047.エンチャントリターンズ
「んじゃ今日もエンチャントやってきますか」
「はい、主様」
ということで二人で座っているのはいつものコアルームのソファー。
今日は立ち上がる予定もないので二人で同じソファーに横並びだ。
そして目の前のテーブルにあるのは金属とルビー。
「最初はとりあえず指輪かな」
言いつつ握ったのはいつもの金貨。
金は柔らかく武器などには向かない代わりに魔力の蓄積と伝達の効果が高く、アクセサリーとしてエンチャントするにはとても適している。って聞いた。
ちなみに宝石も魔力を込めやすい素材らしいよ。
「効果は何にしよっか」
「選択肢が多すぎて逆に悩みますわね」
「そうだねー」
武器と違って指輪は身に着けるだけなので自由度が高い。
夏休みの自由研究をなににするか決められなくてぐだぐだしてたような自分にはある意味難題だ。
「とりあえず大きく効果を分類してみようか」
久しぶりに黒板を作ってそれに向かう。
「まず分けるのは、冒険者向けの効果と冒険者以外向けの効果かな」
言いながら、それを黒板に書き込んでいく。
「冒険者以外、ですか?」
「正しくは冒険者以外にも需要がある、かな。例えば魔除けとか、あとは重い荷物でも持てるようになるとか、働いても疲れにくくなるとか、休息の効果が大きくなるとか、極端なところにいくと透明になるとか」
「流石に最後のひとつは難しいかもしれませんわね」
「まあ作るの大変だし、作った後も面倒事が増えそうだからそれは置いておこうか」
あっちの世界で有名な魔法の指輪といえば透明化の効果だったけど、それを再現するのはかなーり大変だ。
まあアレはアレで伝説級のアイテムだから当然といえば当然かもしれないけど。
それに透明化のマジックアイテムを作るにしても、多分魔法素材のマントにエンチャントでもした方が楽だと思う。
そっちはそっちであっちの世界で有名な別のファンタジー小説を思い出すけど。
「それでこの辺の効果は冒険者以外の需要が見込めるし、効果が低くても人気が出るかもしれない」
「冒険者には物足りなくても、一般人には十分ということですわね」
「そうだね」
例えば冒険者のパワーを100、一般人のパワーを10としたら、パワー+1の魔法効果でも一般人には需要があるだろう。
まあ実際にはそういう需要がどれくらいの価値になるかはよくわからないけど。
これは市場調査してみてかな。
「それでしたら、素材は金ではなく銀でもよろしいかもしれませんわね」
「たしかにそうだね」
銀も金ほどではないにしても、魔力の許容量が大きいので、軽い効果をつけるにはこっちで十分かもしれない。
ちなみに蓄積できる魔力量は金属の質量にも比例するので、細い金の指輪と太い銀の指輪で互いの差を減らすことはできる。
まあそれでも一段階質が変わるのは避けられないけどね。
とりあえず、黒板の冒険者以外向けの所に銀素材と書き込んでおく。
「それで次は冒険者向け。これも汎用的な効果と専門的な効果に分けられるかな」
「前者は身の守りの加護などですわね」
「そうだね。そんで専門的な効果にも、冒険者を選ぶ効果と魔物を選ぶ効果があるかな。前者が筋力を強化したり魔法を使える回数を増やすような職位を選ぶ効果の物。後者が炎への耐性や毒防止など魔物の攻撃によって選ぶ効果の物」
「そう考えると、様々な効果がありますわね」
「そうだね。そしてその分だけ需要の飽和を抑えることができると予想できる」
「ですが、その分それぞれの需要が分散されて価値が上がらないかもしれませんわね」
まあ毒防止とか毒を使ってくる敵と戦わなきゃいらないしね。
いや、ワンチャン一般人でも毒防止なら需要あるか……?
食中毒とか抑えられるなら結構便利かもしれないけど、その辺も検証してみたいなわからないか。
「ともあれ、こうやって需要が細かい効果にはうちはアドバンテージがあるんだよね」
「と、申しますと?」
「つまり、こっちで配置する魔物で需要自体を作り出すことができるんだよ」
通称マッチポンプというやつだ。
「なるほど、流石ですわ主様」
「ありがとルビィ。それはともあれ、今でも各種属性の耐性指輪を配ったら冷気が一番人気になるだろうね」
実際に、リッチ対策に冷気耐性の装備を持ち込んでいる冒険者は以前から見かけている。
まあ指輪だけの効果じゃリッチの冷気放出を完全に防ぐことはできないだろうけど、それでもいくらか軽減することくらいはできるだろう。
ということで、ひとまずは冒険者向けのエンチャントは、細かい需要が生まれるような効果をメインで配っていくことにする。
まあ、基本的に効果範囲が狭い方が性能は良くなるから、冒険者にもメリットがない訳じゃないけどね。
全耐性+3と火耐性+10で同じ魔力量とかそんな感じ。
仕組みとしては全ての属性の耐性とひとつの属性の耐性をつけるのは全く別の理論なんだけどね。
「主様、一つ質問がありますわ」
「どうしたの、ルビィ?」
黒板に向かって質問を受けると、なんか教師と生徒みたいだななんて思ったり思わなかったり。
まあルビィは生徒より教師役が似合う感じだけど。
「今配っているうさぎさんシリーズのエンチャントはどうなさいますか?」
「あー」
指輪を前提に考えてたけど、別にエンチャントするなら指輪じゃなくてもいいんだよね。
それならうさぎの飾りをつけたネックレスやブレスレットにエンチャントすることもできはする。
とはいえあれは完全にファッションアクセサリーとして用意してたからすっかり忘れてた。
「んー、どうしよ。ルビィはどうしたらいいと思う?」
「そうですわね。全てのアクセサリーにエンチャントを施すと以前に産出された物の評判が悪くなるかもしれませんわ」
「そうだねー、価値の低い旧式扱いになるかもしれないね。まあ実際に価値は低いんだけど」
「ですが指輪にだけエンチャントを施しますと、うさぎさんシリーズ全体が外れ扱いで評判が落ちるかもしれません。ですから、配る階層を分け、深層からはエンチャント付きの物を配るのがよろしいかと思いますわ」
「確かにそれがいいかな」
10階層以降からエンチャント付きの物も配り始めるくらいが妥当かな。
「それじゃあどういうエンチャントをつけるか案をだしていこうか」
「はい、主様」
というわけで、『冒険者汎用』『冒険者専用』『一般人用』で区分して出た案を黒板に書き込んでいく。
「そういえば治癒の魔法を使えるようになる指輪とかも作れるのかな」
「望んだ時に発動する形の魔法を刻む、というのはかなり難しいかと思われますわ。高度な技術の他に、着用者の魔力も要求されることになるかと」
「なるほどなー」
つまり常時発動のパッシブスキルの方が向いてるってことね。
「主様、遠くまで見えるようになる効果などはいかがでしょう?」
「ルビィ、天才」
やっぱりこういう時に発想が二人分あるっていうのはいいよね。
一人より二人なのがとても実感できる。三人目はいらないけど。
「なにかおもしろい効果できないかないかなー。水中呼吸とか」
「できますわよ、水中呼吸」
「マジで!?」
なんてやり取りをしつつ、段々と黒板が埋まっていく。
ちなみに王都にもエンチャンター、もとい付呪師自体はいるんだけど、そこまで数は多くはない。
理由はまず第一にその技術自体が難しく、使える人間が少ないこと。
技術を鍛えようにも素材となる貴金属や宝石には元手がいること。
実際にエンチャントするには素材の許容量を見極めつつ適切に術式を刻む作業が必要となり、そのどちらにも時間と労力がかかること。
オーダーメイドをメインにするにはそれだけで暮らしていくだけの顧客の確保が必要なこと。
更に強力なエンチャントをするには自身の魔力だけでは足らず、魔石による外部補給が必要なこと。
まあ要するに、薄利で元手が必要でめんどくさくて時間がかかるうえに大成するかもわからないから人気がないってことね。
それでも必要な能力ではあるから一定以上の規模の組織では育成されてたりするらしいけど。
ちなみに俺は魔術を刻む工程は魔導書が自動で補助してくれるし、魔力の量は素材を見れば簡単に把握できる、そしてダンジョンコアから自由に魔力を引き出せるというチートっぷりである。
まあここまで自由にできるのはダンジョンの中で限定だけどね。
ということで、俺のダンジョンで気軽にエンチャント装備を配っていても困る人はそんなにいないよ。皆無とは言わないけど。
そして黒板に一通り案を出して満足したので、実際に作ってみることにする。
「ルビィ、ちょっと指出してもらえる?」
「どうぞ、主様」
差し出された指の一本を、自分の人差し指と親指でわっかを作ってサイズをはかる。
「ルビィの指細いな~」
「そうでしょうか?」
「うん、俺の指よりもずっと細いよ。それに肌もすべすべだし」
「んっ……、くすぐったいですわ主様」
なんて反応を堪能しながら、その指のサイズに合わせた指輪を魔法で生成する。
出来上がったのはシンプルな金のリングにルビーを埋め込んだもの。
そこに更にエンチャントを加える。
「これで大丈夫かな」
サイズを確かめるためにルビィの手を握り、その指の一本へと指輪を差し込むと、根元で綺麗にぴったりとはまった。
「ぴったりですわ、主様」
「それじゃあ女性向けのサイズはこれでいいかな」
拾う冒険者に合わせてサイズ調整なんて当然できないので、だいたい良い感じの太さで一律に作っていく予定。
それでも微妙にサイズが合わない場合は着ける指を調整してもらう方向で。
多分小指から親指までのどれかにはすっぽ抜けない程度にははまるでしょ。
「それでしたら、男性向けは主様の指ですわね」
「まあそうなるか」
自分の指基準に物が決まるとなるとなんとなくそれでいいのかって気がするけど、代案もないし。
「んーと、こんなもんかな」
「よろしいですか、主様」
「うん」
出来上がった指輪をルビィが受け取ると、さっきのお返しに今度は彼女が俺の指にそれをはめてくれた。
「とてもよくお似合いですわ」
「ありがと、ルビィも似合ってるよ」
まあルビー付きのリングでルビィに似合わなかったらもう世界が間違ってるだろって感じだけど。
「そういえば、エンチャントの方はどう?」
「主様のお顔がよく見えますわ」
「遠視のエンチャントにそんな効果はないんじゃないか? いや、そうでもないか」
今ルビィがはめている指輪のエンチャントは遠視と言ってるけれど実際には視力の強化なので、確かに細かい所までよく見えるようになるかもしれない。
「なんだかそう考えると恥ずかしいな」
「なにも恥ずかしがる必要はありませんわ」
言いながらルビィが楽しそうに笑う。
「まあルビィがいいならいいけどね」
「はい、主様」
俺の変哲もない顔ひとつでルビィが笑顔になるならそれで十分だろう。
そのまま向かい合ったまま、ルビィが満足をするまで同じ姿勢で作業を続ける。
ひとつずつ指輪を作ってはお互いの指にはめ、使用感を確認する作業は正直とても楽しかった。
「折角だから、別のアクセサリーも作ってみようか。個人的にはイヤリングとかルビィに似合うと思うんだよね」
「かしこまりましたわ、主様」
ということで作ってみたイヤリングは、激しい運動には向かないということで一般人向けの少数生産ということになった。
まあ俺としてはルビィのよく似合う姿が見れたから時点で満足だったけど。




