068.お姫様②
号令とともに二人の騎士が前へと駆ける。
先に出たのは大盾を構えたナツメ。
全身の大部分を覆い隠すほどの金属盾を構えた彼女は真っ直ぐゴーレムへと突っ込み、その巨体から振り下ろされた右の拳を正面から受けとめる。
鈍い金属音と共に盾へと叩きつけられたそれは、しかしその勢いを完全に殺されたうえで逆に弾き返された。
おそらく今までにこのダンジョンを探索した冒険者の中で、同じことをできる者は一人としていないだろう。
決して太くはない彼女の細腕は、魔力による強化でゴーレムの剛腕を上回る力を示していた。
そして拳が弾き返されて体勢が崩れた隙を逃さずに、リーリエがすれ違いざまの一刀を加える。
切り付けた右の細剣には風のエンチャントが施され、通常では傷つけることも困難なゴーレムの体へと確かに切り傷を生んでいた。
岩に刃を立てればすぐに折れてしまいそうなその細剣だが、現在のダンジョンから産出されるものよりもずっと高品質なそれはその美しい造形を全く損なってはいない。
「しかし硬いですね」
スケルトン程度であれば風のエンチャントだけで両断できる威力を持つその細剣も、岩の体を魔力で強化されたゴーレムが相手では一刀両断にすることはできなかった。
それならば、とリーリエが握り直したのは左の細剣。
しかし彼女は一瞬それを逡巡する。
何故なら左のそれは、右の物よりも未見でのアドバンテージが大きいという事情があるからだ。
ある意味で初見殺しに近い性質を持つそれを、もし迷宮主と殺し合う可能性があるなら秘匿しておくべきという考えが頭をよぎる。
実際にその可能性がないとは言えない。
しかし同時に、彼女の主が選んだのはダンジョンを探索するというある意味で歩み寄りに近いもの。
ならば自分がここで躊躇う必要はない、と一瞬のうちに判断したリーリエは瞬間的に間合いを詰めて左の細剣を振るった。
甲高い金属音と共に、ゴーレムに生まれた傷は風のエンチャントの攻撃より僅か。
しかしその傷から生じた効果は、見る間に変化を生じさせた。
リーリエの持つ左の細剣のエンチャントは束縛の呪い。
その鈍いには傷を与えた相手の行動を阻害する効果がある。
再び振り下ろされたゴーレムの拳は、その速度が最初の一撃よりも明らかに落ちている。
「はああ!」
気合とともに盾を押し出したナツメは、完全に振り下ろされるより前の拳を完全に弾き返した。
拳が頭より高いところまで弾き返され、そのまま仰け反るような格好になったゴーレムへリーリエとナツメが攻撃を加える。
巨体による攻撃が完全に無力化された時点で勝敗は決まっており、それから二人がゴーレムの核を砕き完全に停止させるまで危なげのない作業が続いた。
「ご苦労でした二人とも」
ゴーレムとの戦闘が終わり後ろで控えていたアーシェラが声をかける。
「杖の効果はどうでしたか?」
「そうですね、率直に言えば想像以上でした」
答えたリーリエは、未だに残るその号令の効果を確かめるように自分の腕を動かしてみる。
「特に腕力の強化が顕著ですね。エンチャントの効果までは増幅されていませんでしたが」
「普段ならゴーレムの拳を受け止められても逆に弾き返せたりはしませんから、こちらもかなりの効果ですね」
「それと攻撃の号令でしたが、腕力だけでなく行動の速度も上がっていました」
「しかし大盾での受けまで強化されているのは大丈夫なんでしょうか」
そんなナツメの疑問に、リーリエが自然な様子で答える。
「ナツメの盾で殴れば人が死にますからね、十分な攻撃でしょう」
「殴りませんよっ!」
そんな二人のやり取りを見てアーシェラが笑みを溢す。
「ふふふ、わかりました。ともあれこの杖の魔法はかなり強力なものということですね。二人の忠誠心の高さに起因する部分もあるでしょうが」
「たしかに城の騎士や他の冒険者への効果がどれくらいかは試してみないとわかりませんね」
実際に忠誠心を数値化はできないので検証するには回数を重ねる必要がありそうだ。
「そう考えるとある意味皮肉な魔法ですね」
「皮肉、ですか?」
「ええ」
この杖の魔法はダンジョンの外であっても、有事の際には大きく効果を示すだろう。
ほぼノーコストで行使できる強力な号令の魔法はそれだけで大きな力となり、なによりもその対象が多くなるほど真価を発揮する。
しかし現在の彼女は第三王女という立場に相応しく、騎士からも市民からも殊更に強い崇敬を得てはいない。
当然その杖を最大限使うために権力を欲するようなことはないが、もし有事の際にこの杖の力が必要になったとき、それを活かしきれなければ後悔を、逆に十全に活かした場合には大きな尊敬を伴う自身の立場の変化を彼女にもたらすかもしれない。
「今考えても仕方がないことですが」
そんな贈り物をされた迷宮主の意図とこの杖を握る自身の将来を、思わず考えずにはいられなかった。




