053.冒険者と王都の日常②
冒険者たちには必須の武器だが、ある程度稼ぎを蓄えた冒険者は新しい武器を求めて鍛冶屋へと向かう。
その店舗は自前の鍛造の他に、武器の買取と販売もやっていて、ダンジョン産の武器も同時に取り扱っていた。
「オヤジ、これなんて武器だい?」
「んん、それなら刀って武器だな」
冒険者が一人、指差した武器を筋肉ムキムキの店主が答える。
そこにあるのは日本刀。この世界では単純に刀と呼ばれている。
「抜いてみてもいいかい?」
「傷つけたら買い取ってもらうがそれでもいいならな」
店主の言葉にふっと笑った冒険者は、壁に掛けてある刀を手に取りすっと鞘から引き抜く。
鞘を半ばまで抜いたところで止め、眼前に晒された刃を見つめると、軽く反った片刃のそれは、浅く波打つような刃文が白く映っていた。
通常の両刃の剣よりも薄く鋭く、そして美しい。
「それはダンジョン産の武器だが本来作られてるのはここよりずっと東の国でな、見ての通り切れ味は折り紙付きよ。両手で握って振るもんだが同種の両手剣よりも軽く、その鋭い刃で素早く斬りつけるって代物だ」
実際には長く形成された鋼の板は、薄くてもかなりの重量がある。
それに遠心力を加えて振るのには相応の力が必要なのだが、筋力の他に魔力を力とできるこの世界では扱うハードルはずいぶん下がる。
「ならなんでこんなに安いんだ?」
というのはそこにかかっている値札を見ての疑問。それは店主の謳い文句に比べてずっと格安に見えた。
もしこの店主が悪質な商売人だったら口八丁でその質問を誤魔化していただろう。
実際にそういった人間もこの世界には多いのだが、ここの店主は違っていた。
「それはな、その刀の扱いが難しすぎるからよ。見ての通り刃は薄く、横からの力に簡単に曲がっちまう。それどころか、真っ直ぐに刃を立てられなければ斬ろうとする力でも刀自身を傷つけちまうからな。正直言って上級者向けの武器よ」
言いながら、店主が手刀を刀に見立ててぐにゃりと曲がる流れを実演してくれる。
実際にこれを使いこなすのは、男が想像してるよりもずっと難しいのだろう。
「なるほど、だけど正しく使えばよく斬れるんだな?」
「そりゃ間違いないぜ。その武器の質は並程度だが、使いこなせればスケルトン程度なら脳天から尻まで一刀両断よ」
「そりゃ凄い。よし決めた、これを買うぜ」
「お客さん、言っといてなんだけど刀の心得がないならやめといた方がいいぜ。買ってすぐに折れる刀とか見るに忍びねえ」
「そりゃ無理だぜ。俺はこの白く輝く刃が気に入っちまったからな」
冒険者が意地でも買うという意思を示すと、店主はそれを見て盛大に声を上げた。
「がはは、そりゃいいや。ちょっと待ってな!」
ひとしきり笑った店主が店の奥へ消え、片手に持った荷物を差し出してくる。
「これをおまけに付けてやるぜ」
「これは?」
「見ての通り木刀、木でできた刀だ。本物で失敗したら一発で使い物にならなくなっちまうからな。最初はこれで練習やりな」
「こりゃありがてえ」
それから冒険者は店主から握りなどの簡単なレクチャーを受け、代わりに銀貨で25枚を差し出して店を出た。
彼が未来の剣豪になるかどうかは、まだ誰も知らない。
そんな風に新しい武器への道を歩み始めた者もいる中で、冒険者が買い求めるのは武器だけには限らない。
防具や松明、消耗品は言うに及ばず、当然都市内にいる間は冒険用ではない洋服を着るし、酒場や料理屋で食事もする。
冒険者の稼ぎの向上と都市外からの人の流入、そして魔石の産出量の上昇によって好景気に沸く王都だが、それに伴いいくつかの問題も生じていた。
「買取をお願いするわ」
「いつもありがとうございますー」
ここはとある商会の店舗の一つ。
その中では魔石を持ってきた女性冒険者一行と頭に猫の耳を生やした店員がいた。
「今日の稼ぎも順調なようですねー」
「今日は赤いスケルトンを見つけられたからラッキーだったわ」
彼女たちは現在9階層まで攻略中のパーティーで、10階層に挑むための準備をしている最中だ。
最近ではダンジョン内の探索者も増え、1階層の人口密度も上がってきている。
当然それに伴い大きな魔石を持つ赤いスケルトンを狙う競合相手との競争も激しくなっている。
9階層ではまだダンジョン内でほかの冒険者と遭遇することは稀だが、それでも解錠済みの宝箱に遭遇する場面にも遭遇するようになってきていた。
大きく稼ぐならやはり10階層より先に進みたい、そんな願いは多くのアイアン以下の冒険者には共通の望みなのが現状だ。
11階層以上は稼ぎの質が明確に一段階上がるが、単純に10階層のリッチを退けた時に得られる宝箱の報酬だけでも、アイアン等級としてはかなりの稼ぎになる。
それに最近ではアイアン等級の冒険者がリッチを攻略したという話題が酒場であがり、実際に攻略の証明をするプレートを持っているのを確認されていたりもした。
「スクロール、高いわねえ」
「そうですね」
買取を待つ間、店内に飾られている商品を眺める彼女たちがそう呟く。
呟いたのは身長が高く意志の強そうな顔立ちをした女性、応えたのはすらっとした体型でしっかりとした雰囲気の女性。
そんな彼女たちの前に展示されているスクロールは、炎を生む魔法が封じ込められたもの。
その魔法の巻物は使い捨てで魔術師が使う火球のような効果を生むことができる。
効果だけ考えるととても便利なそのアイテムは、しかし使い捨てながら誰にでも使えるという性質から非常に高価な金額で取引されている。
インクの素材に魔石を使い、強力な効果の物には羊皮紙にも特別な素材を使う上に、技術料と作業料もかかるとなれば高額になるのも自然な流れだが、それでも目の前の巻物に金貨1枚と銀貨15枚という金額を出す気にはなれなかった。
「これなら魔術師のパーティーメンバーを増やしたほうがずっと安上がりねえ」
「いい人が見つかれば、ですが」
彼女たちの実力はアイアン等級でも上の方だが、5人のパーティーメンバーの中に魔術師がいない、という問題があった。
物理無効のリッチには、属性もしくは魔力での攻撃が出来なければそれを退けるのは難しい。
そんな中で新しいパーティーメンバーを迎えるというのは妥当な選択なのだが、その人選が問題だった。
基本的に全員が女性のパーティーに、追加で男性を入れることで起こる問題は容易に想像できる。
ならば女性の魔術師を、と言われればそれもまた難しい。
この世界の冒険者としての資質は魔力に依るところが多く、女性でも活躍することができる。
それでも全体でみればやはり男性の方が割合が多いのが現状だった。
治癒師は女性の比率が多くおよそ男性と半々程度、逆に前衛職は男性が圧倒的に多く女性は二割程度だろうか。
探索役や魔術師はその中間だがそれでも三割ほどである。
その中で丁度同じ程度の実力の女性魔術師を見つけるというのはなかなか難しい。
「それよりもー、あたしは魔法の武器がほしいかなー」
「魔法の武器があれば、属性の攻撃もできるかなー」
「そうねえ」
隣で武器を眺めていた双剣士の双子の言葉に、長身の女性が頷く。
確かにエンチャントされた武器があればリッチにも攻撃を通すことができるが、そちらはそちらで問題があった。
まず属性のエンチャントがされている武器はダンジョンから見つかるようになったとはいえまだ珍しいこと。
むしろリッチ対策として冒険者たちが買い求め、以前より相場が上がっている始末だ。
そしてもう一つは、ダンジョンで捕まれば没収されてしまうこと。
リッチに負けて武器が没収されまた金策からという話になったらとても辛いのは間違いない。
他のダンジョンで魔物に負けた場合は普通は命を落とすという前提からすればこれでも有情ではあるのだが、それはそれとして多くの冒険者の頭を悩ませる要因であることは事実だった。
「ねえツティちゃん、一本買ってー」
「あたしにも、一本買ってー」
「そんなお菓子をねだるみたいに買ってもらえるわけないでしょ。自分で買いなさい」
この世界のお菓子も安くはないが、エンチャント付きの剣はそれに輪をかけて高額だ。
「でも買わないと、リッチ倒せないよー」
「リッチ倒せば、もっとお金増えるよー」
「うっ」
双子の彼女たちの言うことも一理はある。
しかしやはり負ければ全没収されてしまう賭けという面では、気軽に挑戦できるものでもなかった。
「というかそれならあたしの両手剣も必要だし、やっぱりあんたたちは自分で買いなさい」
「私は必要でしたらいくらか出せますよ」
「テリゼット、二人を甘やかさないの」
「お待たせいたしましたー」
結局明確な解決策は出ず、店員の女性の鑑定終了の声で作戦会議は一先ずの終了となる。
「それでは合計で銀貨25枚の買取になります」
「また相場下がってるわねえ」
今回の探索で回収した魔石は、ダンジョンが王都のすぐ近くに生まれる前であれば金貨1枚には余裕でなった数と量だ。
銀貨30枚以上から25枚と考えるとおよそ2割近く、実際にはそれ以上に相場が下がっていた。
消耗品であり多種多様な使い道がある魔石は常時消費され、商人を通して王都から他所の都市に輸出もされて行くわけだが、それでも相場が落ちるのは自然な流れだろう。
相場が下がればその分消費や輸出の量も増えるので無限に下がり続ける、ということはないが現状でも冒険者の懐には痛いダメージである。
「こればっかりはどうにもならないですねー。ギルドでの買取よりは高いんですけど」
「文句言ってるわけじゃないわ。これで大丈夫よ」
「ありがとうございますー」
実際に一回半日の仕事で一人頭銀貨5枚というのは、他の都市のアイアン等級冒険者と比べればかなり良い稼ぎなので生活に問題はない。
問題はないのだが、やはり相場が下がっていなければと考えてしまうのは人情であった。
「それじゃあ分け前を分配しちゃいましょうか」
こういうことは換金したその場で済ませてしまうのが一番面倒がない。
店員側もそれを理解しているので、他の客のいないうちなら店内でのその行為を咎める気はなかった。
「ってレッカ?」
5人パーティーの5人目、ここまで会話に全く参加していなかったニベレッカが集まっていないことにツティは気付き、店内の彼女の姿を目で追う。
「レッカちゃんこれが欲しいのー?」
「……うん」
「でも高くなーい?」
「……うん」
横に並ぶ双子の二人に挟まれて、治癒師のニベレッカは一拍遅れて問いかけに頷く。
彼女が見つめるのは暗視のエンチャントが付いた金の指輪。
ルビーの輝きがよく見えるようにケースの中に陳列されているそれは、値札に金貨3枚と書かれている。
「さすがに高いですね」
あまり店内で高い高いと言うものではないが、実際に彼女たちの収入と比べるととても高い。
「でも……、これがあれば、値段以上に探索が楽になる……と思う」
「レッカがそういうならいくらかはお金出してあげたいけどね」
しかし流石に金貨3枚は多少金を出した程度では足りないくらいに高すぎた。
「あー、レッカちゃんだけずるいー」
「ひいきだー」
「ひいきだー」
「うるさい」
ツティの言葉にそれでも不満を表す双子は無視して話を進める。
「銀貨で数枚ならだしてあげられるけどそれで足りそう?」
問いかけに、ニベレッカは首を横に振った。
「それじゃあ指輪はまた次の機会ね」
実際には次来た時にまだ売っているかはわからないし、取り置きを頼むこともできないだろう。
そうなれば二度と目にする機会は無くなるかもしれないのがこの時代の常識だったが、それでもない袖を振ることはできなかった。
それから無事に分配を終えたリーダーのツティが、雰囲気を変えるように明るく宣言する。
「それじゃあ気を取り直して、買い物しましょうか!」
「やったー!」
喜びを大きく表現する双子の影に隠れて、テリゼットに笑いかけられたニベレッカも小さく頷いた。




