051.エンチャントリターンズアゲイン
「それじゃあ今日はマジックアイテムを作っていくよ」
「かしこまりましたわ、主様」
マジックアイテム、つまり魔法の品ね。
広義的にはポーションから魔法の生活用品まで全部マジックアイテムなんだけど、今回は冒険者向けの消耗品かな。
「それで、なにをお作りになりますか?」
「基本はポーションだよね」
「そうですわね」
「でも今回は作ってもつまらないから作りません」
「主様?」
「まあ必要になったら作るけど、今はいいかな」
ぶっちゃけ素材用意して生成魔法を使えば一瞬で作れるし。なんなら素材用意しなくても魔力を余分に使えば作れる。
本来は薬師、もしくは錬金術師の領分で、潰して混ぜて煮ながらかき混ぜる的な作業が必要なんだけどね。
ダンジョンの魔法にはそんな手間は必要ないのだ。
ちなみにファンタジーでは定番のポーションだが、こちらの世界ではあまり人気がない。
なぜかといえばまず値段が高いから。
素材は自生しているけど魔物が闊歩する中を取りに行くのは面倒だし、冒険者に依頼すればその分費用がかかる。
そして作るのに手間と時間がかかる。
更に傷を癒したいなら治癒師に頼んだ方が楽という理由もある。
そんなわけで、実際にポーションが実用されるのはシルバー等級が緊急用に使うくらいしか見たことないかな。
逆にこっちで配る分にはすぐ作れる割に価値があるからありがたいんだけどね。
薬師もポーションよりは毒消しや麻痺消し、気付け薬でも作った方が儲かる。そっちは治癒師でも高い実力を要求されるから。
まあ今日作るのは全然別の物なんだけど。
「というわけではい、今日使う素材はこちら」
テーブルに広げたのは赤い岩と花が数種類、容器に入った透明な液体。あと筆。
「これは魔力が宿っていますわね」
「そだね」
岩の名前は通称『血の花』。実際には両手で持てるくらいの岩石なんだけど、上から見ると紅い花が咲いているように見えることからそう呼ばれているらしい。
質感はなんだろうね、黒曜石みたいな感じかな? まあ紅いんだけど。
横から見ると開いた花弁が折り重なっているように見えなくもない。
ちなみにこれは長い時間をかけて魔力が蓄積することによって色と生成をこの形に変化させるそうで、その性質上マジックアイテムの素材としてとても便利とのこと。
そして当然のように結構高い。王都でいつものお店に頼んだ時にそんなにって言っちゃったし。
「というわけでこれを魔法で粉々にしまして」
「はい」
「そして作った粉を用意した液体のひとつと混ぜます」
「はい」
「更にここに魔法をかけて、完成!」
「すぐにできましたわね」
「そだね」
世の薬師さんと錬金術師さんごめんなさい。文句は俺をこの世界に呼んだ神(仮)に言ってください。
「それで主様」
「うん」
「これはどういったアイテムなのでしょうか?」
「それじゃあ実践してみようか。ルビィ、ちょっとこっちを向いて目を瞑ってくれる?」
「かしこまりましたわ」
隣に座っているルビィが俺の言った通りにこちらを向いて目を閉じてくれる。
あらためて、ルビィは美人だなあ。
睫毛長いし、肌はすべすべだし、鼻はすっきりしてるし、唇は瑞々しいし。
そんなルビィに俺は顔を近づけて、
「ん……」
ルビィのくすぐったいような戸惑ってるような微妙な反応がとても良いですね。
「完成。もう目を開けていいよ」
「はい」
言ってからルビィがまぶたを開くけど、まあ自分じゃ自分の顔は見えないよね。
ということで銀で作った鏡に彼女の顔を映し出す。
「これは、口紅でしょうか?」
「正解」
俺がルビィの唇に塗ったのは紅い口紅。
紅が被ってるとか言ってはいけない。世の中には紅くない口紅もあるしね。まあこっちの世界にあるかは知らないけど。
色はかなり主張が強いんだけど、ルビィの美しさなら何でも似合う。ぶっちゃけとてもエロい。あとこの口紅は口に入っても大丈夫なやつなのでその点は安心。一瓶丸飲みしたら流石に知らんけど。
「ちなみにこの口紅には魂を活性化させる効果があるから、体の調子がとても良くなるよ」
まあ口紅の効果というか素材の血の花が持つ特性を魔法で補助したんだけど。
「多分腕が斬り落とされたくらいなら傷口を合わせて安静にしてればそのうちくっつくはず。あと単純に素早く動けるようにもなるかな」
「それは素晴らしい効果ですわね」
当然無限に効果が続くというわけでもないけど、だからこそ消耗品として継続的な需要が見込めるわけだ。
「まあそんなことはどうでもいいんだけど」
「よろしいのですか?」
「うんそれよりも、よく似合ってるよルビィ」
「ふふっ、ありがとうございます、主様」
うん、満足。
それから申し訳程度にルビィに運動してもらって、口紅の効果を確かめた。
本人曰く、羽が生えたように身体が軽いとのこと。羽が生えたルビィとか絶対見たいやつじゃん。
「んじゃ次はこっちね」
手に取ったのは真っ赤な花。
名前は『エフォレスカ』。通称『宵闇の魔女』と呼ばれている。
当然魔力を伴った植物で、真っ暗な中で薄っすらと赤く光ることからその異名が付けられたとのこと。
それを握って、もう片方にさっき使った液体と、更に別の液体の容器を握る。
俺が手の中で生成魔法を使うと、再び一つの赤い液体ができた。
赤ばっかりじゃねーかとか言ってはいけない。ルビィのイメージカラーだし赤系ばっかりでも問題ないのだ。少なくとも俺は困らん。
「それじゃあルビィ、また目を瞑ってくれる?」
俺のリクエストに素直に従ってくれるルビィの手を取って、甲を上にするように軽く支える。
傷一つない美しい指だ。
「主様、これは目を瞑る必要はあるのでしょうか?」
「美人の顔を至近距離で直視すると、俺の心臓が止まっちゃうかもしれないからね」
「それは大変ですわね」
いやあ本当に、美人の顔のプレッシャーって凄いからね。
なんて話をしながら、新しい筆で今度はルビィの爪へと色を塗っていく。
まずは右手に、次は左手に。
なんとかミスなく全ての爪を紅く塗ることができた。
ふうっ、前世の経験が活きたぜ。
ありがとうガンプラ。
「ルビィ、もういいよ」
「はい、主様」
ルビィがまぶたを開いて、その手に塗られたマニキュアを確認する。
ちなみにこれは乾くと固まる成分が混ぜてあるから、あとからなら触っても安心。今だとまだ触ったら移っちゃうけどね。
「これは、綺麗ですわね」
「喜んでもらえたようでよかったよ。ちなみにこれは魔力の伝達効率を高める効果があるよ。簡単に言うと魔法の威力アップだね」
もうちょっと詳しく解説すると、魔力伝達率の高い宵闇の魔女を爪に塗ることによって、体内の魔力を体外で魔法へ変換する時のロスを減らし結果同じだけの魔力を使っても効果が上昇するという現象。
『今のはメラゾーマではない、メラだ』ゴッコができるよ、やったね。
「それじゃあちょっと魔法を使って試してみてもらってもいい?」
「かしこまりましたわ」
ということで、ルビィが手のひらを上に向け、そこに火球を生み出した。
生み出したんだけど、
「ちょっとやりすぎましたわ……」
「うん、そうだね」
火球はルビィが前に同じ魔法を使ってもらった時よりも明らかにデカい。
簡単に言うと普通がバスケットボールくらいだとしたら、今回は直径でバスケットボール2個分くらいある。
「ルビィ、それ消せる?」
「少し難しいかもしれませんわ」
「んじゃこっちで処理しようか」
流石にあれをそこらへんにポイしたら大変なことになる。
ということで生成魔法で何もない部屋を新たに生成して、爆風対策で防壁を作る。
その向こう側にルビィが火球を投げてから二人で防壁に隠れるようにしゃがみ込むと、爆音と共に頭上を結構な爆風が抜けていった。
「申し訳ありません、主様」
「ううん、結構楽しかったから気にしなくていいよ」
二人でしゃがみ込んで防壁に隠れている姿はよそから見たら間抜けだろうけど個人的にはちょっと楽しい。
「それより想像以上に効果が高かったね。これなら大人気になりそう」
魔法の威力が上がるだけでかなり有用だが、理論上は治癒師の魔法にも効果があるはずなので、魔法を使う人間なら誰もが使ってみたい一品になるだろう。
そのマニキュアの価値にさえ目をつぶれば。
「ところで」
「どうなさいました、主様」
「そのマニキュアも褒めたら、何でもかんでも褒める人みたいになって陳腐になる気がするんだけどルビィはどう思う?」
「わたくしは気にしませんわ」
「そっか。それじゃあ、よく似合ってるよルビィ」
「ありがとうございます」
本当によく似合ってるんだよね。
「それじゃあ次は」
テーブルから手に取ったのは細かい粒の入った瓶。
その粒の名前は『夢幻の砂』と呼ばれている。
実際に常人では到達できないような秘境の地の砂らしいよ。
さてそれに植物を合わせまして、いつものように合成開始。
出来上がった容器の中にはもはや液体と見紛うような白い粉が詰まっている。
「それじゃあルビィ、目を瞑って」
「はい、主様」
椅子に座ったまま目を閉じたルビィの目の前に立って、容器の中身を頭から振りかける。
その砂は、しかしルビィの頭のてっぺんに到達する前に光の粒子となって消え、そこには別のものが残された。
「なにか良い香りがしますわ」
「そだね、もう目を開けていいよ」
目を開けたルビィの姿はその前とは変化なく、いつも通り美人だ。
そして見た目はそのまま、うっすらと甘い匂いだけが微かに感じられる。
「なるほどつまりこれは香水ですわね」
「正解」
まあマジックアイテムとしての本体は砂の方で、匂いは植物による後付だけどね。
一応植物の方にも魔力がこもった物を使っているから、効果の決定と補助には使われているけれど。
「ちなみにこの香水は身の守りを強化してくれるよ」
夢幻の砂は外部からの干渉を防ぐ効果があるらしく、物理魔法両方の耐性が上がるとのこと。
具体的に言うとスケルトンメイジの火球くらいなら当たっても平気なくらい。
「こちらもかなり強力ですわね」
「そうだねー、売ったら金貨何枚になるかな」
というか鶏の卵くらいの大きさの瓶に詰めた分の原価だけでも金貨数枚は余裕でするから、作業の手間と技術料込みでそこそこしてもらわないと困る。
まあルビィにあげる分は原価なんて気にしないけどね。
「それにしても、良い匂いだね」
「そうですわね」
ずっと嗅いでいたくなるような気持になるのはルビィが付けているからかもしれないけど、それにしても良い匂いだ。
「このまま眠りたくなるくらいだよ」
「お休みになってくださいませ。何かありましたらわたくしが対処いたしますわ」
「ほんとに? それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
ソファーの上で身体を倒し、そのまま頭をルビィの太ももにのせる。
とても優しい感触のうえにいい匂いまでして、きっとここが天国だ。
「そうだ、今日作った化粧品は全部ルビィが使っていいよ」
「それでは、ダンジョン用に配る物がなくなってしまいませんか、主様?」
「うん、そっちは起きてからポーションたくさん作るから大丈夫」
どちらにしろ、今日作ったアイテムは素材が貴重で大量には配れないんだし、価値も高いから深層から極稀に算出されるくらいでちょうどいい。
安価(といっても安価じゃないけど)で配れるポーションを大量生産すればそれで配る分には問題がない。
ちょっとめんどくさいけど、ルビィの膝枕でやる気は充填されるから大丈夫だ。
今日作ったようなやつは、あらためて作り直しても当分配る機会は無さそうだしね。高価すぎて。
「あとなにかあったら起こしてくれていいからね」
「かしこまりましたわ、主様」
俺が目をつぶったままそう言うと、頭の上からルビィの答えが聞こえる。
まあ多分可能な限りは俺を起こさないで対処するだろうけど、ルビィもリッチやうさぎさんに指示を出せるし問題ない。
「ということでおやすみ、ルビィ」
「おやすみなさいませ、主様」
それきり部屋の中は静寂に包まれる。
けれどもルビィの香水の香りは確かに感じられていた。
今日は良い夢が見れそうだ。
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