033.10F
「ここか……」
10階への階段を下りきると、一旦開けた部屋が広がっている。
そして階段と対面の壁には大きな扉。
更に壁にはご丁寧に1階にあった警告文と同じものが刻まれている。
ここまで大したトラブルもなく、順調に進んできたエドガー一行はまだ十分に残った体力でその扉に相対していた。
「行くぞ」
一通りの準備を終え万全の体制を整えてから、リーダーのエドガーが確認し、全員が頷く。
そして扉に手をかけると、背丈の倍もあるはずのそれはほとんど重さを感じないように開いた。
部屋の中はそれまでのダンジョンと打って変わって明るく、そして空間も大きく開けている。
大型の魔物を相手に立ち回っても十分に余裕な広さのあるその広間の奥には祭壇が一つ。
エドガー一行が警戒しながらも前に進むと祭壇の上の空間が歪み、一つの影が現れた。
空中に佇むそれは、刺繍の入ったローブを纏い、右手には禍々しく長い杖、頭上には冠を備えたそれは、骸骨の身体を持ちながらも威圧感を示している。
「リッチ……」
そう呼ばれた魔物は上位のアンデッド。
本来なら討伐にはゴールド等級以上の冒険者が選ばれる大物である。
『我が領域を侵し財宝を持ち帰らんとする者に相応しい罰を』
脳内に響く恐ろしい声と共にエドガーたち背後の扉が閉じた。
全員が警戒に神経を研ぎ澄ませる。
それと同時にリッチが杖をかざすと、凍てつく冷気が放たれた。
『火球』
『光の壁よ』
並んで放たれたオットートとカニーナの魔法で、爆炎で冷気を相殺しつつ味方の魔法への耐性を上昇させる。
それと同時に火球を回り込むように左右に分かれたエドガーとウレラが攻撃を仕掛けた。
通常、リッチへ物理攻撃は通用しない。
しかし先に剣を振ったエドガーの一閃は、炎の軌跡を伴い回避を試みたリッチの魔力を削り取る。
それはエドガーの魔法ではなく、武器に秘められた効果によるもの。
剣に埋め込まれた火の魔石を通して生み出されるそれは、使用者本人の魔力によって下位の冒険者では成しえないような高熱を伴っている。
「やあっ!」
反対から飛び上がったウレラの構えから打ち出された拳は一呼吸に三発。
拳闘士特有の魔力の篭ったその拳は、リッチの杖による防御を超えて本体の魔力を穿つ。
並みの魔物ならそれだけで致命傷に至る攻撃を受け止め、リッチは削られたシルエットを復元しつつ、それをものともせず反撃に転じる。
リッチが杖を振ると空間に魔力が満たされ、それが広範囲に爆発を生み出す。
更に最初に見せた冷気の放出の予兆を見せると、飛び退いて退避していたエドガーの声が響く。
「オットート!」
「わかってますよ! 『水霧』」
魔力を伴う高濃度の水の霧が生成される。
放出された冷気はその水のカーテンに吸い込まれ、地上に氷の粒が落ちる音と共に効力を失った。
「はぁっ!」
エドガーの再びの一撃と、続くウレラの追撃を、今度はリッチが魔力を込めた杖によって完全に受け流す。
そのままリッチが魔力を放出し二人を同時に吹き飛ばすと、杖を背後に向けた。
「くそっ!」
「キュリウスさん!」
杖から放たれた火球の爆炎が、気配を消して奇襲を狙っていたキュリウスの片腕を焼いた。
「こっちは大丈夫だ!」
治癒魔法をかけるために駆け寄ろうとしたカニーナを、キュリウスがポーションを取り出しながら制止した。
そしてポーションを一気に飲み干すと右手の火傷がみるみるうちに癒され機能を回復する。
そこから何度かキュリウスが奇襲を試みるが上手くいかず、エドガーとウレラの攻撃も決定打を欠き、リッチの膨大な魔力によってジリジリと形勢が傾いていく。
息の詰まるような攻防。
明確な実体を持たず、魔力が続く限りその姿を復元するリッチは一息に斬り伏せる事ができない彼らにとって終わらない悪夢のような存在だった。
そしてエドガーたち一行の魔力の底が見えてきたタイミングで、形勢が大きく動く。
リッチが何度目かの冷気を放出する気配を見せて、それに合わせてエドガーが距離を保ったまま剣を振るう。
ひと際大きな火炎が繰り出され、それに冷気が相殺された向こうからウレラが飛び出した。
火炎をかき分けるように現れた彼女はカニーナの魔法によって耐久力と耐性の向上を重ねてかけられ、一般人なら一瞬で大怪我をするような熱気と冷気を抜けてなお気迫十分に拳を構える。
炎の幕から現れたその姿にリッチが迎え撃つ体勢を整える前に放たれた拳は三つ。
その全てが大きくリッチの姿に穴をあけた。
「やったかっ!?」
響いた声と共にリッチの姿が虚空に吸い込まれ、そして祭壇の上の空間が歪み再び出現する。
距離が開き、再び身構える冒険者一行を空中から見下ろしたリッチの声が空間に響いた。
『見事だ、貴様らの力に敬意を表し、褒美を与えよう』
リッチの言葉とともに、光を伴って一つの宝箱が祭壇の前に現れる。
『最後に、貴様らの名前を聞いておこう』
そんな問いかけに困惑する冒険者一行だったが、そのまま放置していても話が進まない気配を感じ不承不承に答えた。
「エドガー」
「オットート」
「カニーナ」
「……キュリウス」
「ウレラっス!」
『よかろう、財宝は貴様らの物だ』
宣言したリッチの気配が急激に遠ざかっていく。
「逃げるのか?」
『我との再戦を望むならば、奥の扉を開け前に進むが良い。さすれば、次は全力で相手をしよう』
その言葉を最後に、リッチの気配が完全に部屋から消え失せる。
一行はそれを確認してからもしばらくは警戒を続け、広間が長い静寂に包まれたのちにやっと息を吐いた。
「強かったっスねー、リッチ」
「あれでまだ本気じゃなかったとは恐ろしいですね」
「とにかく、箱の中身を確認するか」
エドガーの言葉に、キュリウスが頷いて宝箱へと近づく。
「罠は無いな。鍵もかかっていない」
「それじゃあ開けてくれ」
「ああ」
手をかけられて開けられた宝箱の中身に、それを囲んで覗き込んだ一行から思わず声が漏れた。
中で目を引くのはまず魔石。
無垢の物だけではなく、ダンジョンでは今まで産出していない属性付きの物まで山盛りだ。
そして金塊と銀塊。なぜかうさぎをかたどっているのか不明だがこれだけでもそこそこの価値になるのがわかる。
そして最後に装備。一つは拳から肘の近くまで覆うような手甲、もう一つは白いローブが入っていた。
鑑定してみなければ効果はわからないが、そのどちらにも魔力が込められているのようでその効果には期待が高まる。
価値にして金貨200枚を超えるくらいだろうか。5人で分けても一人当たり金貨40枚相当。
これはシルバー等級の冒険者の稼ぎをもってしても大金だ。
それを確認すると同時に、キュリウスが祭壇の上に物が置いてあることに気づいた。
「これは?」
そこにあるのはチェーンに通された金のプレートが5枚。
1枚を確認すると、そこにはエドガーの名前とともに【-10- No.001】とこの国の文字で刻まれている。
そしてプレートには見たこともないようなカットのルビーが埋め込まれ、それが貫通している裏面を見ると丁度刻印されたうさぎの姿の瞳の部分にルビーが配置されていた。
「なんっスかねこれ?」
「名前と違って書いてある数字は全部一緒だな」
「おそらく10階の、一番目の攻略者ということでしょうか?」
「そう言われれば理屈は通るが、今度はなんでこんなもの配ったのかがわからんな」
配布者の意図が謎、という一点でそのプレートには謎が残ったが、とはいえ別段あって困るものでもないので全員で受け取っておいた。
「それで、あっちはどうするっスか?」
ウレラが指摘したのは奥の扉。
「流石にやめとこう。誰か異論はあるか?」
リーダーのエドガーが全員の顔を見回すが、意見を言う者は一人もいない。
そもそも先ほどの戦闘も、あのまま続けていれば勝てるかは非常に怪しかったと全員が肌で感じていた。
次は本気と言われれば、更に厳しい戦いになるのは想像に難くない。
その本気を見てみたいという冒険者の性が無いかと問われれば嘘になるが、自分の命とこの報酬を天秤にかけてまでその戦いを望む者は流石にいなかった。
「それじゃあ、準備が整ったら道を戻ろう。全員帰り道も油断しないようにな」
返事をした彼らは少しの休憩を挟んでから帰り道に着いた。
それからしばらくの時間を要し、一行が無事1階までたどり着き、ダンジョンを抜ける直前に予想外の事態に迎えられた。
「おお、帰ってきやがったぞ!」
出口周辺で、声をかけてきたのはエドガーも顔見知りの冒険者。
そこからわらわらとゾンビのように冒険者が集まってきてさほど広くない通路で取り囲まれてしまう。
「10階攻略したんだろ!? お宝はどうだった!?」
「中はどうなってたの? やっぱりドラゴンとかいた?」
「命の保証はないって言われてたのに、全員無事とかすげーじゃねーか!」
予想外の歓迎に、エドガーが戸惑いの声を上げる。
「ちょっと待った! なんで俺たちが10階攻略したこと知ってるんだ!」
「そりゃおめえ、これだよ」
連れ込まれたのは入口すぐ隣の大部屋。
10階に関する文言が刻まれていたその壁からは、古い文字が消えかわりに新しい文字が刻まれていた。
『10の階層を攻略した者の力と勇気をここに称える』
【エドガー】
【オットート】
【カニーナ】
【キュリウス】
【ウレラ】
それはエドガーたち一行が10階を攻略した証。
その刻まれた文字を見た一行は、同時に祭壇にあったプレートの意味を理解した。
つまりそれは『冒険者がどれだけ早く攻略できたかを示すと同時に、冒険者の競争心を煽り立てる広告塔』に利用されたのだと。




