034.ボス戦の後始末
「お疲れさま、良い仕事だったよ」
ここはコアルーム。シルバー冒険者一行が帰り道に着いたのを確認してから、戻ってきたリッチに声をかける。
『恐れ多きお言葉です。これも迷宮主様のお力があればこそかと』
そう、俺も彼らの戦いを覗きながら、俯瞰視点で斥候の奇襲を教えたりしてたのよね。
呼び出した魔物とは契約で繋がってるからテレパシーみたいなことも出来るのでジッサイ便利。
「まあ無くても普通に勝てたと思うけどね」
通常ならゴールド等級と互角に戦うリッチに助力なんて必要ないんだけど、可能な限り相手を殺さないっていう枷があったから一応手伝った感じ。
「しかし強かったねえ、シルバー冒険者」
『もしまた訪れた場合には、私が必ずや撃退してみせましょう』
「うん、頼りにしてるね。他にもあれくらいの実力の冒険者達が来たら良い感じに戦った後宝箱渡しちゃって。その代わり、実力が見劣りするようならサクッと全員戦闘不能にして捕まえちゃっていいよ」
リッチくんは多芸なので、一通りボコったら睡眠や麻痺入れるのも一人で出来たりする。ぐう有能。
「それじゃあ十分に休んでもらって、そのあとはスケルトンの補充よろしくね。もし10階に到達しそうな冒険者が来たらまた声をかけるから」
『畏まりました、迷宮主様』
恭しく頭を下げると、リッチが空間の歪みへと消えていく。
と言っても今はまた10階に戻ってるんだけど。
このまま意思を持った魔物が増えたら、コアルームの他に待機部屋でも作ったほうが良いかなー。
つーかリッチくん、上位アンデッドだけあってスケルトンを復活させる作業ができるんだよね。凄い。凄くない?
そんなことを思っていると、ルビィが自室からコアルームへと戻ってくる。
別にルビィとリッチが不仲な訳ではなく、ルビィには別の仕事を頼んでたからなんだけどね。
「お疲れルビィ、今回の戦闘の結果はどうだった?」
「はい、主様。リッチとシルバー等級冒険者一行の戦闘で得られた魔力は2万ほどとなりますわ」
「すっご、大収穫じゃん」
「そうですわね。持ち出された魔石と差し引きしても大幅な黒字ですわ。これも10階層の魔物にリッチを選ばれた主様の手腕かと」
「ありがと、半分は選ぶのを手伝ってくれたルビィのおかげだよ」
実体の無いアンデッドのリッチがほどほどに戦ったあとにシルバー冒険者を返却するおかげで、こっちは回収した魔力分丸儲けだ。
リッチ自身の魔力は休んでれば自然と回復していくしね。
「それじゃあ折角だし、ここまでの収支もまとめておこうか」
「かしこまりましたわ、主様」
と頷いたルビィが資料を確認する。
「階層は10層まで拡張され消費した魔力合計は54万。戦力はスケルトンが300体、スケルトンメイジが50体、スライムが30匹、ゴーレムが10体、リッチが1体。他に梟が1羽、うさぎさんが1匹、治癒人形が10体、遠隔人形が2体。召喚に使った魔力が合計で34万ほどとなりますわ」
「ゴーレムは素材を用意した上で組み込む術式を自分で構築すると直接召喚するよりも節約できてコスパが良かったね」
「そうですわね。消費魔力は更に魔石生成で20万ほど、その他ダンジョン増築、スケルトン復活等含め、合計で110万ほどの消費となっております。それに対して現在コアに蓄えられている魔力は10万ほど。昨日の時点での一日分の魔力回収量は5万ほどとなりますわ」
「思えば随分遠くまで来たねえ」
「そうですわね」
初日の魔力回収量と比べると、かなり成長した感がある。
まあ100階層目指すならまだ先は長いけど。
「ともあれ、一段落したら次はまた11階層以降を考えないと。ルビィもよろしくね」
「かしこまりましたわ、主様」
恭しく頭を下げるルビィは今日もとても頼もしい。
☆
エドガー一行がダンジョン入り口での手荒い歓迎をあしらってから、王都まですぐに戻ってギルドに直行する。
まあその過程でダンジョンに居合わせた冒険者達に一杯奢る約束をさせられたのだがそれはともかく。
受付で職員の女性に声をかけ、そのまま三階の部屋に通された一行は全員で椅子に腰掛けた。
「全員無事だったか」
対面するのは椅子に腰掛けたギルドマスターのドランドと隣に控えるサブマスターのエレナ。
「ええ、かなりキツイ仕事でしたけどね」
「なるほど、報告を聞こうか」
ドランドとエドガーが向かい合って、報告を始める。
「9階までは冒険者の噂通り、特に問題になるような部分はありませんね。10階は大きな広間となっていて、そこにはリッチが現れました」
「リッチか……。よく勝てたな」
「勝てたと言うには厳しい内容でしたけどね。しばらく互角の戦いが続き、こちらが息切れをする前にリッチが撤退したので」
「倒したわけではないのか」
「ええ、俺たちの実力を認めると言って撤退し、そこには報酬が残されていました。奥には扉がもう一つあり、そこを越えるなら次は本気で相手をすると言っていました。あそこを越えれば、今度こそ本当に命の保証はないでしょう」
「そうか。報酬は確認させてもらってもいいか?」
「わかりました、キュリウス、頼む」
エドガーが声をかけると、マジックバッグを持ったキュリウスと控えていたサブマスターのエレナが確認を始める。
「それとこれが」
「これは?」
差し出されたのは10階攻略を証明するプレート。
「名前を聞かれた後、これが全員分残されました。おそらく攻略の証明と、その順番が刻まれているかと。同時に、入り口にも10階の攻略者として俺たちの名前が書かれていました」
「それはまた……」
人を煽るのが上手い、とドランドが心の中で声を漏らす。
10階の報酬とこのプレートの存在が知れれば、そこを目指す冒険者は更に増えるだろう。
せめてリッチに敗北しても無事が確認できればもう少し安心できるのだが、とドランドは思うがそれもまた難しい話である。
いずれにしろ、誰かが再びダンジョンの10階を攻略しに行くのを待つしかないだろう。
「一つ聞いておきたい、君たちにまた10階に行く気はあるか?」
「いえ、ダンジョンに最初に書かれた文字には『最初に攻略した者には大きな富を与える』とありました。そしてそれは俺たちが10階を攻略した後には消されています。なので二番目以降の報酬を確認するまでは再挑戦するつもりはありません」
「そうか、それが賢明かもしれんな」
もう十分な報酬を手に入れたのだから、そのあとの確認は他の物に任せればいい。
それに、二度目の討伐が同じようにある程度戦った後のリッチの撤退で終わってくれるという保証もないのであれば尚更だった。
「ギルドマスター、戦利品の確認完了しました」
「ご苦労。どうだった?」
「おそらく、価値にして金貨200枚を越えるほどかと。更に今まで発見されていなかった属性付きの魔石と付呪付きの装備が有りましたので、また冒険者の探索が加熱すると推測されます」
「はあ、ほどほどにしてほしいんだがね」
魔石が生み出せるなら属性付きの魔石が生み出せることは予想できたし、エンチャント付きの装備がダンジョンから発掘されるという話も前例があったので覚悟はしていた。
冒険者の稼ぎが増えること自体は回り回ってギルドの利益にもなるので歓迎だが、それが性急すぎれば問題が増えるのは目に見えている。
まあトラブルがダンジョンにまで普及するほどにはならないように、迷宮側で調整されるのではないかと予想できる分だけまだマシだが、とドランドがため息を漏らした。
「それではこの報酬は君たちの物としてもらって問題ない。ただ、一部の魔石の買取交渉と装備の鑑定はさせてもらいたいがいいかな?」
「ええ、それは問題ありませんよ」
「それではその手続は後でするとして、エレナくん」
「はい」
頷いた彼女がテーブルに置いたのは革袋とマジックバッグ。
「こちらが今回の依頼の報酬、こちらが契約で預かっていたパーティーメンバーの私財一式だ。確認してくれ」
革袋の中には金貨が20枚。ダンジョンで得た財宝と比べると見劣りするが、これでもシルバー等級の依頼の報酬としては十分な金額である。
そもそもダンジョンで得られる報酬と、私財を預かることで保障するという契約の追加条項を加味すれば、冒険者としてダンジョンに潜って帰ってこれれば更に金貨20枚貰えるという追加報酬のようなものなのでエドガー一行としては文句もなかった。
「それでは最後に君たちに聞いておきたい。もしギルドがダンジョンを攻めると決めたらそれが可能かと思うかね?」
「そうですね……」
一旦言葉を切ったエドガーが、思案してから話を繋げる。
「リッチが最高戦力なら倒すことは出来るでしょう。追加でゴーレムが複数いても、王都の冒険者を全員動員するなら余裕です。ただ……」
「ただ?」
「ダンジョンの強さは罠と地形を十分に使えることです。もし地形的に分断されればコア奪取や破壊は難しいかと」
「そうか……」
現状、実際にギルドがダンジョンを攻め込むという予定はない。
ダンジョンと冒険者、ギルド間である意味の利益を享受する状況が生まれている。
更にダンジョン側で外に侵攻して驚異になるほどの戦力はないという状況はギルド側としても望ましい。
しかしそれでも、大きな力を持つ相手がいるならば対策をしなければいけない。
それがこれから更に力を伸ばしていくと推測できるなら尚更である。
「なにか対策を考えておかんといかんな」
エドガーたちが退出し、ひとり残った部屋でドランドがそう呟く。
現状が維持されるならそれが一番好ましい。
しかしその希望観測に命を預けることは出来ないことを、彼は組織を預かるものとして強く認識していた。




