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075.宿

扉をコンコンとノックすると、部屋の中から声が聞こえる。


「誰かしら?」


その女性の声は、以前にダンジョンで聞いたことがあるもの。


「以前貴女に招かれた者です。身分は、ここでは言わない方がよろしいかと」


ここは王都の宿屋。


宿屋といってもその単語から想像するよりはずっと豪華な建物で、館とかって言って想像するイメージの方が近いかもしれない。


実際に金持ちの商人とかが住んでそうな見た目だし。


現代風に言えば高級ホテルなのかな。当然宿泊費もお高いんだろうけど。


「こんばんは」


と中から出てきた女性はシルバー等級冒険者の女性。


名前はハイセリン。


本業は魔術を研究する学者であり、ダンジョン側の者と話すためにわざわざ捕まって牢獄に入る変わり者だ。


部屋から姿を見せた彼女は、ダンジョンを探索している時と同じように魔力の込められたドレスを身に纏っていた。


着替えているような間はなかったはずだけど、普段からこの格好なんだろうか。


まあ別にこの格好でも問題ないといえば問題ないんだけど、この相手だとこちらの訪問を事前に察して何が起こっても大丈夫な格好をしている、なんて可能性もこの女性ならあり得る。


もしくは汚れは浄化の魔法で解決するので、動きやすい恰好ならそれが部屋着兼寝間着でも問題ないのかもしれない。


どっちにしても気にしてもしょうがないことだけど。


「夜分遅くに申し訳ありません、今お時間よろしかったですか?」


「訪ねてきてと言ったのはこちらですもの、いつ来てもらっても問題はないわ。中へどうぞ、迷宮主さん」


「迷宮主の使い、ですけどね」


一応そういう建前。


「というか今日は仮面をつけていないのに、牢で話した相手と同一人物だとよくわかりましたね」


今の冗談兼誘導尋問は、前回と今回が同一人物という前提がなければ成り立たない。


「それくらい声を聞けばわかるわ」


へー、凄い。


他人の声とか全然覚えられない俺からするとそれだけで普通に感心するわ。


まあ声だけじゃなくて、名前とか顔も普段は覚える気がないんですけどね。


「それで、本日はどういった要件かしら? もし私に会いに来てくれただけという話ならそれでも構わないのだけれど」


部屋の中、テーブルを挟んで椅子に腰かけた彼女がそう聞いてくる。


室内の間取りはかなり広く、テーブルと椅子の他に広いベッドやクローゼットなどが備え付けられたうえでまだ空間には余裕がある。


やはり宿泊費はかなり高そうだ。


「少し個人的なお話がありまして」


ということで彼女にその『やってもらいたいこと』を説明する。


とても個人的なことなので、あまり大きな声では言えないわけだが。


「なるほど、私は構わないわ。とはいえ、ただという訳にはいかないわね」


「ええ、本日はこちらを用意させていただきました」


流石に依頼に手ぶらというわけにもいかないことはわかっているので手土産を一つ。


俺が言いながらマジックバッグから取り出した巻物を、棚の上で転がして半分だけ中身を見せる。


そこに記された魔法の文字は呪文となり、魔力を持たない者でも魔術を使うことができる。


いわゆる呪文書、通称スクロールだ。


まあ中に込められた魔力を利用するから使い切りだけどね。


文字だけでなく、文字を記すと同時に術を込めないといけないから魔力を込めれば再利用って訳にもいかないし。


ということで、これをコピペしても同じ魔術を使えるわけでもないんだけど、それでも記された文字は込められた魔術の理論を解明する手掛かりにはなるという点で、ある種の人間には実用以外にも需要がある代物だ。


「これは……、転移の魔術かしら」


「ご明察です」


巻物半分で中身を当てるのも大概人外の技な気がするんだけど、相手が賢いのは知っているからこれくらいじゃ驚かない。


流石にそのまま理論を解析するのは、巻物全部見ても難しいだろうけどね。


それができるなら未だに人間が転移の魔術を使えないのが不思議だし。


そう、未だに転移の魔術は人類には再現できていないものであり、その事実で同時にこの巻物の価値も伝わるだろう。


とはいえ記されている魔法文字から組み込まれている術式を解析するのは、アプリの実行画面を見て中のプログラムを完璧に解析するようなもの。


地獄かな?


あと解析できたとしてもそれが人間に使えるのかって問題もあるし。


とはいえ、このスクロールは学者であればこれは喉から手が出るほど欲しい一品だ。


もし解析できれば歴史に名が残るし、知識欲としても人類未踏の領域にたどり着けるわけだし。


「具体的には指定された座標への転移限定ですけどね」


つまりダンジョンでの捕虜の転送と同じ魔術だ。


実際にこのスクロールでの指定地点も、捕虜解放の時に転送されるダンジョンの入り口と同じ場所である。


あと使用もダンジョン内限定ね。


「それでも、価値としては十分ね」


「そうですね」


そしてこれは単純に魔術的な価値を持つだけでなく、実用品としても有用な可能性を秘めている。


現状の19階層までであれば所要時間としても消費リソースとしてもシルバー冒険者であればそこまで問題にはならないのが現状だ。


しかしこれが50階層、100階層となってくれば話は変わる。


まず100階層を踏破するのに、1階層10分だとしても片道1000分、17時間近くかかる計算になる。


実際には10分で済むはずはないので、それの何倍も時間を要するだろう。


そしてそれだけの時間をかけて潜った時間とリソースと同等の消費を計算しなければいけない帰路を短縮できるという価値は計り知れない。


まあ実際にダンジョンがどこまで拡張されるか、その道中にかかる労力と得られる報酬がどれくらいになるかは冒険者にとっては未知数なわけだが、それでも先見の明のある者ならばこのスクロールには高い価値を見出すだろう。


「とはいえ、いずれはダンジョンでも配り始める予定なので唯一性は無いのですけどね」


「あら、それじゃあ今取引をしなくてもそのうち手に入れられるのね」


なら別に今取引をしなくても手に入れる気概はある、と仄めかす彼女にこちらも言葉を返す。


「いつ配るかを決めるのはこちら側ですけどね」


「…………、ふふっ。ごめんなさい、冗談よ」


「気にしてませんよ」


この程度の駆け引きは本当に軽い冗談の範疇だろう。


彼女が本気で何かを企んだら、こんな単純なやりとりでは済まないだろうし。


「それでは、お受けいただけますか?」


「ええ、誠心誠意やらせてもらうわ」


「よろしくお願いします」


話が決まったので、彼女が椅子から腰を上げて立ち上がるのに俺も続く。


「それじゃあ、さっそく始めましょうか」


「ええ」


おそらくこれから数時間は彼女に相手をしてもらうことになるわけだが、既に城門は閉まっている時刻なのでダンジョンに戻る翌朝までに時間は十分にあった。

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