036.トラブル
10階を開放してからしばらくして、ダンジョン経営は順調に進んでいた。
あれからシルバー等級の冒険者が数日に一度訪れては、10層でバトって帰るのを繰り返している。
その度に結構な収入になるのでありがたいんだけど、その評判を聞いて突貫してきたアイアン等級の冒険者が無事に全滅して捕虜となりました。
まあ等級で帰すかどうかを選んでるわけじゃないんだけど、純粋に実力不足だったので残念。
おかげで10階層で全滅しても死にはしないって解放された彼らからギルドと冒険者たちに伝わっただろうから役には立ってくれたけどね。
本当はシルバー等級の冒険者を捕まえて普段の依頼とか経歴とか聞いてみたくはあるんだけど、気分で捕まえる実力の範囲を変えるのもアンフェアかなと思って今はそのままにしている。
まあ実力はある程度測れてるし、これだけでも十分有用だけど。
ともあれ、11階層は当然10階層攻略者が入れる階層になる予定なので、またいい感じに調整しないとかな。
具体的に言うと、シルバー等級がいい感じにバトれる戦力と潜りたくなるような報酬、あとはぐるっと回ってボス部屋を経由しなくても10階の入り口に戻れる仕組みとか。
そう考えると、自然とスケルトンは選考外になるかな。
「ルビィ、ちょっといい~?」
「どうなさいました、主様」
「ちょっと新しい魔物選びたいんだけど手伝ってくれる?」
「かしこまりましたわ」
というわけでルビィと次になにを召喚するか相談していく。
ソファに並んで座って魔導書を見てると、なんだかネットショッピングしてるみたいだ。
ルビィと一緒なら楽しいからいいけど。
「これでしたら、通路も以前より広くした方が良いかもしれませんわね」
「あー、そうだね。そっちの方が長物も振り回しやすいだろうし」
大きな魔物が戦うなら通路は広いほうがつっかえたりしない方が良いし、そうすれば9階層までだと使いづらい槍とか両手剣とかも戦いやすくなる。
そもそも今までは基本スケルトンしか戦わないのと、冒険者がバッティングしない為の配慮も兼ねてたんだけど、10階層を越えれば人口密度も自然とスカスカになるだろうしね。
「んじゃ10階層は新しい魔物のお披露目で、マップに工夫はしなくていいかな」
「それでよろしいかと思われますわ、主様」
なんて話をしていると、不意にダンジョンの上層で変な動きをしている冒険者に気付いた。
「主様」
「うん、そうだね。ちょっと行ってくるわ」
ということで遠隔人形に乗り換えて銀色の仮面を被り、そのまま転送陣を使って一階へ。
他にスケルトンといくつかの魔物を集めて目的地へと向かう。
そのすぐ近くまで行ったところで、聞こえたのは女性の悲鳴。
角を曲がり現場に到着すると、その悲鳴の主が三人の男に襲われそうになっていた。
「なんだテメエ!」
スケルトンを伴った複数の足音に、女性を囲んでいた男たちがこちらへと視線を向ける。
「武器を捨て、その場に腹ばいになれ。抵抗すれば殺す」
という俺の警告も空しく、男たちは武器を構え、そのうちの一人は女性を盾にしようと動く。
その動作に合わせて、スケルトンたちの更に後ろからついてきていたうさぎさんがぴょんと跳ねる。
人の頭の高さまで跳び、そのまま壁を力強く蹴ったうさぎさんが弾丸のように男たちの間をすり抜けると同時に、その長く鋭い耳に撫でられた首が三つ、空中に飛んだ。
天井近くまで飛んだその首がゴトリと地面に落ちると同時に、胴体の方も糸の切れた人形のように倒れる。
ちなみに女性は無事ね。
「お疲れ様」
そのままぴょんぴょんと戻ってきたうさぎさんの頭を撫で、血で汚れた耳に浄化の魔法を使ってあげてから自分の頭にのせた。
「さて、それでは。ご無事ですか?」
突然の事態に呆然としている女性へと手を差し伸べる。
そのまま流されるように握られた手を引いて立ち上がるのを支え、彼女自身へと浄化の魔法を使うと跳ねた血で汚れた姿がすぐに綺麗になった。
必要な事態だったとはいえ、血塗れにしてしまったのは心苦しかったので迅速に元通りにできてよかった。
改めて確認すると、その女性は若く容姿も整っているので、人を襲うことを目的としている男たちからは絶好の獲物だったのかもしれない。
「もう危険はありませんのでご安心を。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「ヌアーラです……」
「ヌアーラ様ですね。私はこのダンジョンの主に仕えている物です。ジャックとお呼びください」
という設定。
ここで笑顔のひとつでもプレゼントできれば安心させられたかもしれないけれど、残念ながら仮面を被っているのでそれはできなかった。
「ヌアーラ様はダンジョンへはお一人で参られたのですか?」
「はい、そうです……。ここならブロンズ冒険者でも稼ぐことができると聞いたので……」
「確かにブロンズ等級の冒険者様も当ダンジョンにはいらっしゃいますが、流石にお一人での探索は珍しいですね」
「それはその……、私とパーティーを組んでくれる人がいなくて……」
美人なのに、と思ったけど冒険者に容姿は関係ないか。
いや、関係なくはないけど美人なら即採用ともいかないんだろう。
「なるほど。失礼ですがギルド証を確認させていただいてもよろしいですか? 一応冒険者以外の方の立ち入りは禁止させていただいておりますので」
「わかりました」
と差し出されたギルド証は、確かにブロンズ等級のもの。
「ご提示感謝いたします。それではもう一つ確認させていただきますが、この者たちの中に知っている相手はいますか?」
と言いつつ首が転がった死体を確認させるのもかわいそうなので、スケルトンが死体から回収したギルド証から名前を確認する。
「知らない相手です……」
なら人間関係のトラブルが原因じゃないかな。
彼女が本当のことを言ってればだけど。
「わかりました。それではお望みでしたら外まで安全にお送りいたしますがどうなさいますか?」
俺の提案に彼女が頷くのでそのまま先導して出口まで歩く。
スケルトンは流石にぞろぞろ並んで歩いてたら目立つので各自元の場所に戻ってもらったけど、俺の頭の上のうさぎさんはそのままだ。
正直スケルトン100体よりもうさぎさんの方が戦闘力あるしね。
俺? 俺はそういう担当じゃないから……。
なんてことを心の中で思いながらすぐに出口へとたどり着く。
ここまでくればあとは王都まで徒歩ですぐだ。外もまだ明るいし危険もない。
かくいう俺は銀仮面がかなり悪目立ちしてるけど、ここに来る冒険者のいくらかは独房でこの姿と会話してるから変に絡まれたりもしないだろう。
つーか絡んできたらうさぎさんにお願いする。
うさぎさんが本気で跳ねると同時に俺の頭が反動で吹っ飛ぶだろうけどそれはともかく。
「それではここまでくれば問題ありませんね」
「はい、あの、ありがとうございました」
助けた彼女があらためて、こちらにお辞儀をして礼を言う。
うーん、人助けって良いものですね。なおその場で起きた惨劇は見なかったものとする。
「いえいえ、冒険者様の身の安全を守るのが第一ですから。ですが、あそこで起きたことを貴女様が気に病むことはございません。あれらは貴女様がいなくても他の冒険者様に同じことをしていたでしょうし、私はその方を守り、ひいてはダンジョンの安寧のために治安の維持を行なっただけですので」
自分のせいで人が死んだと彼女に思わせるのはこちらにとってもメリットがないし、実際他の冒険者の命が危なければダンジョンの為に俺は同じ選択をしたのは間違いない。
なので彼女は不幸にもグロ現場を見せられた純粋な被害者でしかないのだ。
ということで頷いて納得してくれた彼女へのアフターケアも完了。
「さて、それでは最後にひとつお頼みしたいことがあります。このまま王都に戻りましたら、ギルドへと今回の事の顛末を報告していただきたいのです。お願いできますか?」
「わかりました」
頷いてくれた彼女はきっと約束を守ってくれるだろう。タブンネ。
「感謝いたします。それでは道中お気をつけて」
一度お互いに礼をしてから、彼女を見送り俺も動き出す。
とりあえず、ルビィに念話。
『それじゃ、ルビィ。俺もちょっと出掛けてくるね』
『わたくしもご一緒いたしますか?』
『いや、一人で大丈夫かな。ルビィは予定通り監視をよろしく』
『かしこまりました。お気をつけてくださいませ、主様』
『うん、なにかお土産買ってくるね』
ということで俺は王都へと向かった。
まあ銀仮面のままだと100%不審者だから一回ダンジョンには戻ったんだけど。




