045.11Fリターンズ①
10階層のリッチを退け、11階層への階段を下りる一つのパーティーがあった。
その集団は5人組で、男が4人に女が1人。
獲物はそれぞれ片手剣に小盾、長槍、短剣、杖と杖。
男たちは全員違う武装をし、しかしその姿には似た雰囲気があった。
剣士のフリン、槍士のヘインツ、短剣使いのホラツーク、魔術師のマスカリアス。
容姿が似ている彼らは全員が1歳違いの兄弟である。
長兄のフリンが26歳、末弟のマスカリアスが23歳。
皆すらっとした長身で、顔も整っている。
「ここからはまた暗くなりますから気を付けてくださいね、ミレーヌさん」
治癒師のミレーヌの隣から声をかけるのが魔術師のマスカリアス。
「ミレーヌちゃんが転びそうになったら俺が助けるから大丈夫だよ」
それを聞いて、二人の前を歩いていた短剣使いのホラツークが後ろ向きに階段を下りながら話しかける。
「お前は後ろのミレーヌよりも前を気にしろ」
更にその前から弟に忠告するのが槍士のヘインツ。なお長槍を片手に携えて、盾は身に着けていない。
「…………」
そして階段を下りきると、剣士のフリンが自身のマジックバッグから松明を取り出した。
「これは……?」
と戸惑いの声を上げたのは治癒師のミレーヌ。
一行の目の前には左右に分かれた通路が伸びる小部屋。
その分岐点には正面の壁を背にするように女性の石像が置かれていた。
「そういえばミレーヌちゃんは初めてなんだっけ」
思い出したようにホラツークが前を見る。
その言葉の通りに彼とその兄弟はここに来るのが初めてではない。
ならばなぜミレーヌだけが女性像を初見なのかといえば、彼女が兄弟パーティーの補充の治癒師だからだ。
とはいえ前任者が亡くなった、といったことはなく、彼ら兄弟が依頼に必要な人員を募集してパーティーを組むスタイルを取っているからである。
今回もダンジョン探索に際し、抜けた前任の治癒師の代わりにミレーヌが参加したという形で参加している。
そんな事情もあり、全員がシルバー等級である兄弟に対して、ミレーヌだけはアイアン等級の冒険者であった。
一人だけランクが下でかつ、自分以外が全員兄弟という一人だけ部外者のような状況だが、そんなミレーヌに疎外感を感じさせないように兄弟たちは話しかけている。
「実はこの像にお祈りをすると良いことがあるんですよ、ミレーヌさん」
「良いこと、ですか?」
彼女が疑問に思うのも無理はない。
基本的に安全に配慮されているこのダンジョンであっても、積極的に冒険者に利益するような仕組みは今まで見たことがなかったからだ。
「確かに言葉だけじゃ信じられないかもねー、ちょっと見てて」
腰から短剣を抜いたホラツークが、自分の指にスッと浅く刃を走らせた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょぶだいじょぶ、ちょっと見ててね」
指から血がこぼれるのも気にせずにホラツークが目を閉じると、ふわっと魔法の光に包まれるとともにわかりやすく天に向けて差し出していた左手の傷跡が綺麗に消え去った。
「ほら、元通り」
「す、凄いですね……」
確かにこれは困った時にはありがたいが、それよりもミレーヌには気になることがあった。
「どうしてこんなものがあるんでしょう……?」
「それはわかんない。でも便利だからいいんじゃないかな」
「ただし、触ろうとすると魔法が飛んでくるので気を付けてくださいね」
「えっ!?」
「なんでも、胸に触ろうとした冒険者が雷の魔法で撃たれて、しばらく動けなくなったそうですよ」
マスカリアスの話にミレーヌがずいと像から離れるように後ずさる。
「そんなに警戒しなくても直接触ろうとしなければ大丈夫だ。それより早く先に進むぞ、兄貴も待ってる」
話し込む三人へとヘインツが視線を促した先には、長兄のフリンが無言で周囲の気配を探っていた。
「す、すみません!」
「ミレーヌは謝らなくていい。無駄な時間を取らせたのはコイツだからな」
ヘインツが握る槍をくるりと回すと、柄の尻でホラツークの頭をコンと叩く。
「いたっ、なにも叩かなくてもいいじゃん」
「うるさい、早く行くぞ」
言いながらヘインツが向き直り前へ進む。
「怒られちゃった」
「すみません、私のせいで」
「ミレーヌさんは気にしなくていいですよ。それより探索に集中しましょう」
「はい、そうですね!」
それから進行を再開して間もなく、一行の先頭のフリンとヘインツが足を止める。
武器を抜き構えをとる2人に、後ろの3人も気を引き締める。
そして松明の照らされる先の暗闇から現れたのは一匹のうさぎ。
耳の長いそのうさぎは、ヘインツの槍が届くよりもまだ先できゅっと小さく鳴く。
そのまま睨み合うこと一拍、うさぎは踵を返すとトコトコと再び闇の奥へと消えていった。
「うさぎ……、でしたね」
「そだねー、かわいかったけどどっか行っちゃったね」
「うさぎの金塊や銀塊がたまに宝箱から出てきますので、もしかしたら飼われているのかもしれませんね」
本当に知らない一人と、知っててもわざわざ怖がらせる必要はないととぼけるのが二人。
「ミレーヌちゃんはうさぎ好き?」
「私は……、そうですね。好きだと思います」
「それじゃ次見つけたら撫でられるか試してみよっか」
なんて話を後衛3人組がしつつ、前の2人は罠の気配を探りながら進んでいく。
松明の火が揺れる中、ガシャンと金属の音が響いた。
現れたのはリビングアーマーが2体とその奥に石犬が1匹。
それらが見えるようになると同時に、前衛の二人が素早く距離を詰める。
フリンは剣でリビングアーマーの兜を叩き落とし、そのまま右腕、左膝の鎧の隙間に刃を滑らせて解体していく。
並ぶヘインツは突きを一閃、リビングアーマーの胴体を背中側まで貫きそのまま強引に横へと引きずり倒した。
一瞬で前の攻防が決着し、後ろから石犬が飛び出す前にホラツークが先んじてその間をすり抜ける。
そのまま腰に差した三本の短刀の内の一本を握ると、飛び掛かる石犬の関節の繋ぎ目へと抵抗なく差し込む。
ピシッと鋭い音が響くと同時に、石犬の関節の隙間を起点に氷が走り、そのまま慣性を保ちつつ地面に落ちたその体がゴロリとバラバラのパーツになって転がった。
それはホラツークの短剣にエンチャントされた氷属性の効果が石犬を動かす魔力の接続を凍り付かせた結果なのだが、飛び掛かっている最中の対象に刃を差し入れ、その刃先を傷つけることなく引き抜くのはかなりの技量を必要とする技であった。
「一丁あがり!」
「危なげないですねえ」
「でもこれやると疲れるんだよね。次はマスカリアスが魔術で倒してよ」
ホラツークが弟に話を振るが、それは次男に遮られる。
「魔術を使える回数には制限があるんだ。お前がやれ」
「ちぇっ、ヘインツ兄ちゃんはケチだなー」
「でも、ダンジョンの武器は凄いですね」
と感心した様子のミレーヌの言う通り、ホラツークの短剣はこのダンジョンから産出された物の一本である。
ダンジョン外でもエンチャントがされている武器を手に入れることはできるが、その入手性は段違いであり今では王都の冒険者には少なくない割合で所持していた。
もしダンジョンからエンチャント付きの武器が出るようになる以前であれば、武器の価値が高すぎてホラツークも先程のような武器を破損する可能性のある運用はとてもできなかっただろう。
それだけこのダンジョンは冒険者の戦力と王都の経済に変化を生んでいたと言える。
それから角をいくつか曲がり、長い直線の途中で風切り音が響いた。
「ッ!」
フリンが咄嗟に右手をぱっと横に伸ばす。
そして後ろを歩くミレーヌの前で握られた拳には、一本の矢が握られていた。
一瞬をおいて、矢を掴むために離された剣が床に落ちてカツーンと音を響かせる。
合わせて全員が警戒の体勢をとるが、追撃の矢は飛んでこない。
おそらく魔物ではなく、仕掛けによって飛ばされた物なのだろう。
前衛のヘインツは警戒を続けたまま、フリンはその矢を手離した。
方向的にはミレーヌの脚に刺さっていたであろうそれはかなりの速度で飛んできており、防がなければ命は落とさずとも大きな怪我となっていただろう。
当然それを咄嗟につかんだフリンの手にも赤く擦り傷が生まれた一部は手の皮が剥げていた。
「手が!」
その傷跡をみたミレーヌが声を上げる。
「これくらい、大丈夫だ」
「大丈夫じゃありません! 今治しますね!」
言った彼女がその手をとり魔法を使うと、光に包まれた手の傷が瞬く間に元通りに戻った。
「感謝する……」
フリンが短い言葉で感謝を示すと、ミレーヌはそれに笑顔を返す。
「こちらこそ、助けてもらってありがとうございます」
「気にするな、それがパーティーだ」
その突き放すような言葉はしかし、彼の口下手な性分に起因するものなのだろう。
「なら私がフリンさんを癒すのにもお礼はいりませんね」
意表を突かれた表情を浮かべるフリンに、ミレーヌが更に笑顔を向けた。
「なんか良い感じになってない?」
「そんなことありませんよっ!」
ミレーヌの叫びがダンジョンに響いた。




