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039.賢き者と問答

「初めまして。予め言っておきますが、私は迷宮主様の使いであり、主様ではありませんのでご注意ください」


「あら、てっきりあなたが迷宮主だと思ったのだけれど」


「私はただの僕ですね」


ぼくと書いてしもべと呼ぶ。


俺の言葉に、牢屋の中でベッドに腰掛ける彼女は微笑を浮かべた。


囚われの身でありながらその泰然とした姿は、向かい合って座ったこちらがまるで牢屋の中にいるかのような錯覚に陥りそうになる。


眼鏡の奥の柔らかい眼差しとは裏腹に強いプレッシャーを感じつつ、そのドレスから伸びた長い脚に視線を囚われないように意識しつつ質問を始める。


「それでは最初に質問させていただいますが、貴女はギルドとの解放金契約を行っていますね?」


「ええ、ちゃんと金貨3枚払っているわ」


「そうですか。それではこれから質問をさせていただきます。それが終わりましたら明朝までこの部屋でお待ちいただければ解放となりますので自由にしていただいて構いません。よろしいですか?」


「わかったわ」


聞きたいことはいくつかあるけど、それよりも先に基本の質問を済ませてしまおう。




「それでは、質問を始めます」


言いながら、脇のテーブルに置いてあった板と紙を腕に抱える。


「まずお名前は?」


「ハイセリン・グリモア」


「年齢は?」


「女性にそんなことを聞くものじゃないと思うわ」


「聞かれたくなければ捕まらなければ良いのですよ」


俺が反論すると、彼女は変わらず笑顔を浮かべている。こわい。


「27よ」


「性別は?」


「女以外に見えるかしら?」


「見えませんね。職業は?」


「魔術師よ」


「冒険者の等級は?」


「シルバーね」


「シルバー等級の冒険者はどういった魔物と主に戦ってます?」


「最近狩ったのはオーガ、トロール、バンシー、グリフォンなどかしら」


「他にどういった依頼がありますか?」


「要人の護衛、遺跡の調査、希少素材の採集などかしら」


「どういった魔法が使えますか?」


「基本的な属性の魔法、睡眠などの妨害魔法、傷や毒を治癒する魔法、耐性を上げる魔法、魔力を探知する魔法等かしら」


「魔術師と治癒師の両方の魔法を使えるんですね」


「ええ、どちらも魔力によって変化を生む術だからどちらも理論は全く別という訳ではないのよ」


といっても、それが簡単に両立できるならもっと使える冒険者が多いと思うんだよなあ。


「当ダンジョン以外のダンジョンに入ったことはありますか?」


「ええ、ここからずっと南にあるダンジョンね。そこは破滅の迷宮と言われているわ」


「物騒な異名ですね」


「希少な財宝が手に入る代わりに、とても危険な迷宮として数多くの冒険者を破滅させてきたという場所よ」


「貴女は無事だったんですね」


「その場所で採れる希少鉱石を手に入れるために行ったのだけど、中層で目的は達成したからそこで終了にしたのよ」


「ちなみに何層だったんですか?」


「行ったのは21階層まで、確認されているのは43階層までよ」


ほえー、すっごい。


ともあれ、彼女が至極優秀な女性なのはわかった。




それから一通り質問を終え、本題に入る。


「それでは、貴女は『一度ダンジョンを脱出した後、また潜り無抵抗で捕虜となった』となっていますが、これはどういった理由でしょう?」


そう、彼女は一度パーティーで脱出した後に、再びここに戻ってきて捕まったのだ。


まあマジックバッグは仲間に預けたようで、大した没収品はなかったけれど。


「一度、迷宮主と話をしてみたいと思ったのよ。ねえ貴方、今から貴方の主人に会わせてもらえないかしら」


「それは出来かねますね」


「まあそうよね。だったら、貴方から伝わる情報で我慢しておくわ」


それは、あちらからダンジョン側に尋問で流れる情報の話なのか、こちらから会話の中で彼女が得られる情報なのか、判断が難しい。


「しかしそれだけのために金貨3枚を支払ったのですか?」


「ええ、本当は虜囚としてここで数日を過ごしても良かったのだけど、パーティーメンバーに文句を言われたから仕方なくそうしたのよ」


まあ、勝手に捕まって探索できなくなるなら文句の一つも出るだろう。


「その点、解放金契約をしておけば、翌日にはもう探索に戻れるから便利といえば便利ね」


「そうかもしれませんね。そのような目的で契約を使った冒険者は貴女が初めてでしょうが」


金貨3枚はシルバー等級冒険者には大金とは言わずとも端金と捨てられるほど安くもないはずだ。


具体的にはうちでリッチを5人で倒して得られる個人の報酬がそれくらいだし。


「実を言えば私は冒険者というよりも学者の方が本業よ。そして今は、この迷宮の魔法について興味があるわ」


「そうですか、しかし残念ながらそれを教えて差し上げる訳にはいきません」


魔導書に記された迷宮主の魔法は、ダンジョンの生命線といっても過言じゃない。


それを教えてしまえば手の内を全て晒してしまうようなものである。


おそらくそうなれば遠くないうちにダンジョンはすべて攻略され、コアの破壊、もしくは奪取に至るかもしれない。


少なくとも空間を区切っておけば安心、なんてことは言っていられなくなるだろう。


「もちろん教えてくれと言って教えてもらえるとは思っていないわ。だからまずは、私の魔法に関する話を聞いてもらえないかしら」


「その話に対する対価はいかほどになりましょう」


「そうね、もし私の話を聞いて興味が出たなら、お互いの知識を交換するというのはどうかしら? 貴方たちは冒険者を通してギルドと共栄関係にあるでしょう? それなら無理な話じゃないと思うのだけれど」


それは単純に冒険者を通じて行き来する魔石と金品のことなのか、それとも解放金取引に関することなのか。


彼女の表情からは読み取れない。


「使える魔術は既に伝えたわね。それ以外の技能としてエンチャントの鑑定、スクロールの作成もできるわ。むしろスクロールの作成に関しては冒険者よりも本業に近いわね。簡単なものは火球や治癒の魔法、よく作るのは毒の治療などかしら」


まず前提として、スクロールを作成するには自分でその魔法を使うよりもずっと高度な魔法に対する理解が必要になる。


自分の体内で感覚的に行っている処理を、すべて論理的に記述し、それが整合性をもって発動しなければならないからだ。


そして、毒の治癒の魔術自体がシルバー等級以上でなければ使い手がほぼいないような高度な治癒術である。


それだけで、彼女の技量が推察できるだろう。


「エンチャントをご自身で行うことも?」


「ええ、そちらは本業ではないけれど、強度の上昇、切れ味の向上、属性の付与、重量の軽減、使用者の強化あたりは可能よ」


本人は事もなげに言うが、冒険者の実用レベルの使用者の強化などは結構な高等技術のはずである。


しかしまあ、彼女の知識が得られればとても役に立ちそうなのは間違いない。


同時にこちらの知識を渡すのはとても危険な気配がするから困ったものだね。


「そういえば、そちらの眼鏡とドレスも魔力が付与されていますね」


「ええ、これも没収されてしまうのかしら」


んー、本当は没収なんだけど脱がすと裸になっちゃうのよね。


今まで服装自体に価値があるというケースが無かったから細かく決めてなかった。


鎧とかマントなら脱がしても大抵中に服着てるしね。


まあぶっちゃけ相手が男なら気にしないんだけど。


あと自分で捕まりに来た相手にそこまでする必要あるかなって部分もある。


単純にノーコストで尋問+金貨3枚で丸儲けだし。


正直普通に捕まえた相手ならテキトーなローブを一枚渡してエンチャント装備は没収するのが妥当かなって所なんだけど……。


「んー、流石にそのドレスを没収されたら困りますよね」


「そうね、もしそうなったら私は裸のまま街まで帰ることになってしまうわ」


流石にこの状況で没収するなら普通の服くらいは渡しますけどね。


「それでは、没収しない代わりに一つ条件を聞いてもらいましょうか」


「あまり難しいことを言われても困るわよ」


「大丈夫ですよ、簡単なことなので」


困るといいつつ全然困ってそうな顔をしてないんですけどね。




ということで交渉は成立し、今日の尋問で聞くこともなくなったのでこれで退散することにする。


その様子を見て、彼女が最後に口を開いた。


「私はまだこのダンジョンに挑戦する予定よ。当然それ以外の時間も王都に滞在しているわ。だからもし私に用があれば泊っている宿を訪ねて来て頂戴。いつでも歓迎するわ」


彼女から宿の名前が伝えられる。


まあ行く予定はないけれど。


そのまま俺が座っていた椅子から腰を上げると、彼女がもうひとつ、と付け加える。


「それでは迷宮主と、そのパートナーによろしくと伝えておいて頂戴」


「ええ、伝えさせていただきます」


ルビィの情報を持っているのはごく一部。


それの情報を持っている人間から伝え聞いたのか、それともダンジョンを観察して察したのか。


どちらにしてもとても厄介な相手に間違いない。


そのまま独房を出て部屋に戻る途中でちょっと頭が痛くなってきた。




「しかし久しぶりに、どうやっても頭の出来じゃ敵わないって人間と会ったなあ」


遠隔人形の安置部屋に入ってから、思わず独り言が漏れた。


あっちの世界じゃそんなの試験の度に実感していたけど、こっちに来てからはそもそも人との接点を可能な限り減らしていたから久しぶりの感覚だ。


出来ればもう関わりたくはないんだけど、そういう訳にもいかない予感を今からひしひしと感じている。


まあ個人の知恵比べで勝てなくても、俺とルビィの二人分の知恵と、迷宮主という大きなアドバンテージがあるから手詰まりでも詰みでもないんだけどさ。


俺より賢い人間がこの世界に沢山いることは最初からわかってたしね。


ともあれ、一先ずはルビィに癒されよう。


ということで、俺はルビィの待っているコアルームでゆっくりするために、遠隔人形の接続を切った。

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