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055.冒険者と王都の日常④

そんな会話がエドガーとユルスの間で交わされている間、頼んだ食事を完食したウレラは暇をもて余して他所の卓へとさまよっていた。


「あ、ヒナちゃんじゃないッスかー」


ウレラにちゃん付けで呼ばれたのは、彼女と同じくシルバー等級の治癒師のヒナ。


彼女は珍しく一人で食事をしていた。


「ヒナちゃんはお酒飲んじゃダメッスよ」


「だから私は子供じゃないのです!」


「またまたー、そんなこと言っても騙されないッスからね」


実際に並んで立てばウレラの胸の高さほどまでしか身長がないヒナだが、実際の年齢はウレラよりも歳上である。


そんな二人のいつものやり取りのあとに、ウレラは一人腰かけていたヒナのテーブルの対面に座った。


同じく冒険者でシルバー等級、更に女性という共通点のある二人は、案外仲は悪くない。


少なくともこうして同じテーブルに同席しても、自然と雑談を始めるくらいには慣れた顔だった。


「ウレラさんヒナさん、こんばんは」


「……」


そこに通りかかったのはアイアン等級冒険者のテリゼットとニベレッカ。


こちらも等級は違えど同じ女性冒険者として顔見知りだ。


「テリゼットさんニベレッカさんこんばんはッス」


「今日はお二人だけなのです?」


「ツティさんたちはまだ買い物をしてると思いますよ。一緒だったのは途中までですけど盛り上がってたので」


「私たちは……、ご飯……」


「良ければここどうぞッス」


「それじゃあお邪魔します」


「……ます」


円形のテーブルでヒナの対面に座っていたウレラが席を一つ彼女側に寄り、二人の対面にテリゼットとニベレッカがそれぞれ座る。


元々四人がけ用のテーブルだったので、ちょうどよく満席だ。


「元々ヒナちゃんがひとりで寂しく食事してたので大歓迎ッスよー」


「私はひとりが好きなのです」


などと言ってもやはり同席を拒否するわけではなく、自然と世間話が始まった。


「ウレラさんはあっちはいいんですか? エドガーさんたちが話してますけど」


「あっちの話はつまらないからいいッス」


「ウレラはもうちょっと真面目に人の話を聞いた方がいいのです」


「つまらない話は聞いてて眠くなってくるッスよね」


「そういえばそろそろギルドが正式にダンジョンの呼び名を決めるそうですよ」


「やっぱり死霊のダンジョンになるのです?」


死霊のダンジョン。


それは冒険者の間での一番有力と目されるダンジョンの呼称であった。


一番数が多い魔物がスケルトンであり、リビングアーマーも死霊に類する。それにリッチとくればその共通点で特徴を捉えるというのは自然な流れだろう。


「それがなんでもギルド側からストップがかかって、白兎のダンジョンになるのが有力だとか」


「また随分かわいらしい名前になったッスね」


「きっとギルド側としてもダンジョンが危険視されるのは嬉しくないから威圧感のない名前をがんばって考えたのですよ」


「実際……、効果的……」


「たしかにそうですね。王都のすぐ近くにダンジョンができて不安がる市民もいるようですし」


「その分商人たちは盛り上がってるッスけどね」


「冒険者も人のことは言えないのです」


「たしかにそうですね。最近は実際にうさぎのアクセサリーは偽物まで出回っていますし」


キャラクター商売には偽物がつきもので、それはこの時代でも例外ではない。


むしろ法律で規制されていない分、この時代の方がルール無用であるとも言えた。


「一目見れば偽物はすぐにわかるのです」


「王都の外から来る人や、外に売りに行く商人には関係ないッスよ」


「単純に高いですしね、本物は」


ダンジョン産のうさぎのアクセサリーはチェーンが細く、本体の加工も精度が高い。


更に瞳にルビーがつけられているのだが、そこまで再現している偽物はほとんど存在しなかった。


まあダンジョン側としては儲けではなくイメージ作りが主眼であり、偽物が作られるくらいに流行りが生まれるのはむしろ好都合だったのだが。


「ウレラはプレゼントしてくれるような相手はいないのです?」


「あたしはくれるっていう人はいるッスけど、実際に貰ったことはないッスね~。ヒナちゃんは近所のおじさんがくれたりしないッスか?」


「お前とは本気で一度じっくりと話し合う必要があるようなのですよ」


そんな様子でウレラとヒナがじゃれあっている向かいで、テリゼットが隣のニベレッカの肩に手を置いた。


「うさぎのネックレスなら、ニベレッカさんが持ってますよ」


「えっ、誰かに貰ったのです?」


「そんな話聞いてないッスよ!」


テリゼットの言葉に腰を浮かせた二人へにべレッカが答える。


「テリゼットさんに……、選んでもらった……」


「そういう話ッスか」


「驚いて損をしたのです」


浮いた話を期待していた二人は露骨にガッカリとするが、本人は満足そうであった。


魔術的なエンチャントがないアクセサリーであっても、冒険者が買い求めるようなこともある。


それくらいに、ダンジョンは王都に住む人間の生活に溶け込んでいた。


「これからダンジョンはどうなっていくッスかねー」


「私は便利なマジックアイテムが安く手に入る用になって欲しいのです」


「稼ぎが増えればなんでもいいですかね」


「うさぎさん……」


そんなことを話ながら、冒険者たちの夜は更けていく。




裏路地に、二つの影があった。


そのうちひとつは若い女性、ヌアーラという名前の冒険者である。


実際にはパーティーを組む機会に恵まれず、さりとてソロでトラブルに巻き込まれたダンジョンに再び向かう気にもなれずに、今は都市内の簡単な仕事で日銭を稼いでなんとか暮らしているのだが。


そんな彼女と相対するのは上等な仕立ての服を着た男。


年齢は40歳程だろうか。


目深に被った帽と薄暗い路地のせいで、その詳しい容姿まではわからない。


「ヌアーラ様ですね?」


「そう、ですけど……」


確かに相手を把握して話しかける男と、それに戸惑うヌアーラ。


「貴女にお願いしたい仕事がございます」


その口調は丁寧でありながら、有無を言わさぬ雰囲気があった。

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