050.14F③
「それじゃあ、かんぱーい!」
酒場の一角に、メリサの乾杯の声が響く。
当然テーブルを囲むのはパーティーメンバーの一行だ。
ここは王都にいくつもある酒場のひとつだが、ギルドに近いという好立地のおかげでほぼ全席が埋まる勢いで繁盛している。
ちなみに冒険者の間では、どうせダンジョンで没収されるなら全部使い切ってしまえと刹那的に散財をする者が増え好景気に都市全体が沸いているのも盛況な理由のひとつだったりする。
更に他所の都市からダンジョンを求めて訪れる冒険者のおかげで、全体的に治安が落ちており酒場でも喧嘩の目撃頻度が上がっていたりするのだが、シルバー等級の彼女たちに進んで喧嘩を売る者も流石にいないので今の所はそういったトラブルとは無縁でいられた。
ちなみに今日の探索で無事に結構な戦利品を持ち帰り、既に換金まで終えている彼女たちだが、今のところ全滅の危険性は感じたことがないので常に宵越しの金を持たないほどの散財はしていない。
「それにしても、エンチャントがアタリで良かったわねー」
既にエールを一杯飲み干し、顔が赤くなっているメリサがそんなことを言う。
「身体能力向上のエンチャントは人気ですからねえ」
「メリサちゃんが使ってもよかったのに」
身体能力向上のエンチャントなら、当然前衛職が身に着けるのが一番効果的だ。
それに自分たちが手に入れたものを使えば、買取と販売の差分だけお得という事情もある。
「でもあたしはほら、指輪とか似合わないから」
「そうかなー」
「ムーリスはどうですか?」
「俺はどうせなら指輪よりも武器とか防具の方がいいかなあ。っていうかメリサ、お前酒弱いんだから飲み過ぎるなよ」
「はー、あたしはお酒弱くないんですけど? いつも飲んでも朝は目覚めすっきりなんだから」
「それはお前がすぐ酔って爆睡するからじゃねえか」
「そんなことしてない!」
「してるんだよ!」
なんて酔っぱらいの戯言に、他の二人も困ったようにあははと笑っている。
まあメリサは酔っても同じパーティーメンバー、特にムーリスにしか迷惑をかけないので酔っ払いとしては上等な部類に入るのだが迷惑をかけられる本人としてはたまったものではないのだろう。
「はあ、とにかくこいつが本格的に酔っ払う前に次の予定だけ決めちまおうぜ」
「そうですね、次は明後日ではどうでしょう。ヤスミーンさんはどうですか?」
「私も、それで大丈夫です」
「俺もいいぞ。新しい武器も見たいしな」
「あたしは酔ってない!」
「うるせえ!」
急に立ち上がったメリサの肩をつかんで、ムーリスが強制的に座らせる。
「ムーリスは武器を新しくするんですか?」
「別に今の武器が壊れそうってわけじゃないんだけどな。頻繁に新しい武器が店に並ぶから見てて結構役に立つんだよ」
「なるほど、戦士は武器が重要ですもんね」
酒場同様に武器を扱う店も大量にあるこの王都だが、そこに持ち込まれるダンジョン産の武器と、そのダンジョン産の武器へと新調される過程で交換に店に売られる武器のサイクルでどんどん品揃えが循環している。
そんな中で新しい物や掘り出し物を探すのはムーリスにとって、トレジャーハントに似た楽しみがあった。
「あと20階層用だな。今はまだどんな相手になるかわからんけど、色んな店の品揃えを知っておくのは無駄にならないだろ」
10階層の主がリッチだと知れ渡ってから、冒険者の間では氷耐性を持つ防具が人気となり一気に品薄になると同時に取り扱いの金額も高騰した。
実際にはそれを商機と見た商人が買い集めたことも一因なのだが、この時代に転売を咎める法などは存在しない。
そんな事情もあり、20階層はまだ先だとしても武器屋を見ておくのは無駄にはならないだろう、というこがムーリスの言い分。
まあ本音は店で装備を眺めるのが好きな部分が大きいのだが、別にそれで誰かに迷惑をかけているわけでもないのでその行為を止められることもなかった。
「私は武器はあまり見に行きませんね」
「私もです」
「魔法はその点では楽でいいよな。杖なくても普通に戦えるんだし」
「やっぱりあった方が便利ですけどね。威力の増幅に消費魔力の軽減、あれば便利な物も多いですよ」
「たしかにそうだよなー」
とはいえ、武器への依存度は前衛の方が高いのは間違いない。
「あと俺は剣も定期的に研がないといけないしな」
「なるほど、確かにそれは大事ですね」
切れ味が良ければ安全に戦えるし、逆に大事なところで折れてしまえばパーティー全体が危険にさらされることは想像に難くない。
なのでムーリスが武器の拘るのも、一面では自然な流れであった。
「二人は明日どうするんだ?」
自分の予定は決まっているムーリスは、二人へと明日の予定を質問する。
「あたしは!」
「お前じゃねえ座ってろ」
と急に立ち上がったメリサを再びムーリスが座らせた。
「明日は宿でゆっくりしていますかね」
「……、私もです」
「んじゃまた明後日だな」
休みの日に行動を共にすることもあるが、予定が合わないのなら無理に付き合うほどでもない。
それがこのパーティーの丁度いい距離感だった。
「あれ、ヤスミーンは……?」
メリサの意識が覚醒すると、いつの間にか酒場の中は人が減っていてヤスミーンとモーガントスの姿もなかった。
「モーガントスと一緒にもう帰ったぞ」
「そんなひどい」
とメリサは抗議をするが、声をかけても起きる気配がなかった彼女が悪いと他の人間は言うだろう。
「ひどいのは勝手に寝て俺が帰れない原因になってるお前だ」
ムーリスが一人で残っていたのは、そんなメリサを宿まで運ぶためである。
「頼んでないもの……」
「はいはい、起きたなら帰るぞ」
ここですることはもう何もなく、早く宿に帰りたいムーリスは目を覚ましたばかりのメリサをそう促した。
既に会計は済ませていたので、足取りが怪しいメリサに肩を貸して外へ出る。
「ほら、ちゃんと歩けよ」
「ん、んんー」
「……、ったくしょうがねえな」
まともに歩かせるのを諦めたムーリスは、メリサを背負ってそのまま担ぎ上げた。
「なによ、そんなにあたしと密着したいの」
「んなわけねえだろ」
「なによ」
不満そうな反応をしつつも、メリサは大人しくムーリスの背中で揺られている。
その二人が幼い頃には何度も体験したものであり、そして大人になってからはほとんど体験する機会のなくなっていたものであった。
「そもそもお前は飲みすぎなんだよ」
「なによ、どうせあたしは煩くて女らしくないタチの悪い酔っ払いよ」
「そこまでは言ってねえよ……」
メリサが酔ってすぐ眠るのはいつものことだが、起きた後もグダグダ絡んでくるのはいつも送っているムーリスからしても珍しい。
そんな様子を疑問に思っていると、声のトーンが落ちたメリサの言葉が耳元から聞こえてくる。
「どうせムーリスはヤスミーンみたいな可愛い子が好きなんでしょ」
「誰が言ったんだよそんなこと。そもそもヤスミーンにはモーガントスがいるだろ」
「好みのタイプの話をしてるの!」
「めんどくせえ……」
ムーリスが心の底から声を漏らすと、それでしばらくは静かになった。
人気のない夜道を宿まで歩きながら、忘れた頃にメリサが口を開いく。
「どうせあたしは、指輪も似合わないわよ」
それは今日、ダンジョンで見つけた指輪の話だろう。
「なんだそんなこと気にしてたのかよ。っていうか誰もそんなこと言ってねえだろ」
「言われなくてもわかるもの……」
「人の気持ちを勝手に分かった気になるなよ」
「長い付き合いだもの、それくらいわかるわよ」
「わかってねえんだよなぁ。ああもういいや、ちょっと手出せ」
背負った体勢のまま、ムーリスはメリサの片手を前に出させる。
そのまま自分のマジックバッグを片手で器用に漁ると、更に腕を伸ばして取り出した物をメリサの指にはめた。
「これ……」
そこにあったのは間違いなく、今日ダンジョンの宝箱から手に入れた指輪。
商店で買い取りしてもらったはずのそれが、なぜかムーリスの手によってメリサの指に収まっている。
「欲しかったんだろ?」
「でもどうして」
「んなもん見ればわかるだろ」
それこそ長い付き合いだから、とムーリスは事も無げに言う。
実際には先程のメリサのように勘違いすることやわからないこともある訳なのだが、この指輪は正解だったようだ。
「それにもうすぐ誕生日だろ」
この世界では生まれた日に物を贈るという風習はあまり一般的ではない。
だが、同じ村で生まれ、共に命をかける職業をしているふたりは、互いにその日を無事迎えられたことを再確認するために贈り物をすることにしていた。
「当日までとっとこうと思ったのによ。誕生日は贈り物無しだからな」
「うん……、ありがと。……大切にする」
ムーリスとしては本人が欲しがっていたからという理由の他に、実用品だから、その場で店に頼んで買い戻させてもらえば安く済むから、という理由もあったのだが、流石にそこまで語ることはしなかった。
それにそんな理由があったとしても、おそらくメリサは今と同じように喜んでいただろう。
「でもこれ、探索には着けて行けないわね」
「没収されたら、また新しいのを手に入れてやるよ」
「ばか」
そんな話をしながら、二人は同じ宿へと帰っていく。
気付けばいつの間にか、メリサの声色は先程までの不機嫌そうなものから優しいものへと変わっていた。




