067.お姫様①
「それでは参りましょうか」
ダンジョンの入り口で、杖を握った王女の言葉に二人の女性騎士が頷く。
「はい、アーシェラ様。戦闘は私にお任せください」
「それじゃあ次が私ですね」
白銀の鎧を身に纏い、左右にそれぞれ細剣を握った髪の長い騎士が先頭。
彼女の名前はリーリエという。
それに続くのがリーリエに輪をかけて重厚な鎧を身に纏い、左に大盾を右に長槍を握った髪の短い騎士。
こちらの名前はナツメ。
通常は先頭に立つ大盾持ちは、しかしパーティーではなくお姫様を守るために彼女の傍へ付き細剣持ちが外敵を掃うのがこの編成の常である。
共にアーシュラ、お姫様の護衛を任された騎士であり、実力は折り紙付きだ。
当然、入り口近くのスケルトンでは相手にならないということでもある。
既に流通している地図の中身はすべて記憶をしているリーリエが迷うことなく次の階層へと道を進む。
前を進む二人の腰にあるランタンは特別製の物であり、他の冒険者が持つ大型のランタンや松明よりもずっと明るく周りを照らす。
戦闘を歩くリーリエはトラップも問題なく回避し、一行の前には実際にスケルトンが現れた。
その数は2。
ゆっくりと進んでくるスケルトンに向かって一歩大きく踏み込んだリーリエは、敵が反応する間もなく右の一刀で2体を同時に切り落とし、動きが停止したことを確認してから警戒を解く。
「情報通り、ただのスケルトンですわね」
お姫様であればその姿を怖がってもおかしくなさそうなものではあるが、当のアーシェラは自然に近くに寄ってそれを観察する。
「骨の中に魔石が混ざっているらしいですよ」
そんな冒険者から得た情報を披露するナツメにリーリエが眉をひそめた。
「死体漁りは感心しませんね」
王族と、それに付き従う者であればそのリーリエの意見は正しい。
「でも、冒険者に混じってやっていくならこういった常識は知っておいたほうがいいと思いますよ」
冒険者に溶け込む努力という点ではナツメの意見も正しい。
その二つを考慮して、アエーシェラが行動を決める。
「ナツメのいう通りかもしれませんね。魔石を探してみてもらえますか?」
「かしこまりました、アーシェラ様」
その役割を振られたリーリエが頷く。
先ほどまでその行為に否を唱えていたリーリエであったが、重装のナツメに対して動きやすい彼女はこういった役割を振られることが多い。
そして仕えるべき者の決定であれば、それに文句を言うこともなかった。
「ありました」
見やすいようにリーリエによって掲げられたそれは、小指の爪ほどの大きさの無垢の魔石。
「思ったより小さいですわね」
「姫様が普段見ている物に比べればそうかもしれませんね」
基本王城を居とする彼女は、わざわざ利便性の低い小さい魔石を目にする機会などほとんどなかった。
「ですがこれだけでも、平民が数日生きていけるくらいの金額にはなるんですよ」
「なるほど」
頷いたアーシェラは、脳内でその金額を想像する。
直接的に平民の暮らしを知らなくても、税収や物価の規模から逆算する思考力が彼女にはあり、それは実際の数字とさほど変わりはない精度で推測されていた。
「そう考えれば、市民に対するダンジョンの恩恵はやはり計り知れませんわね」
アーシェラの言葉に、ナツメは頷きながら腰を上げる。
「そうですね。もし閉鎖されるようなことがあれば多くの民に影響があるかと」
「モリスティール卿が失脚したことで、しばらくは安泰かもしれませんが」
リーリエの切った言葉の続きをアーシェラは思案した。
第三王女とういう立場で権力闘争の最前線からは一歩引いた立ち位置にいる彼女でも、貴族たちの情報は常に耳に入ってくる。
その中でダンジョンに敵対的な者が失脚したことで王都の民の暮らしが守られたという部分と同時に、ダンジョンに経済の一部が依存する在り方への危険性も考慮していた。
だからこそ、彼女はこの場にいるのだが。
「それでは進みましょうか」
「はい、アーシェラ様」
そうして再び進行を始めた一行は、特に問題もなくスルスルと階を降りていく。
アーシェラを護衛する二人の実力は、冒険者でいえばゴールド等級以上。
護衛対象を守ることを最優先に立ち回っているとはいえ、現在のダンジョン最深階層でも問題なく攻略できる実力であると考えれば一桁階層を問題にしないのは自然な流れだろう。
そんな彼女たちが次に進行を止めたのは、新たな魔物の姿を見つけたタイミング。
「アーシェラ様」
「ええ」
視線は前に向けたまま、リーリエが発した警戒の言葉にアーシェラが頷く。
一行の向く先、そこにいるのは人の背丈よりもずっと大きい岩の魔物の姿。
ほとんどの冒険者が避けて通り、未だ討伐されたという話題のないゴーレムを見て、ナツメが確認をする。
「どうしましょうか?」
「そうですね」
こちらから見えているということはあちらからも見えていてもおかしくはないのだが、それでも近づかなければ動き出さないのは事前の情報通り。
8階層の途中に鎮座するゴーレムは、しかし回り込むように道を辿れば交戦は回避したまま次の階層へと進むことができる。
「折角ですし、倒してみましょうか」
「かしこまりました」
「それじゃあ私が前に出ましょうかね」
流石にリーリエ一人に任せるよりは二人で向かった方が安牌だと判断して、主のオーダーに応えるために大盾を握ったナツメが前に出る。
「私も前に出ます。アーシェラ様は周囲にお気を付けください」
「ええ、リーリエ。ナツメも頼みます」
「お任せください!」
頷く二人を見て、そうだとアーシェラが思いついた表情をする。
「折角ですし、この杖の魔法を使ってみましょうか」
「私たちにお任せいただければ、アーシェラ様のお手を煩わせる必要はございませんよ」
「ですけど、実際に使うときになって上手くできなかったら困りますし。それに私も二人と一緒に探索をしているのですもの」
互いの役割として当然の流れでは合っても、一人だけ完全に引率されているような状況は探索者としては自然とは言えない形であった。
「確かに、姫様一人だけ何もしないのも暇ですよね」
「アーシェラ様の前の道を切り開くのが私たちの役目ですので、と言っても聞いては頂けませんね?」
「ええ、私にも冒険者らしいことをさせてください」
そう言って良い笑顔を作るお姫様に、これ以上口を挟む余地がリーリエにはない。
なので前の二人は、そのままゴーレムへと視線を向けていつでも駆け出せるように身構える。
それを見て、杖を前に掲げたアーシェラが良く通る声を上げた。
「それでは。攻撃を!」
号令とともに二人が前へと駆けた。




