054.冒険者と王都の日常③
そんなこんなでダンジョン探索や依頼以外にも様々な日常がある冒険者たちだが、その多くは日が暮れると共に酒場へと向かうことになる。
お酒を飲みに、食事を食べに、その過程での作戦会議や情報収集など出来事は様々だ。
「ようエドガー」
シルバー等級冒険者のエドガーも他の冒険者たちと同じように食事をしていると、近くを通りかかった冒険者に声をかけられた。
「……なんだユルスか」
「おいおい、なんだはないだろ?」
エドガーにユルスと呼ばれた男は、そのまま近くのテーブルの椅子を引っ張ってきてそこに腰掛ける。
エドガーのテーブルを囲むのは、彼の他にもパーティーメンバーが居たのだが、ユルスを咎める者はいない。
「それで何の用だ?」
「最近稼いでるみたいだから一杯奢ってもらおうかと思ってさー」
「いや、お前が奢れよ」
この軽薄そうで実際に軽薄な男は、しかしエドガーたちよりも一つ上のゴールド等級の冒険者である。
冒険者全体で見ればゴールド等級の時点で上位一割以内に入るその実力はかなりの上澄みだ。
当然それ相応に、ギルドで受ける依頼の金額も高額になり本人たちの稼ぎも増える。
「じゃあ奢るからちょっと話を聞かせてくれよ」
「話の内容によるな」
「そこは当然、ダンジョンのことよ」
「……、まあそれならいいか」
情報は冒険者の生命線だが、だからといって全てを秘匿するのが正解のわけではない。
エドガーは、ダンジョンの情報なら自分が伝えなくても別の場所から伝わるだろうし、それなら可能な限り自分で都合の良い情報を渡そうと、そう判断した。
まあそれはユルス側も理解した上でのやり取りなのだが。
「店員さん、猪肉の香草焼きお願いするッス!」
そんなウレラの言葉に続いて、卓に着いていた全員が遠慮なく注文を重ねていく。
「飯まで奢るとは言ってないけど!?」
「えー、奢ってくれないッスかー? それじゃあダンジョンの話はできないッスね」
「そうだな、全員の同意がなけりゃパーティーで得た情報は話せないな」
「あー、腹減ったなー」
「ったくわかったよ!」
「ご馳走様ッスー!」
ということで呼び止められた店員さんに全員が酒と料理の注文を終えてやっと話が進む。
「それでなんの話だっけ?」
「ダンジョンの話だよ、ぶっちゃけどうよ稼ぎは?」
「今日は金貨2枚と銀貨10枚、5人で割って一人銀貨14枚だな」
「まだそんなもんか」
「おう悪かったなショボい稼ぎで」
主にユルスと、ユルスの相手係を無言の流れで他のメンバーから押し付けられたエドガーとで進む会話に、ウレラがときたま口を挟む。
「なんスか? 喧嘩なら買うッスよ?」
「やだよ、ウレラちゃんと殴り合いは流石に勘弁だわ」
当然シルバー等級とゴールド等級なら後者の方が実力は上なのだが、ただの喧嘩に長物を持ち出す訳にもいかないので必然的に素手の殴り合いになる。
そしてそうなると、拳闘士に一日の長がありユルスはそれを勘弁と遠慮しておく。
彼我の実力差を鑑みて殴り負けはしないだろうが、それでも実際に苦労することになるだろう。
「そうじゃなくて、まだ俺らの出番はなさそうだなってことよ」
ここでいう俺ら、とは彼のパーティーメンバーのことだろう。
当然のように全員がゴールド等級である。
「むしろずっとないんじゃないか」
シルバーからゴールドに等級が上がる場合には、依頼の質と報酬が跳ね上がるのは周知の事実だ。
理由は昇級に必要な実力と実績のハードルが高く、人数が少ないことに起因する。
そしてその優秀な人材へと仕事を頼みたいという人間は少なくない。
だからこそ、冒険者は昇級のために実績を積むのだがそれはともかく。
そんなゴールド等級の報酬には現状全く見合わないのがダンジョンでの稼ぎの実情だ。
むしろここまでの流れを考えれば21階層からでもゴールド等級の冒険者が通う価値がある報酬になるかは怪しいと予想されていた。
「でも20階層の最初の攻略者にはデカい報酬が配られるんだろ?」
「それは予想でしかないけどな」
「実際に10階にはあったって聞いてるけど?」
そう聞かれれば、実際に10階層を一番最初に攻略したとして名前が知られているエドガーたちのパーティーなので誤魔化すことはできない。
それに20階層に再びボス部屋が用意されるのだろうというのは、実際ダンジョンに通っているほとんどの冒険者の共通認識であった。
当然、実力のある者はそれを目指して今から準備を進めている。
「まあ20階層が10階層と同じシステムなら、ゴールド等級が数日かけて攻略しても妥当な報酬だろうな」
「つまり一日で攻略すれば大儲けってわけだ」
それは大言壮語ではなく、ここまでの難易度を考えれば十分に妥当な勘定だ。
むしろユルスたちのパーティーが倒せない相手が用意されているなら、シルバー等級のエドガーたちパーティーが攻略するなど夢のまた夢であるとも言えた。
「ちなみに今って最深部は何階層?」
「確認されてるのは15階層までだな。俺たちもそこに潜っている」
「んじゃもうちょっと先かー」
ここまでの1階層の平均攻略期間は6日ほどだろうか。
残り5階層のも同じように勘定すれば、まだ挑戦できるようになるまで一ヶ月ほどは期間がある。
実際にユルスたちが攻略に挑めばもっと短期間で階層が進むのだろうが、本人たち視点では稼ぎが微妙なその作業をする気はなく、今やっているように定期的な情報収集で済ませていた。
実際に20階層までの実装が完了してからでも、必要な情報があればすぐに最前線に追い付いて追い抜ける、という判断だ。
「わざわざこんな風に聞き込みまでして挑むほどの稼ぎでもないと思うけどな」
それはエドガーの、ちょうど良いタイミングで一番美味しいところだけを持っていかれるかもしれないという危惧からの発言。
可能ならばユルスたちの興味をダンジョンから逸らしたいという思惑が半分、もう半分は普段の依頼でも十分に稼いでいるのだからわざわざ手間をかけで20階層だけを狙う必要もないだろうという感想でもあった。
「稼ぎはともかく、王都自体がダンジョンで盛り上がってるのにいつまでも蚊帳の外っていうのも流行りに疎いみたいで寂しいしな」
なら今から攻略すればいいだろ、とは思っても言わないエドガー。
実際にそうなれば、自分たちが20階層を攻略できる可能性が減るだけだと理解しているからだ。
「それに、最初に節目の階層攻略したらモテるだろ?」
「俺はモテてないが」
そんなユルスのちゃらんぽらんな発言に反論するが、実際に10階層を最初に攻略してから話題に上がることが増え、周囲からの視線も変わったことを感じていたエドガーには言葉に否定する勢いがなかった。
「お前は堅すぎるんだよ」
「あたしはモテるッスよ」
「ウレラちゃんは元からモテてるでしょ」
「それはそうッスね」
そもそもウレラがモテるのは顔と胸が主な原因、とは流石にユルスも口にはしない。
「興味ないな」
「キュリウス! お前もエドガーと一緒で堅すぎるんだよ! それでも冒険者か!」
「お前こそ、冒険者をなんだと思っているんだ」
「モテまくり勝ちまくり職業?」
「実際ゴールド等級であればそうなんでしょうねぇ、ちなみに私は女性に誘われる機会は増えましたよ」
「オットート、お前はこのパーティーで一番模範的は冒険者だよ」
「全然褒められている気がしませんねぇ……」
「冒険者ならこれくらいの方がちょうど良いと思うけどな。むしろ、王都の冒険者は上品なのが多すぎるくらいだ。ああいや、カニーナちゃんはそのままで良いと思うよ」
エドガーパーティーの最後の一人、ウレラともう一人の女性陣であるカニーナは、言い寄ってくる男冒険者が増えたことに辟易していたので微妙な表情を浮かべている。
とはいえ、実際に名声を求める冒険者も少なくはなく、名が通っていることによる実利も少なくはないので一番攻略の功績を頭ごなしに否定する者も一行にはいなかった。
「そいや、ダンジョンコアは獲れないのか?」
そんな中で、ユルスは全く別の話題へと話を切り替える。
ダンジョンコア、それはダンジョンの中核にして動力源。
それは手にすれば巨万の富を得られるアイテムであると同時に、王都のダンジョンに潜る冒険者のほとんどにはすでに意識されない物となっていた。
理由は単純、それを狙えると思う人間がダンジョンに潜る者の中には居ないからだ。
今でも最深階層の奥には露骨に侵入を拒むエリアが存在する。
次の階層が出来るタイミングで撤去されるその場所は、一つ前の14階層ではいつぞやの一階と同じく細い道で出来ていた。
しかし結局、その先を確かめた者は居ない。
その先に進めばおそらくダンジョンの本気と戦うことになる。
しかし現状では、リッチを完全に打ち倒す算段のついている冒険者ですら居なかった。
そうなれば必然的にダンジョンに捕まり、そのまま武器を含む装備を全没収されることになる。
そのリスクを考慮して、ダンジョン最奥に踏み込むことは、現状で最深階層に到達しているシルバー冒険者でも難しい。
それにダンジョンの拡張の自由さを見れば、そこにダンジョンコアがバカ正直に安置されているとは考えづらい。
ここまでのダンジョンの傾向を考えれば、高いハードルには相応の報酬が用意されているのではないかという予想はされているが、やはりそれも今までに実証されることはなかった。
「少なくとも俺たちを含めて狙っている奴も、獲れると思ってる奴も居ないだろうな」
少なくともそれを実現するにはダンジョンの魔物を完全に制圧できる実力と、物理的に分断されているかもしれない空間を渡る術がいる。
少なくとも捕虜を解放される際に使われる転送陣、あれを使わなければ行けない場所にコアが置いてある可能性が十分に有りうるからだ。
「そうか、難しいか」
そう言って、ユルスは諦めた素振りを見せる。
一方内心では、どうにかコアを獲れないか策を巡らせるのだが、その様子はいつかのエドガーに少し似ていた。




