063.王前問答
「お断りします」
と俺が丁寧にお断りをすると、空気にピシッと亀裂が走った。気がした。
ウケる。
そんな空気に構わずに、俺は言葉を続ける。
「私はこの国の臣民でなければそもそも人間ですらありません。更に言えばこの国から庇護を受けたこともありません。そのような立場でありながら一方的に呼び出され跪けと言われればお断りするしかありません」
「この無礼者が!」
野次が飛んだのは並んだ貴族の中から。
まあ人間の理屈で言えば無礼千万だとは思うけど。
「無礼と言うなら私がここで跪く合理的な理由を教えていただきましょうか」
「我が国の国土にダンジョンを構えているではないか!」
「国土を使っているからという理屈であるのなら、この国にあるもう一つのダンジョンと、この国を根城とするあらゆる魔物も同じでしょう。それらの全てに同じ要求をしているというのでしたら私も再考致しますが」
要するに会話ができる相手だから威圧して配下にしようと言うのならお断りさせていただく所存。
君主制のこの国でその国王の下についてしまえば、体良く使われ、そして邪魔になれば処分されるのが目に見えているし。
実際にそこまで言うとそのまま殺されそうだから言わないけど。
別にこの場で殺されても困りはしないが、それはそれとして交渉ができるのであればそちらを優先したい。
「ああそうだ、この姿は操り人形であり生身ではありませんので、予めご了承ください」
無礼討ちで指示さえあれば今すぐ首を落としてきそうな騎士たちへと伝えておく。
実際人間であれば既に首を落とされていてもおかしくないだろうし。
「なぜ自身で来ないのだ!」
野次が凄い。某プロスポーツかな?
「なぜと言われましても、この間を一瞬で焼き尽くす魔法が使えるような相手に生身で来られても困るでしょう?」
実際には何かしら対策があるのかも知れないけれど、そもそも俺も対策を受ける気がないし。
なんて俺の言葉に、王様の隣に立った貴族が口を開く。
「その無礼な態度、今すぐダンジョンを我が国の兵で攻め滅ぼすことも出来るのだぞ」
おそらく宰相様だろう。手紙に名前が書いてあった人ね。
「そうなるのであれば仕方はありませんね。ですがそんなことを告げるためにわざわざ呼び出したのではないのでは?」
「……」
魔物相手に宣戦布告など必要ないだろう。
それにまだ、今日呼ばれた要件を聞いてはいなかった。
ならばこのあとの行動を決めるのは要件を告げてからでも良いはずだ。
「よかろう。王国からダンジョンへと命を下す。迷宮は毎月金貨100枚を税として納めよ。以上だ」
宰相様から告げられたのは事前の予想の範疇を出ない言葉だった。
「その税の根拠はなんでしょう?」
「我が国の国土を使っているであろう」
「それならば先ほどと同じ理由でお断りさせていただきます」
「それに我が国の民から利益を得ているではないか」
「私のダンジョンを探索する者の全ては冒険者です。冒険者は市民権を持たないでしょう」
冒険者の多くは王都に滞在しているだけの者であり、本質的には旅人と同じ根無し草だ。
翌日には他国に旅立っているかもしれない人間から利益を得たとして、この国の民から利益を得ているとは言えない。
「だが市民権を持つ者もおるであろう」
「でしたら、市民権を持つ冒険者の立ち入りを禁じれば税を納める理由はなくなりますね?」
市民権を持つこの王都生まれの冒険者の割合はそこまで多くない。
実際に立ち入りを禁止すれば金貨100枚以上の損になるかも知れないが、王族貴族からの要求をそのままのむよりずっとマシだ。
「そういう問題ではない!」
と響いたのはまた外野席からの野次。
なんかさっきも聞いたような声だな。
「魔物でありながらその身を保証しようと言っているのだ!」
再びの野次。
つまり、さもなくば殺すと。
「でしたら税を払えば当ダンジョンの魔物が王都を自由に行き来しても許されるのですか?」
「そのようなことが許されるはずがなかろう!」
「でしたらただ殺されない為に金貨100枚を毎月支払えということでしょうか」
それでは山賊とやっていることがなんら変わらない。
肯定すればそう言っているのと同じになってしまうからには、貴族としては黙るしかないだろう。
そもそも論として、うちのダンジョンは王都へ大きな利益を落としている。
それを潰してしまうのは、金の卵を産む鶏をむざむざ絞め殺してしまうようなものなのだ。
その前提の上で更に税を取ろうという交渉は元から無理筋というものである。
こちら側が決して無視できない利益を生んでいるというアドバンテージの時点でその無理筋を通そうとすれば、こんな話し合いの結果にもなるだろう。
もちろん一定以上のラインを超えれば本気で滅ぼそうとしてくるだろうけれど。
ということで、丸く話を収めてそろそろ帰りたいかな。
「こう言って信じていただけるかはわかりませんが、私は以前は人間であり、こうしてダンジョンマスターとなったあともその思考に変化は御座いません。ですからこうして言葉を交わせる者同士、理性のある対話を望みます」
要するに、現状お互いに得してるんだからこのまま帰らせて、ってことなんだけど再び貴族の中から声が響いた。
「後ろに薄汚い魔族を引き連れておいて、元は人間などと信用できるはずがなかろう!」
「…………。これ以上話しても無駄みたいだし帰ろっかルビィ」
「かしこまりました、主様」
「どこへ行く!」
再び叫ばれた声は、そろそろ聞き飽きたかな。
「会話する気がないならこれ以上向かい合ってても時間の無駄でしょう。あとは攻めてくるなり好きにしていいですよ」
俺が帰ろうと振り向くと後ろにいた騎士が刃を向けるが、もう用事はないので別に心臓を突かれても首を切られても困りはしない。
そのまま一歩進むと喉元に刃が刺さり血が滲み、もう一歩進むと同時に同じだけ刃が後ろに引かれた。
「待て」
「なんでしょう」
響いた声は今日初めて聞いた声。
同時にその場がシンと静まる。
そして俺が再び振り向くと、玉座に座るその相手に視線を向けた。
「家臣の無礼を詫びよう」
王様の言葉にざわっと周囲から驚きの声が漏れる。
通常なら王が謝罪するなどありえないことなのだろう。
まあこっちには関係ないけど。
「それだけですか?」
「なに……?」
俺の言葉に、王様が眉を動かす。
「私にとって先程の言葉は種族として、ひいては生物として対等に話すことなどあり得ないと受け取りました。そこまで言われて謝罪のひとつで信用することはとても出来ません」
その返答に、更に大きくその場がざわめいた。
「何が望みだ」
「そうですね、先程の暴言を撤回したと信用に足ることを行動で示して頂くなら、金貨1000枚頂きましょうか」




