065.来訪者
「ふいー、つかれた」
「お疲れ様ですわ、主様」
ダンジョンに無事戻ってきた俺とルビィは、コアルームでいつものようにソファーへと腰を下ろす。
流石に疲れたよ。
あんな流れになったけど別に貴族様にイキり倒したかった訳でもないしね。駆け引きのうえで必要だっただけで。
「ともあれ、大体は打ち合わせ通りになったね」
「そうですわね」
事前から集めていた情報と、会談の後にギルドのサブマスターさんからもらった情報と、それを踏まえて俺とルビィで作戦会議をしていた内容でほとんどの流れの回答は既に用意されていた。
それに今回の会談は展開だけ見ればこちらの大勝利に見えたけれど、ネタバラシをしてしまえは、互いに着地するべき所に着地したという結果なので別に俺は凄くない。
ダンジョンから税を取るという決定自体は件の貴族の発案であり、金と権力はあるけど私腹を肥やすことに邁進しすぎるあの貴族は既に貴族間でも疎まれていた。
そこで王様としてはダンジョンから税が取れるならそれもよし、交渉に失敗してアイツの発案が潰れればそれでよしのどっちに転んでも困らない交渉だったのだ。
それに今までの経緯を見て、こっちがいきなり敵対することもないだろうと踏んでたんだろうね。
まあそのおかげでこっちはあそこまで強硬な姿勢を取れたんだけど。
結果的にはお互いに得をした形だからwin-winでめでたしめでたしだ。
「まあ予想外のこともあったけど」
流石にあそこまでストレートにルビィが侮辱されるとは思わなかった。
知能が低いというか差別意識が強いというか、あそこまで無能な人間があそこにいるとはね。
まあ偉い人は相対的に賢い人間が多いけど、そうじゃない人間もいると考えれば当然ではあるのかな。
ヘイトスピーチする偉い人とかわりとあっちでも見かけたし。
「ごめんね、ルビィ。酷いこと言わせて」
もう少し知恵が回れば防げた事態ではあったはずだ。
あの発言で件の貴族を詰めるのが楽になったのは事実だけど、それを良しとは思いたくはない。
「他の者になんと言われようと、わたくしは気になりませんわ」
それならよかった、なんて安易に納得はできないけど今回のことは反省して次に活かそう。
「しかしこれで、しばらくはゆっくりできそうだね」
「そうですわね。主様もゆっくりお休みください」
「ありがと、ルビィもゆっくりしていいからね」
「はい、主様」
翌日。
俺の目の前にはこの国のお姫様がいた。
Why?
「ごきげんよう」
ここはダンジョンの中。
部屋の中にはまともに客を迎えられるように調度品が揃えられている。
前回ギルドの眼鏡の人を迎えた後に作った、訳ではなくさっきこの対面に座っている人が来たから秒で作った部屋である。
内装は基本的にお城でみたデザインのパクリだから偉い人を迎えても失礼にならない程度には立派だけどね。
そう、偉い人。
今日の訪問者は、そこそこ偉い人なのだ。
名前は、アーシュラ様。
この国の第三王女様である。
高級そうで実際に高級であろう白いドレスに身を包んだ彼女は、おそらく遠目に見ても偉い人だとわかるだろう雰囲気を持っている。
長く流れる金髪は、生まれてこの方紫外線とか浴びたことがなさそうなくらいサラサラしている。
瞳は緑色で、顔面偏差値は90くらいありそう。
なんで偉い人って顔が良いんだろうねって考えると、特に顔が良い相手と優先して子供を作ってきた結果なんだろうけど。
ちなみに彼女の背後には左右を固めるように武装した女性が一人ずつ控えている。
ちゃんと鎧を着ている彼女たちなんだけど、その鎧が傷一つない表面に細かな装飾まで施されていて凄く高そう。
近衛ってやつかな?
いや、王様のお付きじゃないから近衛とは呼ばないか。
親衛隊とか? 専属騎士とか? 多分そんな感じ。
ちなみにこっちとしてはどう見ても厄ネタすぎてダンジョンに迎えたくもなかったので、王都でお話ししようってお伝えしたんだけど丁寧にお断りされました。
本気でスルーしたかったんだけど、ダンジョンの前でずっと待たれてて流石に無視できなかったってのもある。
一応王族貴族とは穏当な関係で落ち着いたから、前回みたいにガン無視するのも流石にね。わざわざ本人が来たわけだし。
「それでは、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はい、私をここで働かせていただきたいのです」
「お断りします」
「貴様!」
俺の率直なお断りの言葉に、控えていた近衛?親衛隊?騎士?姫騎士?いや、姫騎士ではないな。が声を上げる。
うんうん、そのまま怒って帰ってくれていいよ、と思ったけどそうはならなかった。残念。
「なぜ駄目なのでしょうか」
逆になぜ働けると思ったのか、これがわからない。
「なぜかと言われますと、お姫様に何かあった時に困るからですね」
「責任を取れとはおっしゃいませんよ?」
「責任を取れと言わなくても、責任を取らせる方法はあるでしょう? それが当人たちの意思とは関わりなくとも」
外野から難癖をつけられる可能性も大いにありうるし、そういう面倒事はなるべくスルーしたい。
「そもそもなぜ当ダンジョンへ?」
「これからの王国とダンジョン様の関係をより良いものにするためですわ」
要するに人質では?
「もし誰かに強要をされているなら、こちらからその方に迷惑だとお伝えいたしますよ」
「私の意思です」
そうですか。
支持基盤も役割もない政略結婚待ちのお姫様が送られてきたのかと思ったけど、本人を見る限りそんな感じでもないかな。
むしろ今からダンジョンとのパイプを作って宮廷闘争の足場にしようとしているって方がありえそう。
んー、どうにか帰ってくれないかな。
といっても素直に帰ってくれないのはもうわかってるから、なんとか誤魔化す方向でお帰りいただきたい。
「では、なにかダンジョンで問題が発生したときは、お姫様に相談させていただく、という形ではいかがでしょう?」
「そう言って実際にはいつまで待っても呼ばれない、という事態にはなりませんか?」
「問題は起きないに越したことはないので否定はできませんね」
考えが読まれてて怖い。
いや実際なんかあった時のための権力者との伝手は便利だとは思うんだけどね。
とはいえそれに頼りたくはないよね。
「しかし困りましたね。現状当ダンジョンでは人間の方をお招きする予定はありません。それは相手の方に身分に関わりなくです」
実質の完全なお断りに、再びお付きの人が声を上げようとしたタイミングで、お姫様が片手を上げてそれを制した。
「わかりました。それでは私もこのダンジョンを探索させていただきます」
確かに唯一このダンジョンでは探索者を招き入れてはいるけれど、お姫様に探索されたら他の冒険者の迷惑になるのは目に見えてるから困る。
「申し訳ございませんが、当ダンジョンは探索の権利を冒険者の方のみとさせていただいております」
これは初期からのルールだからお断りするにもかなりの説得力があるはずだ。
「でしたら、私が冒険者となれば問題はありませんね?」
「……、それは可能なのですか?」
「不可能ではありませんわ」
そう言って不敵に笑うお姫様には自信が見えており、実際にどうにかする見込みがあるのだろう。
それが正規の手順か非正規の特例かはわからないけど、ギルドの判断なら俺にどうこう言うことはできない。
「もしそうなった場合でも、こちらは貴女を冒険者と扱います。最悪の場合には命を落とすことになりますがよろしいですか?」
「構いません」
もし冒険者として来るなら、彼女が暗殺されてもダンジョンとしてはそこまで困ったことにはならないかな。
いや、最悪を想定したら面倒極まりないけれど、少なくともこちらで雇用して働いてもらうよりは責任追及を躱しやすいはず。
「もし姫様の命を狙う者が現れた場合、こちらとしてはそれを防ぐことはできませんがよろしいですか?」
「人間同士の諍いは禁じられているはずでは?」
「禁止していても、その全てを事前に防げるわけではありませんので。特に手練れの者であれば尚更です」
こっちも現地に着くまでのタイムラグがあるからね。その一瞬で殺されたらどうしようもない。
「なるほど」
「それと冒険者としてダンジョンを訪れるというのでしたら、こちらも一人の冒険者として扱います。更に貴女にも他の冒険者と同格の振る舞いを求めます。それでもよろしいですか?」
「構いません」
後ろの人は構いそうな顔をしてるけどね。
一応念押ししておこうか。
「改めて確認しておきますが、少なくともこのダンジョンの中においてそのルールを決めるのは私であり、それは相手が誰であろうと等しく適用されます。よろしいですね?」
「わかりました」
「それでは、と言っても今日から探索を始めていただくわけにもいきませんね。こちらも確認することがありますので。三日後再びお会いするということでいかがでしょう?」
お断りするのは諦めたけど、だからといってこのまま探索を始められたら問題が起こるのは目に見えている。
少なくとも、ギルドの人に色々と説明を確認しないといけない。
「それで問題ありませんわ」
「再びお会いする場所はギルドとダンジョン、どちらがよろしいですか?」
俺の質問に、彼女の返答は予想通りだった。




