074.もうすぐ20F②
さて階層を任せるボスは決まった訳だが、今回はもう少し準備が必要だ。
その一番はやはり報酬だろう。
「やっぱり刀かなー」
「刀ですか」
「うん」
半分は趣味だけど、半分はインパクト重視って意味もある。
明らかにヤバい刀がゲットされたら剣より絶対話題になるでしょっていう。
実際にそれを最初に攻略した冒険者が使えばトレードマーク兼広告塔にもなるしね。
って理屈をこねてみたけどやっぱりほぼ趣味だわ。
やっぱダンジョンといえば刀っしょ。(偏見)
「ということでこれを配るのは決定なんだけど」
言いながら取り出したのは鍛冶師さんのお師匠さんの方の作。
こっちは未だに一本も配ってないわけだけど、ぶっちゃけ21階層~でも配る気がないくらいの高級品なのよね。
だから20階層の初回クリア特典でプレゼントする以外はまたしばらく出番はなしの予定だ。
20階層は10階層のおよそ倍程度の報酬を想定しているので、これを渡してもまだ予算上限には余裕があるけど。
そもそも性能高すぎるんだよね。多分エンチャントなしの状態で俺が握っても丸太斬りくらいなら余裕でできるだろうし。折れたら怖いからやらないけど。
業物なので当然耐久性も通常の刀よりは高いわけだけど、それでも薄く鋭く切れ味を追及されている刃物でもあるし横から力を加えたら普通に曲がるし折れるやつだ。
「そこでエンチャントをどうするかって話になるのよね」
「主様はどうお考えですか?」
「そだね、まず一案としては切れ味全振り。おそらくこれをすると石でも鉄でもバターみたいに斬れるやべー刀が生まれる。んでもう一つは切れ味と耐久性半々。これだと通常の両手剣より強度があって冒険者の腕があればリビングアーマーでも石犬でも簡単に両断できるくらいの物が生まれる」
ちなみに前者の切れ味は密着状態からそのまま押し付けるだけで両断できるくらいの想定ね。
「刀の達人が使うなら喜ぶのは前者、そうでない冒険者が使うなら喜ぶのは後者かな」
そもそも刀自体が使用難易度が高い武器なので、普通の冒険者は実際に握っても強度に不安を覚えるだろう。
そんな簡単に曲がるほど柔らかくもないんだけどね、一応。
「でしたらどちらが無難かは一目瞭然ですわね」
「うん」
その答えは当然後者。
なんといっても現状11階層以降で刀握ってる人間とかみたことないもんね。
まだ見ぬ剣豪が王都にいるかといわれれば文化圏的にそんなこともないだろうし。
「でも個人的には前者を選びたい気持ちがあるんだよね」
ぶっちゃけ刀に耐久性を上げるエンチャントするなら、素直にロングソードに切れ味向上全振りのエンチャントした方が効率がいいって話がある。
つまり刀って素材を生かすには切れ味全力した方がコンセプトには合ってるんだけど。
「そうなるとやはり扱える人間がいるかという問題になりますわね」
「だねえ」
結局そこなんだよね。誰も使えなくて武器屋の棚に安置されるのは流石に寂しいし。
「刀に属性や呪いのエンチャントをするというのはいかがでしょう?」
「それも結局、直剣でよくないって話になるんだよねー。イメージ的には無くはないけど」
炎をエンチャントしてついでに爆発させたりとか、雷を切ったりとか。いや、後者はエンチャントじゃないんだけど。
「できたら切れ味向上の刀の外に、別の武器を配るというのはどうでしょうか?」
「予算的にはギリアリかな。でもその場合は他の報酬がかなり寂しいことになるかも」
全力でエンチャントした武器二本を入れると、その時点で想定している報酬金額の大半を占めることになる。
まあその予算自体は俺が決めてるだけだから可変ではあるんだけど、あんまり高価にしすぎると冒険者の報酬への期待が大きくなりすぎるとかって問題が考えられる。
「他に考えられるのは報酬を刀以外にすることでしょうか」
「それね」
ぶっちゃけ刀を選んだのは俺の趣味だし、そこは変えてもさほど問題はない。一応宣伝的な意味はあるけれど。
「んー」
「どれも一長一短ですわね」
隣に座ったルビィが悩ましい声を出す。
というか結局俺の無駄な拘りが原因なのでは?っていうのが浮き彫りになってきたな。
「よし決めた」
「お決まりですか?」
「うん、無駄に悩んでても時間の無駄だしね。報酬予算増額して武器二本配ろう」
どれか一つに決まらないときは逆説的にどれを選んでもいいのだ。まあ時と場合によるけれど。
「かしこまりましたわ、主様」
「んじゃさっそく、これにエンチャントしちゃおうか」
ということで取り出していた刀を正面に置き、エンチャントを施していく。
魔力の許容量は素材の他に本体の出来も加味されるんだけど、師匠の人の刀にエンチャントしたら魔力が万単位で入ってびっくりしたよね。
こんなん量産してたら流石に破産するわ、なんて話はともかく。
「完成~」
「お見事ですわ、主様」
「ありがと、ルビィ」
完成したのは切れ味向上を全力した刀。
込められている魔力量からしてやべーものだって見てとれる。
「ていうかこれ、肉眼で魔力が見えてない?」
「そのようですわね」
俺自身はダンジョンの中だと魔力の流れ自体を見れるから逆にわかりづらいんだけど、肉眼でも魔力が見えるような気がする。
「ちょっとやりすぎちゃったかな」
これはどう見ても普通じゃない。なんてったってこんな現象未だに一度も見たことないしな。
もしかしたら冒険者に配ったあとに、妖刀なんて呼び名がつくかもしれない。
まあそれならそれでカッコいいからいいけど、なんて冗談はともかく。
「報酬としては豪華でよろしいかと」
「そうかな、そうかも。じゃあいいか」
解・決!
「それじゃ折角だし試し切りでもしてみようか」
ということで生成魔法で床から生やした丸太に兜を被せてみたんだけど、実際に試し切りする段で手が止まってしまった。
いや、斬るのは余裕のはずなんだけどもし万が一ミスって折ったりしたら大惨事だという小市民的な感覚があってですね。
実際にダンジョンマスターとしてはそこまで痛い損失ってわけじゃないんだけど、昔の引きこもり時代の感覚が抜けてないのよね。
これって現代の価値に換算したら数千万円とかそんなレベルのブツだろうし。まあ異世界だから単純比較はできないけど。
そんなこんなで刃を振り下ろすのは諦めて、上からゆっくりと降ろしそのまま兜に刃先を密着させる。
「せいっ」
そのまま軽く振り下ろすと、ほとんど抵抗なく兜を両断し、そのまま丸太も腰の高さの辺りまで真っ二つになっていた。
「おおー」
「素晴らしい切れ味ですわね」
ルビィの言う通り切れ味は凄まじく、この刀なら切れないものなんてほとんどないんじゃないかと思わせられる。
ちょっと配るのがもったいなくなってきた。まあ俺が持ってても使い道なんてないからしょうがないんだけど。
「それじゃあルビィ、交代」
「かしこまりましたわ、主様」
鞘に戻した刀をルビィに手渡すと、彼女がそれを抜いて腰の高さで刃を寝かせるように構える。
「いつでもいいよ」
俺が生成魔法で丸太を元に戻してから言うと、ルビィが一瞬を置いてから短く息を吐く。
それと同時に右下から左上に、左上から更に右上に、そして右上から左下に一息で三度刃が走った。
「……ってあれ?」
確かに丸太は三度斬られたはずだが、その形には全く変化が見られない。
それを確認したルビィがゆっくりと刀を鞘に納め、最後にチャキンと鳴らすと同時に丸太が左右へカラカラと崩れ落ちた。
「すげえええええええ!!!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、主様」
「いやほんとに凄いな!」
刀の切れ味を差し引いても、今のルビィの芸当は簡単にできるものではないだろう。
「主様も訓練すればこれくらいの芸当はできるようになりますわ」
「いや無理でしょ」
「無理かどうかは、やってみないとわかりませんわよ?」
「まあルビィがそう言うなら」
じゃあ試しにやってみようかな。
ということでルビィにちょっとだけ教えてもらったけどやっぱりできなかった。
いや無理でしょ。




