048.14F①
「いつまで寝てるのよ!」
「んがっ!?」
突然耳元で響いた声と共に、ムーリスの眠りが妨げられ、意識が覚醒する。
驚きと共にまぶたを開けたムーリスの目の前には、眠る彼を覗き込むように見下ろすパーティーメンバー、メリサの顔。
彼女の横髪が顔に触れそうな距離で、しかしムーリスはその見飽きた顔に溜め息を漏らす。
「なんだよ、まだ約束の時間じゃないだろ……」
掛け布団をどかしながらベッドの上で体を起こし、既に探索の準備を万全にしているメリサへと反論の声を上げた。
長い剣を腰に携え、探索用の服に金属の胸当てと丈夫なブーツ。
戦士ながら筋肉質過ぎない女性らしさのある身体と、肩まで伸びた赤い髪に快活さが表れた瞳。
酒場に行けば冗談混じりに口説かれるくらいの容姿を持つ彼女であったが、幼い頃から一緒に過ごしてきたムーリスには見慣れたを通り越して見飽きた顔だった。
それが理不尽に睡眠を妨げられた今なら尚更である。
約束の時刻は城壁の門が開く鐘の時(午前九時頃)、宿屋の部屋の窓から漏れる光からはまだ半鐘(約一時間半)以上の時間があった。
「時間に余裕をもって準備するのが冒険者の常識でしょ!」
「そんな常識聞いたことねぇよ……」
むしろ朝からちゃんと活動を始める冒険者の方が珍しいくらいだ。
最近はダンジョンの発生で朝から行動した方が安定して儲かる分、開門と同時に探索に向かう冒険者も増えたが、それでも常識と言うにはとても及ばない割合である。
そして更に言うなら、ここの王都を拠点にする冒険者は、そんな割合でもまだ勤労意欲の高い方だ。
ムーリスとメリサが王都に来る前に拠点としていた都市のギルドでは、酒場に面子が集まったら行動開始、なんてパーティーも珍しくなかった。
そして依頼を終えたらまた酒場へ直行し、手持ちがなくなるまで酒を飲む、なんて生活も冒険者には一般的だ。
「あたしのパーティーでは常識なのよ!」
「わかったわかった、じゃあ準備するからそこどけよ」
とムーリスが立ち上がると、代わりにメリサが部屋の奥に寄る。
「いや出てかないんかい」
「文句でもあるの?」
「ああもういいよ、ベッドにでも座ってろ」
泊まっている宿屋は個室といってもそこまで広くはない。
そもそも必要なものはマジックバッグに収納し、冒険から帰ってきたら寝るだけの場所になのでそれで十分なのだが、そこに人が一人立っていられると着替えるのに邪魔だし落ち着かない。
「早くしなさいよね」
言いながらもメリサはベッドへと座る。
何故か腰掛けるのではなくブーツまで脱いでベッドの上に腰を下ろしたのはムーリスにとっては謎だったが、わざわざ指摘はしなかった。
「というかお前も、いい加減男の部屋に気軽に入ってくるのやめろよな」
必然的に部屋の奥のベッドの前に立つ位置関係になるムーリスはつい忠告をしていた。
同じ村で同じ年に生まれた二人は共に22歳、この国ではもう完全に『大人』として扱われる歳である。
職人や商人の家庭なら、結婚をして子供がいてもおかしくない歳なのだから、昔と同じように接するのも無理があるという思いをムーリスがもつのも無理はなかった。
「なに、あたしの魅力に誘惑されちゃった?」
「んなわけねえだろ」
「ちょっと、なによ!」
なんて抗議するメリサは無視して、ムーリスは服を着替える。
そのまま剣を腰に下げ、金属の胸当てと手甲足甲をテキパキと身に付けていく。
装備の確認が終わったら、そのままマジックバッグの中身の確認。
とはいえ戦利品を持ち帰る前の中身は、松明と火打ち石、携帯食料と水、剣と服装の予備と緊急用のポーションがいくつか、ナイフと縄、あとは財産としての硬貨の類程度である。
「んじゃ、顔洗ったら飯食いに行くか」
「うん」
ということで、二人は部屋から出て宿屋を後にした。
「おはようございます」
「おはよーヤスミーン、モーガントスも」
「おはよう、メリサちゃん」
「おっす」
朝の食事を済ませ、定刻の前に一行がギルドに集合する。
メンバーの内訳は、戦士のムーリス、同じく戦士のメリサ、魔術師のモーガントス、治癒師のヤスミーンの四人だ。
モーガントスは紺色のローブを羽織った優男で、男性冒険者にしては長い前髪の隙間から見える目には穏やかな印象を受ける。
一方ヤスミーンは対照的にクリーム色のローブを羽織り、身長の低さも相まって頼りない印象を受けた。
そんな人見知りの小動物のような彼女だが、年齢はモーガントスと共に20歳を越えていて、一行全員がover20のパーティーだ。
「ヤスミーン、準備できた?」
「うん、メリサちゃんも大丈夫?」
「もちろん」
女性陣が仲良さそうに出発前の確認をしていく。
「ふあっ」
「ムーリスはまだ寝ぼけ眼ですか?」
「今朝はメリサに無理矢理起こされたからな。まあダンジョンに着くまでには目も覚めるから問題ねえよ」
「そこは心配していませんよ」
ムーリスとメリサは幼い頃からの知り合いだが、ヤスミーンとモーガントスは王都に来てからパーティーを組んだメンバーだ。
しかしそれでもかれこれ数年の付き合いなので、お互いに実力は信頼している。
「二人とも同じ宿に泊まっていると苦労もありそうですね」
「なにかある毎に声をかけられるのはめんどいな」
幼馴染の二人は同じ宿に泊まっている。
流石に部屋は別なのだが、それでも部屋のドアをいきなり開けられることも珍しくはなかった。
(俺がノックせずに開けると文句言ってくるのにな)
などと思うムーリス。
実際には王都に来てから流れで同じ宿をとったのが始まりだったのだが、今更宿を変えようという気にならないのも事実であった。
これが正しく腐れ縁というものなのだろう。
「流石に何度も睡眠妨害されたら引っ越し考えるけどな。そしたら絶対メリサには宿教えねえ」
「教えなくてもすぐにどこに住んでるか突き止められると思いますけどね」
「…………」
モーガントスの指摘は完全に事実なので、ムーリスは沈黙で答える。
そもそも同じパーティーで行動する以上、解散した後に尾行されたら毎回まいてから帰るなんてことは不可能に近いし時間の無駄だ。
「なあモーガントス、同じ部屋に住まねえか?」
「謹んで遠慮しておきますよ、恨まれたくはありませんので」
「この薄情者」
などというムーリスの恨み言は綺麗にスルーして、モーガントスは話を切り上げる。
「それでは本格的に混み始める前に行きましょうか」
王都からダンジョンまでは徒歩ですぐそこなのだが、ギルドでダンジョン探索用の依頼を受けてから城壁の門の順番待ちを抜けるにはしばらく時間がかかるので早く行動するに越したことはない。
ということで一行はギルドで依頼を受注してから、前を歩く女性陣二人とそれを後ろから眺める男性陣二人という構図でダンジョンへと向かった。
「ここまで来るのは初めてね」
一行が降り立ったのは14階層。
つい先日解放されたその階層は、到達者も未だ少ない未知の階層だ。
当然構造や魔物に関する情報もほとんどなく、自然と警戒の度合いが上がる。
「ヤスミーン、モーガントス、魔法の残り回数はまだ大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「私も問題ありません」
ここまでの戦闘を危なげなく戦闘をこなしてきた一行だが、それでも魔力の消耗は避けられない場面がいくつかあった。
そんな中で最深階層をいち早く攻略するのは見返りも大きいが当然リスクもそれに比例していく。
特に道がわかっていない初見ではリソースの管理がとても重要と言えた。
「ムーリスも油断しないように」
「んなことわかってるんだよ」
「どうだか、この前だってうさぎに足を刈られてたじゃない」
「あれはタイミングが悪かったんだよ!」
「はいはい」
なんて言い争いをする様子をいつものことだと後衛の二人がスルーする。
「ヤスミーンさんも、気を付けてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
こうして、一行の14階層探索は始まった。




