058.王城からの呼び出し
その日は夏真っ盛り、とても暑い日だった。
王都から馬に乗り、ダンジョンの前まで来た人影が三つ。
白銀に輝く全身金属の鎧を身に纏い、まだ高い日が鎧を照らすのをものともせず、先頭の一人が声高に宣言する。
『我は王国騎士。王の命により迷宮主に王城への参上を命じに来た。これがその書状である!』
騎士様が騎乗したまま広げた書状には確かに宣言したとおりの文言が書いてあるようだ。
そんな様子を冒険者が遠巻きに眺めながら、関わり合いにならないようにとある者はダンジョンに潜り、またある者は王都へと帰っていく。
騎士といえば結構な身分なのだが、流石に近くを通り過ぎるまでずっと頭を下げて待つほどは偉くもない。
まあそのあたりは、王国とは別にギルドという母体に所属するという意識がある冒険者だからの反応だろう。
ある意味国とギルドは、国と教会の関係に似ているのかもしれない。
そんなわけでその場に居合わせた冒険者の多くは、面倒ごとに巻き込まれないようにという気持ちと、ダンジョンが面倒ごとに巻き込まれそうだという気持ち、それに迷宮に言葉を伝えたいならそんなところで叫んでもしょうがないだろうという感想を持ってただろう。
まあ実際に俺のところには声は届いてるんだけどさ。ダンジョンの中じゃないから普通に聞き取りづらいんだよね。
騎士様側としてはわざわざダンジョンの腹の中にまで入らなくてもこれで十分って判断なんだろうけど。
「ルビィ~」
「はい、主様」
コアルームのソファでダラダラとしていた俺は、向かいに座っているルビィに声をかける。
テーブルの向こうにルビィの脚が見えて素敵なロケーションなのよね。
「ダンジョンの様子はどんな感じ?」
「入り口で様子を見ている冒険者がいる以外は変化はございませんわ」
「こっちも確認したけど特になにかアクションがある感じはなさそうだね」
破壊工作とか潜入工作とかあるかなと思ったけど、特にそういうのはなさそうだ。
「外の騎士の方は書状を取りに来いと言っていますわね」
「そだね。それについては事前に決めた通りでいいよ」
「かしこまりましたわ、主様」
こういう時にどうするかは事前に話し合ってたから問題ない。
暇を満喫する俺にルビィがお茶を用意してくれるので、それをゆっくりと味わう。
その間も外の騎士様は何か言ってるんだけど気にしない。
ぶっちゃけ一方的に呼び出されてホイホイ出ていく気がないのよね。
何のために外部との接触を可能な限り減らしているのかといえば、こういう時にガン無視するためだし。
冒険者さえ探索に来てくれれば、他のほとんどのことはどうでもいいのがうちの強みだ。
鍛冶屋さんとの接点切られたらさすがに困るけどね。まあそれくらい。
「ん、このお菓子おいしいね」
「王都で買ってきた物ですね。ここよりずっと南で採れる果物を使っているようですわ」
「ルビィも食べる?」
「それでは、いただきます」
「あーん」
なんてことをしながらダンジョンの業務のいくつかを消化していると、騎士の人たちは数刻後にはいなくなっていた。
暑いのにお疲れ様、なんて俺が言えた義理じゃないけど。
それから数日後、また別の冒険者ではない来訪者が現れた。
いや、冒険者じゃないかは知らないわ。むしろちゃんと考えると冒険者な気がする。
まあ探索が目的じゃないという意味では同じだけど。
その相手とは、ギルドのサブマスターさん。
メガネの女の人ね。
俺は人の顔覚えるのが苦手だけど、流石にあの人の顔は覚えた。ただし眼鏡外しててもちゃんと認識できる自信はないけど。
そんな彼女が現れたのは、ギルドの解放金支払いのタイミング。
普段は別の人がやってるんだけど今日はサブマスターさんがフードを被って支払い部屋までやってきたのだ。
「迷宮主様、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
入り口からすぐ脇にある大部屋、更にその先の小部屋で彼女がそんなことを言う。
その場には誰もいないんだけど、まあ言って伝わるのはバレてるんだろうね。
まあ通貨払って名前呼んだら解放されるんだから、少なくとも声が伝わる仕組みがあるっていうのはわかるだろうし。
王都の騎士様とは完全無関係だから無視しても無問題だったけど、流石にギルド相手にガンスルーを決め込むのは賢明じゃない。
ということで仕方なく、俺(銀仮面バーション)が転送陣からその部屋に赴いた。
「おはようございます。ギルドから貴女が直接来たということは、ここじゃ出来ない話ですよね」
「そうですわね」
「それでは場所を変えましょうか。転送するのでそのままお待ちください」
ということで支払い部屋から逆に独房の一角へと転送陣を使って移動する。
さて、困ったな。
来客を出迎える予定なんてないからまともな応接室なんて作ってないわ。
流石に独房に入れるわけにもいかないし、通路で立ち話も論外。
コアルームへご案内は不用心すぎるし、しょうがないから広間を使うか。
ということで独房から続く運動用の広間へ。
ギリ椅子があったからまあ話をするだけならここでも許されるだろう。机はないけど。
「すみません、このダンジョンで人を招く予定はないので、来客用の部屋は用意していないんです」
言いながら仮面を外して床に置き、椅子に腰かける。
仮面の下から出てくる顔は普段ギルドに赴く時と同じ顔面なのでダンジョンマスター本人だとわかるだろう。
「今回は急な訪問でしたのでそれは構いませんが、来客用の部屋は用意しておいた方がいいかもしれませんね」
「やはり厄介事ですか?」
「ええ、王城からダンジョンへ、命を伝えるようにと指示がギルドへと出ました。詳しくはこちらをご覧ください」
差し出された書面には、三日後の正午、王城に来いと長い文章で書いてあった。
「署名は宰相なんですね」
「ええ、ですが実質王命かと」
宰相とは国王の下で政治の諸々を取り仕切る人間のこと。
わかりやすく言えば国のNo.2だ。
「流石に見なかったことには出来ませんね」
「そうしていただけると、こちらとしても助かります」
わざわざこうやってメッセンジャーさせられているってことは、無関係じゃないっていうのがバレてるってことだろうしね。
「一応ギルドは国の下部組織ではないんですよね?」
「ええ、ギルドとは国とは別の独立した組織になります。しかし王都に拠点を置いている以上、当支部としては要請を無視するのは難しいですね」
「それは気にしなくていいですよ。こちらとしても一方的に呼びつけられて出ていく気がしなかっただけなので」
こうやって手間をかけて情報が届くように根回しさせたという事実が重要なわけで、本気で登城を拒否するつもりはない。
行きたくないのは本気だけど。
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。それと、ギルドマスターの代理として私がこちらに出向いていることもご容赦ください」
「そっちも問題ありませんよ。ギルドマスター直々に動けば面倒なことも増えるでしょう」
一方的に王国からの命でメッセンジャーさせられるのも、それで直々にダンジョンに赴くのも、どちらも集団の長としては問題があるんだろう。
「重ね重ね、感謝します」
「いえいえ、こちらは確かに受け取りました。約束の時刻にこの手紙を持って王城へと向かいますので向かいますので、そうお伝えください」
「確かに承りました」
ということで用事は終了。
「ところで、今お忙しいですか?」
「今ですか?」
「ええ、よければ話し相手として少々お時間いただきたいのです」
「そういうことでしたら構いませんよ」
なんて誘っておいてなんだけど、お茶の一つも出せないのは流石に失礼だったかな。
うーん、やっぱり応接室は作った方がいいかも。




