052.冒険者と王都の日常①
冒険者ギルドの朝は早い。
冒険者や依頼者の対応は鐘が三つ鳴る頃(およそ午前九時頃)に始まるが、職員はその一刻(約一時間程)以上前には業務を開始する。
その内容は依頼の管理から来客の準備、果ては清掃までやることは様々だ。
実際に営業が始まる前の今の時間でも、サブマスターは割り当てられた部屋で書類仕事をしているし、受付の女性職員たちは更衣室にその姿があった。
「そういえば知ってる?」
その女性たちのひとり、噂好きな髪の長い女性が着替えをしながら話を始める。
「メリーに新しい男ができたこと?」
「いや、昨日の相手は食事しただけだから。そうじゃなくて、ダンジョンの宝箱から口紅が出たんだって」
彼女たちは冒険者と関わる仕事が主であり、当然のように噂話もそれにちなんだものになることが多い。
その中でもダンジョンにまつわるものは一番ホットな話題の一つだ。
特にそれが彼女たち自身を彩る装飾品や化粧品にまつわる話なら尚更である。
「なんでも鮮やかな紅色みたいよ」
「でもちょっと怖いわね」
「口の近くに付けても大丈夫なのか、ちょっと不安になるわよねえ」
「なんでも付けると全然疲れなくなるらしいわ」
「流石にそれは嘘でしょー」
「でもダンジョン産ならありえるんじゃない?」
「それが本当なら気軽に買える金額じゃなさそうね~」
そんな彼女たちの噂話話の中で、メリーと呼ばれた彼女が一人の職員に視線を向けた。
「フローラにそれをプレゼントしてくれた人ならまた持ってきてくれるんじゃない?」
言われた彼女の胸元には脱ぎかけのシャツからネックレスが見える。
それ自体もアクセサリーとしての価値があり、なによりも街でうさぎのアクセサリーが流行りだす前から持っていて話題の最先端として仲間内では評判になっていた。
今でこそ値段が落ち着き、街の外から来た行商人が買い求めてまた街の外へと運んでいく売り物になったようなそれも、ダンジョンから算出されるようになった当初はその希少性と話題性から、かなり高価な金額で取引されていたことは全員の記憶に新しい。
「今でもたまに来るんでしょ? 試しに頼んでみたら?」
「そしたらデートに誘われたりするかもしれないわよ」
「流石にそれはないでしょ」
「えー、わからないじゃない」
「それよりほら、早く準備始めないと副長に怒られるわよ」
「そうだった」
副長、サブマスターはギルド全体に注意を払っていて、その分職員からは怒らせてはいけない相手と認識されていた。
そんな彼女の名前を出して話を切り上げたフローラは、自分も同じように準備を済ませて更衣室を後にした。
ギルドの営業が始まってから、冒険者の対応と同じようカウンター担当職員の主な業務が依頼者の受付だ。
ギルドでは冒険者が依頼を受けに来るのと同じだけ、その依頼を出しに来る依頼者の数もいる。
正確には略式で依頼されるものや受付とは別口で依頼されるものもあるので完全に同数ではないのだが、それでも重要な業務の一つである。
今も三つある列に並んで自分の順番が来た男が、受付の女性へと依頼の願いを出していた。
「すみません、マンティコアの尾の収集をお願いしたいのですが」
「そちらの素材ですと、依頼料もかなりの高額となりますがよろしいですか?」
「ええ、お金は用意してあります」
「かしこまりました、それでは確認ののちに書類をお作りしますので、奥の部屋へどうぞ」
高額依頼のために、奥の部屋へと男を促した女性が、別の職員に対応を任せ再びカウンターへと戻ってくる。
「お待たせいたしました、次の方どうぞ」
「ダンジョン探索のための依頼があるって聞いたんだけど受けられるか?」
次に順番が回ってきたのは男を先頭とした4人組の男女。
おそらくダンジョンの探索を目的に王都の外から来た冒険者だろう。
「こちらの依頼を受けるのは初めてですか?」
「ああ」
「それでは、依頼についてついて簡単に説明させていただきますね」
ということで女性がダンジョンへの基礎的な知識と、加えて依頼について説明する。
「こちらは魔石収集の依頼となります。こちらを受けている間は通行税無しで城門を行き来することができますが、不正には特に厳しく目を光らせているので悪用はしないようにしてくださいね。ダンジョンから無事帰還した際にはこちらと共にギルドでの魔石の買取となります。その他に一般商店での買取を希望する際にはそちらに持ち込んでいただいてもかまいません。どちらの場合にも、城門で一度魔石の数と状態を確認され、確認証が二枚発行されますので、商店での買取の際にはそのうちの一枚を買取証明書と共に必ずギルドまでお持ちください。ギルドでの買取、もしくは買取証明書の持ち込みをもちまして依頼の完了となりますが、この『魔石収集』の依頼に関しましては、達成できずに破棄された場合にも他の依頼とは異なりペナルティーはありませんのでご安心ください」
「わかった。もし依頼書を紛失した場合は?」
「その場合にはペナルティーが発生しますね。紛失の過程に問題があった場合には再度依頼を受注することはできず、ダンジョンに赴く度に銀貨1枚を支払うことになるでしょう」
「ダンジョンで捕まると持ち物を奪われると聞いたが」
「その点は問題ありません。依頼書はダンジョンにとって価値のないものと判断されるようで、マジックバッグと共に解放の際に返却されますので」
「マジックバッグも?」
「はい、こちらは先ほどにも説明しましたダンジョンのルールにある、捕虜になった時の保存食を用意するため、と言われていますね」
「情報に推測が多いな」
「直接ダンジョンに聞けるわけではありませんので」
言って受付の女性がにっこりと笑う。
その笑顔には歴戦の冒険者とはまた違った凄味があった。特にギルドからの不評を買うことのデメリットを理解している冒険者ほど、その笑顔には効果がある。
「それでは次に解放金契約の説明をさせていただきますね。こちらの説明も初めての方には必須になりますのでお聞きください」
彼女がそんな説明を始めてから少しして、実際にダンジョンに捕まりギルドから解放金を支払われて解放された一行が団体で戻ってくる。
実際にはギルドから順番に解放金が支払われた時点で自由解散なのだが、所持品がほぼ没収されるので真っ直ぐ王都に戻る以外にすることがないこと、魔石収集依頼を一回破棄する優先順位が高いこと、一応パーティーメンバーを全員解放されるまでは待つ流れになること、似たようなタイミングで解放されるので城門の審査に並ぶタイミングが重なること、そして本人たちはほぼ所持品がない上にギルド証と契約書で身分と目的が保証されスムーズに通れることなどが合わさり似たようなタイミングでギルドに戻ってくることになる。
今日の一団の人数は72名。
依頼の破棄はパーティー単位で行われ、実際にそこまで時間のかかるものでもないのだが、それでもギルド内の人口密度が急上昇するのは避けらない。
なので慣れた冒険者はこのタイミングより前にギルドでの用事を済ませるか、もしくはそれよりも遅れてギルドに訪れていた。
そして解放された冒険者の一部には口論をしている者もいるが、多くの冒険者には平静な様子である。
実際に、ダンジョンが探索されるようになってから数十日を経て、アイアン等級とブロンズ等級の冒険者の多くが少なくとも一度はダンジョンに捕まり、そして解放された経験を持っていた。
それに等級の高くない冒険者の中では没収されて本格的に落ち込むほどの貯えをしていない者が多い、という事情もある。
それは冒険者の気質に起因するところでもあり、実際に没収されて本格的に困るならダンジョンへ赴かないという選択もできる結果でもあった。
当然所持金を没収されればノーダメージというわけでもないのだが、それよりも直近の問題として困るのは武器の喪失という事態だろう。
実際に慣れた者であれば無手でスケルトンと戦うことも可能なのだが、それでも自前の得意な獲物があった方が楽で安全になるのは間違いない。
そして再びダンジョンに潜る前に解放金の再契約をするなら、どちらにしろ元手が必要になるという事情もある。
なのでブロンズ等級の冒険者の多くは安全だが楽ではない力仕事などの依頼を受けて報酬をためることになる。
一方アイアン等級の冒険者には、近頃になって新たな契約が用意されていた。
「フローラちゃん、いつものよろしく」
「わかりました、剣と槍でいいですね?」
「うん、一番良いのを頼む」
「選ぶのは私じゃないので保証できませんが」
そんなやり取りのあと、その冒険者とパーティーメンバー合わせて5名は依頼書を持って一旦建物の外に出て、すぐ隣の施設に向かう。
そこでギルド職員の男に依頼書を見せると、武器が二振り運ばれてきた。
先ほど頼んでいた通りに、武器は剣と槍。
しかし冒険者たちに渡されたそれはお世辞にも良い物とは言えなかった。
どちらも刃には所々に欠けがあり、持ち手もかなりすり減っている。
これはもう切るというよりは叩いて潰すという表現の方がしっくりくるかもしれない。
「相変わらずボロボロだなあ」
「よくここまでギリギリな武器を用意するって逆に感心するな」
「文句があるなら使わなくてもいいんだぞ」
「いや使うよ、使うけど文句しかないわ」
一応直ぐに壊れることはないような物が選ばれているが、無茶な使用や長期の運用に耐えられないのはそのボロボロさを見ればわかる。
「それじゃあ貸出は一回銅貨15枚、買取なら銀貨3枚だ。壊した場合は強制的に買取だから忘れるなよ」
「わかってるって」
一旦職員の男に依頼書を渡してから、追加でサインされたそれを受け取って答える。
これはアイアン等級以上の冒険者に向けて、武器をレンタルするという新しい仕組み。
アイアン等級の実績と実力を担保に、冒険者は依頼料から天引きという形で武器を借りることができる。
そして依頼を完遂した際にはその武器を返却して銅貨15枚を支払うか、それとも銀貨3枚で買い取るかを選ぶことができた。
これは武器が没収され所持金もなくなった冒険者が依頼をこなす為に手助けをするためのもの。
武器はボロボロであるが、それでも銀貨3枚という金額は相場よりもやや安いくらいであり、これにはアイアン等級の冒険者という人材を不必要に腐らせておくマイナス面を考慮しての金額設定である。
まあ仕入れ値よりは十分に高いので、どちらにしてもギルド自体には利益が入る形になっているのだが。
銀貨3枚という金額はアイアン等級冒険者一人頭の一回の依頼料で支払うには難しい金額ではあるが、それでも早めに武器を調達して再びダンジョンに戻れれば総合的な稼ぎとしては大きくなると考える冒険者は多い。
ちなみに貸し出し契約中のダンジョン突入は厳禁。これは没収される可能性を鑑みての措置である。違反すれば厳罰だ。
更にレンタルと併せて受けられる依頼はアイアン等級の冒険者ならまず失敗しない物なので、ギルドが今までにレンタル武器の費用を回収できずに丸損することもなかった。
「そんじゃあ早速赤猪の討伐行こうぜ。今日で5匹くらい狩って、二本とも買い取っちまおうぜ」
パーティーのリーダーである剣士がそんな事を言うと、魔術師の女性が抗議の声を上げた。
「それあたしたちの報酬も入ってるでしょ」
「いいだろ、早くダンジョンに戻った方が稼げるぜ」
銀貨6枚というのはアイアン等級の冒険者の平均的な日の稼ぎよりも高く、安全マージンをかなり多く取られたレンタル併用依頼でそれを用意するには一行全員の稼ぎをまとめて立て替える必要がある場合がほとんどだ。
しかしそれで武器の用意を済ませてしまえば、あとは解放金を稼ぎ速やかにダンジョンに戻った方が稼げるというのも事実のひとつではあった。
その手法が成立するかはパーティー間の信頼によるだろう。
もし信頼がなければギルドに戻った時点でパーティーが解散になり、武器を必要としない後衛勢は他の前衛とパーティー結成、などということもありうる。
「あとでちゃんと返してもらうから」
しかし少なくとも彼らのパーティーは信頼関係が勝ったようだ。
「あと宿代と食事代は残してもらうからね」
「はいはい」
ということで、今ではダンジョン外の依頼もそこそこの頻度で消化されている。




