041.鍛治屋と弟子①
山の中をルビィと並んで進む。
目的地はもちろん、山の鍛冶屋の所だ。
正直ここまでくるのがめんどくさいので、もうちょっと近くに引っ越してくれないかなと思ったりもするんだけど、山の中に住んでいることによるメリットもあるのであまり強くお願いできなかったりもする。
具体的に言うと、会いに来ても他の人間に気取られる心配が薄いってこと。
まあ絶対にバレないとも思ってないけど。
梟で周囲の警戒はしてるし、魔力による探知も行っているので、これをすり抜けて尾行できるなら相当な手練れだろう。
少なくとも冒険者で言ったらプラチナかオリハルコン等級クラスの人材なんじゃないかな。
そこまで行ったらこっちにはどうしようもない。
そんな相手には鍛冶屋との接点を切られないように意識して立ち回るくらいだ。
具体的に言うとあんまり鍛冶屋さんに依存しないってことね。
そういう点でも、スクロールや他の財宝を用意するのは必要と言える。リスクヘッジ理論だ。
本当に一番いいのはダンジョンの中に移住してもらってそこで仕事してもらうことで、ぶっちゃけこんな山奥で暮らしている相手ならやってくれそうな気もするんだけど、個人的にそこまでやりたくないって話はある。
というかうん、ダンジョンの中に居るのはルビィだけで十分なんだよね。
あと単純に、俺が引きこもりだからわざわざ家の中に人を増やしたくないっていうのもあるけど。
なんて考えていると、目的地が見えてきた。
獣道から木々の合間を抜けると、広がるのは大きく切り開かれた空間。
切り株が無数に並ぶ広場の中央の家からは、今日ももくもくと煙が上がっている。
カーン、カーンと金属を叩く気持ちいい音が聞こえ、家の入口の近くには人影が見えた。
「こんにちはー!」
と手を振ってくる女性は、前に会った鍛冶師の女性とは別人だ。
前回の彼女は高い身長と長い耳、褐色の肌を持っていたのだが、今見える女性は普通に種族人間だし背丈も俺より小さい。
短く切ったオレンジ色の髪と、幼さが残る容姿と雰囲気で活発そうな印象を受けるけど、歳は16くらいかな。
「こんにちは! 師匠のお客様ですね!」
ああうん、どういう関係かわかったね。
ワンチャン家主の関係者になりすましている押し込み強盗かなにかかと疑ったりもしたけど、鍛冶の音が聞こえるからその心配もないかな。
「初めまして。私はここの主の鍛冶師さんにお仕事を頼んでいるものです」
「初めまして! あたしは師匠の弟子でソノヤって言います!」
「お弟子さんですね。お師匠さんとお話しできますか?」
「今仕事中で話しかけると怒られるかもしれないので、少し待ってもらってもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
「ありがとうございます! それじゃあ中にどうぞ!」
というわけで中に入ると彼女がリビングでお茶を出してくれた。
いつも来客対応を任されているんだろうなっていう慣れた手つきだ。
味は……、うん、美味しい。
こういう時魔導人形だと気軽に口にできていいね。ちゃんと味も伝わるし。
「ルビィもどう?」
「それでは、失礼いたしまして」
相変わらず椅子に腰を掛けようとはしないんだけど、グラスを受け取って立ったままお茶を口にする姿もやっぱり美しい。
立ったままでも座って飲んでる俺よりずっと絵になるね。
なんて思いながら一息ついて、折角なのでお師匠さん戻ってくるまで雑談をして時間を潰す。
ちなみにお弟子さんはテーブルを挟んで俺の向かいに座っている。
前回彼女のお師匠さんが座っていたのと同じ場所だ。
「ソノヤさんは前回私がこちらを訪れた時にはいなかったと記憶していますが、あれから弟子入りしたんですか?」
「いえ、元々は師匠に弟子入りしていたんですけど、師匠がこっちに仕事場を移してからあたしは邪魔だからって近くの街で仕事するように言われてたんです! でも最近仕事が増えるかもしれないからってこっちに呼ばれた感じですね! あと名前はソノヤって呼び捨てでいいですよ!」
聞くとこの山を挟んで王都と反対側にある街で仕事をしていたらしい。
街の規模は王都よりもずっと小さいけれど、それでも鍛治の仕事で暮らしていくには困らなかったんだとか。
「なるほど、前の仕事というのは大丈夫だったんですか?」
「はい! 師匠に急に呼び出されるのはいつものことなので!」
それは大丈夫なのかな? まあいいか。
「ですがひとりで仕事を任されていたということはもう一人前ということですよね」
「いや~、それほどでもあるかもしれません~」
なんて照れてる彼女はあっちの世界じゃJKくらいにしか見えないが、この歳で一人前なら実際凄いんじゃないだろうか。
彼女くらいの歳でもう成人なこの国でも、職人として一人前に認められるのはもっと歳をとってからだろう。
それが凄腕の鍛治師の弟子ならなおさらだ。
とはいえ実際の彼女の様子を見ているとそんな風にはとても見えないけれど。
「ああ、いらっしゃい」
そんな話をしていると、家の奥の作業場から、家主が現れた。
「こんにちは、お邪魔しています」
「もう前回からそんなに日が経ったんだね。ちょっと待ってな」
「ごゆっくりどうぞ」
鍛治仕事を終えて未だ汗だくの彼女が作業場に繋がる扉とは別の扉を開けて家の奥に消え、少し待つとシャツを着替えて現れた。
ついでに持っているのは左手にマジックバッグと右手に刀。
おそらく依頼していた成果物だろう。
師匠の……、えーと。
『フリージアですわね』
『ありがと、ルビィ』
ナイスアシストのルビィが念話で名前を教えてくれた彼女、フリージアさんが向かいに座ると、入れ替わるように弟子のソノヤさんが席を空けて後ろに立つ。
「とりあえずこれが刀、あと剣やら槍やら一式もこっちに入ってるよ」
こっちというのはマジックバッグの方ね。
「確認させていただきますね」
テーブルに置かれたそれらの中から、日本刀を手に取ってすっと引き抜く。
うーん、長くてうまく抜けないわ。
なんて俺の手際の悪さはともかく、抜き身となったその日本刀は俺でも一目でわかるほどの出来を誇っていた。
試しに、軽く親指の先を刃先に触れされてみる。
すると何の抵抗もなく、ぷくりと裂けた指の腹から一滴の血が刀身を伝い零れ落ちた。
日本刀の逸話には人と一緒に棚まで両断した、なんていうものがあるけど、これなら十分に実現できそうだ。
「素晴らしい刀ですね」
「誉め言葉として受け取っておくよ。まあ急ぎの日程で打った一本だ。最高傑作とは言わないけどね」
「これでですか」
個人的にはもう品質としてはカンストしてる気がするんだけど、まあ本人がそういうならそうなんだろう。
ゲームならもうこれで最強武器って感じの雰囲気に溢れてるんだけどね。
ともあれ前回の訪問から30日、刀の他にも複数の武器を見本として作ってもらったので最高の一品ではないというのは事実なんだろう。
刀を作るのなんて一本一日あれば十分でしょ?なんて間違っても言ってはいけない。
実際に完成品一本を作るのが24時間未満だとしても、クオリティを求めるならその他の要素に膨大な時間が取られるだろうから。
そのまま一旦刀はテーブルへと置き、他の武器も確認させてもらう。
まあそんな必要もないほどのクオリティだったんだけど。
「出来はどれも素晴らしいです。しかしこれだと気軽に配れませんね」
配る武器の性能がブロンズソードから急にエクスカリバーになっても困るだろう。実際はそこまで極端じゃないにしても。
「そう言うと思ったよ。それについてはこっちを確認してくれ」
と差し出されたのはもうひとつのマジックバッグ。
受け取って中身を取り出してみると長めの片手剣が一本。
「これはなんというか、丁度良いですね……」
「ふぐっ!」
ダメージを受けたのは後ろに立っているお弟子さん。
つまりそういうことなんだろう。
まあ俺が魔法で作った武器の性能をを3、お師匠さんが作った武器を9としたら、彼女の武器は5くらいあるから普通の加治屋としては十分に及第点って感じではあるのだけど。
その前に芸術品レベルの代物を見せられたせいで流石に見劣りするのはしょうがない。
まあこっちも今のうちのダンジョンの階層で配るにもまだ上等かなってくらいの品質はあるんだけどさ。
それに渡されたマジックバッグを確認すると、袋を三つに分けて中身が大量に入っているので出来よりも数優先で仕事したことがわかる。
実際に師匠の試供品よりもずっと数も多いしね。
メジャーな武器は複数打ってあるのもあってダンジョンで配るための配慮もバッチリだわ。




