066.ステッキ
というわけで三日後、再びダンジョンを訪れたお姫様一行の相手をしている。
「それではギルド側との打ち合わせも済みましたので、本日からダンジョン探索を始めていただいて構いません。しかしくれぐれも、冒険者としての立ち回りをご注意ください」
まあ要するに他の冒険者と同じ平民の立場で行動しろということなので、お付きの騎士の一人が露骨に不満そうな顔をするけれど気にしない。
「ところでお姫様は戦えるので?」
「ええ、魔法をいくつか使えますわ」
ほえーすっごい。
「それでは、こちらをお持ちください」
俺が差し出したのは一本の杖。
天辺にルビーを拵えたその杖は、貴族が持っていても見劣りしないように装飾が施されている。
「姫様、私が」
お姫様の代わりに受け取ろうとした前に出た騎士が手で制される。
「構いません。これからダンジョンに潜ろうというのです。相手を信用できないのなら、そもそもそうするべきではないでしょう」
ダンジョンに渡されたものなら警戒するのが当然という話と、ダンジョンを信用できないならそもそも探索するべきではないという話なら個人的には前者の意見に賛成だけど面倒なのでわざわざ言ったりはしない。
ということでお姫様が受け取った杖についての解説をしていく。
「こちらの杖には魔法が込められています。その一つは転移の魔法。杖を握り、入り口に戻ることを念じればそのまま転移することができます。もう一つは安全な場所に行くことを念じた場合に、このダンジョンの中の安全な場所へと転移することができます。その魔法は杖がある限り何度でも使えますが、ダンジョンの中でしか効果はありませんのでご注意ください」
まあ緊急用の退避手段ね。
お姫様の安全に殊更配慮をするつもりもないのだけど、それでも死なれたり謀略に巻き込まれたりしたら困るといえば困るので一応渡しておく。
「安全な場所とは?」
「囚人用の独房ですね。ですからこちらは緊急時の備えだと考えてください」
本当はこの部屋も同じくらい安全ではあるんだけど、もし他の来客で使っているときに転移されても困るっていうのもある。
あと単純に気軽に使われても困るっていうか、ここに来られると直接対応しないといけないのがめんどくさいっていうのはある。
その点独房なら銀仮面で知らん顔してそのまま帰ってもらえるしね。
「それともう一つ。ただ重い棒をお持ちいただくのも心苦しいですので、別の魔法を入れさせていただきました」
「心遣い感謝いたしますわ」
「それでその魔法なのですが、この杖を握り強く念じて発した言葉には力が宿るようになります」
「言葉に、ですか?」
「ええ、簡単に言えば貴方が攻撃をと号令をかければ聞いた者には力が湧き、退避をと言えば素早く動けるようになります」
「それは素晴らしいですね」
まあこういった広範囲魔法自体は吟遊詩人とかが似たようなことできたりするんだけどね。
多人数の戦闘の方が運用効率が良い関係上、ダンジョンで見ることはほとんどないけど。
「ただし二つほど条件がありまして、一つはその魔法を使うには微量ながら魔力を消費します」
「それは問題ありません」
「それではもう一つは、その魔法の効果が使用者への崇敬の過多により効果の大きさが異なります」
「つまり、私への尊敬によって効果が大きくなるということでしょうか?」
「ええ。これは魔法の術式に関わるものなのですが、原理でいうと使用者の言葉を対象者に効果として発現する際に、その者の尊敬によって言葉の強さを増幅するという仕組みになります」
単純に広範囲バフを使おうとすると、魔力の消費が大きくなるか効果がショボすぎてほぼ無意味になるかどっちかだったので、代わりに対象者の感情で言葉を増幅するって処理を加えて実用レベルにしたって事情。
言葉に従うっていうプロセスとその相手への感情っていう二つの要素が強く結びついているから実現できた仕様だ。
まあ逆に無関係な人間にはほとんど効果ないけどね。
他の魔法みたいに効果を攻撃強化だけとか一種類に絞ればその処理を仕込まなくても実用レベルの効果は出せるんだけど、それじゃつまんないし。
「ということで、実際の効果は試して確認してみてください」
「かしこまりました」
頷いて受け取った杖を軽く持ち上げ、そのままお姫様が思案するようにこちらを見る。
「私の言葉でしたら、迷宮主様にも効果があるでしょうか?」
「私は畏怖の方が強いので、跪けと命令されたらその通りになるかもしれませんね」
「まあ、それは心外ですわ。私は迷宮主様とも親しくしたいと願っていますのに」
余裕でそんな返しをしてくる所が怖いんよ。あと後ろでお付きの人が凄い顔してる。
「親しくしたいのでしたら探索などしなくても、こちらからお城へ伺いますよ」
「それは出来かねますわ」
「残念」
まああの杖作るの結構楽しかったし、実証もダンジョンで見たいからこれ以上文句は言わないけどね。
「それでは、これでこちらの話はおしまいです。くれぐれも、お気をつけて探索してください」
「はい、またお会いしましょう」
それから更に翌日。
「それでは参りましょうか」
ダンジョンの入り口で、杖を握った王女の言葉に二人の女性騎士が頷いた。




