにいつ解放されるか、最後に自分たちが最初に攻略できるかですね」


「おいおい、他に目ぼしいパーティーはいないって自分で言ったはずだぜ」


「可能性は高くないですが、シルバー等級の冒険者が早々に討伐してしまう可能性もあります。もし解放を確認してから直行しての討伐を成功させてしまえば、こちらが到達するよりも前に終わってしまうかもしれません」


「なくはない、か」


事実10階層は1度目の挑戦で討伐成功されている。


解放から直行で初討伐を成功されてしまえば、早さ比べで間に合わない可能性も無くはなかった。


もし10階層と同等の強さの敵と、それに見合う報酬であればわざわざこちらの依頼を見送ってまで不確定要素に賭けるほどではない。


「他に意見は?」


「特になし」


「右に同じ」


「…………」


「じゃあ決まりだな」


パーティー内での意見がまとまると、ずっとそばで控えていたフローラがニコリと微笑む。


「ありがとうございます」


話はまとまり依頼の契約が結ばれ、彼らが王都を出立した翌日、20階層が解放された。

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