030.銀のうさぎさんと金のうさぎさん
「よいしょ」
コアルームの椅子に座り、右手にできたうさぎさんを目の前のテーブルに置く。
造形は饅頭に近い形の胴体に長い耳と赤い目をつけたような簡単な物。
左から、銀貨5枚、銀貨10枚、銀貨20枚を素材に生成した置物が並んでいる。
それぞれビー玉、ピンポン玉、テニスボールくらいの大きさかな。
銀の純度も上げて、文字通り白銀に光り輝くそれは生成魔法で作り上げた物だ。
「出来は如何ですか、主様」
「結構良い感じだと思うよ」
造形自体はシンプルなものだけど、いっそこれくらいの方が素朴でかわいいんじゃないかなと勝手に思っている。
「ルビィ的にはどう?」
「ええ、可愛らしいと思いますわ」
それならよかった。
なんて話していると、本物のうさぎさんがぴょんぴょんと跳ねて、そのまま俺の頭に乗る。
「よしよし」
そのまま撫でてあげると、きゅっきゅっと気持ちよさそうに鳴いていた。かわいい。
ちなみにこれは、当ダンジョンにマスコットを作る計画の第一歩である。
こうやって可愛い動物のアピールをすれば、女子にウケて男子がそれをプレゼントしようと頑張って取りに来るという完ぺきな作戦だ。まあ冗談だけど。
ともあれ、こうして存在感をアピールしてあわよくば付加価値を創造したいという思惑はある。
「あと普通に金貨とか銀貨配ってもつまらないしね」
「つまらない、ですか?」
「そうそう、普通に銀貨を手に入れたらそのまま使って終わりだけど、こうしてうさぎさんにして配れば一旦買取商を挟むから存在感があるでしょ?」
まあ銀貨10枚分の銀が銀貨10枚で買い取ってもらえはしないだろうから、その分冒険者はいくらか損をすることになるだろうけど。
とはいえそもそも冒険者の稼ぎは魔石がメインだからさほど問題ない。
「ルビィもやってみる?」
「ですがわたくしは生成魔法は使えませんわ」
たしかに。
「それじゃあこれで」
言って取り出したのは紙とペン。
つまりイラストを元に俺が生成魔法を使うって話ね。
「わたくしでよろしいのですか?」
「アイデアっていうのはいくらあってもいいからね。一人よりも二人の方が有利なのは間違いないよ」
「かしこまりましたわ」
紙とペンを受け取ったルビィがテーブルに前かがみになって悩み始める。
その恰好が谷間が強調されているとかそういう話はともかく、俺もサボらずにアイディアを出そう。
ちなみにペンは木炭で生成したものね。紙も木材生成だし木万能説が凄い。
まあ俺は直接生成した方が早いんだけど、ということで銀貨5枚で二本足で上半身を起こしているうさぎを生成してみる。
ちょっと高い位置の餌の匂いを確認しているポーズみたいになった。
うーん、造形を細かくするとマスコット感が薄れるかなあ。
文鎮もといペーパーウェイトに丁度よさそうなデザインではあるけど、この世界で紙を使う職業の人間の女子比率はそんなに高くなさそうだし。
そこまで考えて、今度はペンダントトップのデザインに切り替えてみる。
作った二足歩行のうさぎさんを横から見て平面に落とし込んだようなデザインに加工すると、ペンダント、もしくはブレスレットの先につけても違和感ないようなデザインができた。
この世界の人にウケるかはわからないけどねえー。そもそも元の世界でもこれがウケるかと言われたら保証できないけど。
この前渡したギルドの職員さんに感想聞いとけばよかった。
でもデザイン気に入らなくても、正面からクソダセエ!とは流石に言われないか。
んー。これくらいの時代だと装飾品はデカい宝石を飾るような細工ってイメージしかないな。
買取商の店員さんにでも感想聞きに行こうかなー。
そんなことを考えているとルビィがペンを置いて顔をあげる。
「できましたわ、主様」
「それじゃあ拝見」
半回転された紙を受けとってそれを確認。
一枚目には、体を丸めて身を伏せているうさぎさん。
「猫はこたつで丸くなるって感じのイラストだね」
「こたつ、ですか?」
「こたつっていうのはゆっくり出来る暖房器具かな」
こっちの世界にもコタツほしいなー。
まあ正直言えばダンジョンの中は基本的にいつでも快適なんだけど。そんなことはどうでもいいからこたつでルビィといちゃつきたい。
なんて話はともかく。
ルビィのデザインは、猫よりも身体が短い分真ん丸さで負けるけど、素朴な絵柄も相まってこれはこれでかわいらしい。
絵本にしたら売れそう。
せっかくなのでそのままイラストを元に金貨5枚を握って生成魔法を使ってみる。
手の中に生まれたそれは、棚の上に並べて幸せな気分になりたい感じだ。
あと金色ってなんか幸運に恵まれそうな感じもするよね。
そこに目の代わりにカットしたルビーを埋め込めば完成。
ルビーはこの前お店で買ってきたやつね。
同じ質量の素材を用意すればほぼタダみたいな魔力で一個の宝石に再生成できるの便利すぎてヤバい。
まあでも実際これくらいの利便性がなければダンジョン運営なんて面倒くさすぎてすぐ嫌になりそうだけどさ。
「良い感じだね、デザインした本人的にはどう?」
「自分で考えたものが実物になると、少し不思議な気分になりますわね」
「そうかもね。それじゃこれも量産して配ろうか」
「ですが主様、認知度を上げるには最初はあまり種類を増やさない方がよろしいかと」
「あー、確かにそうかもね」
わかりやすく印象に残したいならデザインを一本化するっていうのは大事だ。
マスコットキャラクターとかでも基本は1体だもんね。
「それじゃあコンペでもしよっか、と思ったけど二人しかいないからアレか」
選ぶにしてもルビィと二人しかいないから客観的な意見は望むべくもない。
「ちなみにルビィはどっちの方がいいと思う?」
「そうですわね、やはりわたくしは主様のデザインの方がわかりやすくてよろしいかと」
「俺はルビィのデザインの方がいいかなー」
ということで多数決は一対一。二人しかいないとこういう時不便ね。まあ三人目が欲しいかと言われれば全然欲しくないけど。
「んじゃ、うさぎさんに選んでもらおっか」
「うさぎさんに、ですか?」
「うん、こうやって」
一旦テーブルを片付けてから左右にそれぞれ銀貨20枚を握って、右手に俺のデザインを、左手にルビィのデザインを生成する。
それをテーブルに置き、頭の上からうさぎさんを下ろして膝の上に乗せる。
「どっちがいい?」
聞きながらその毛並みを指先でマッサージするように撫でると、うさぎさんはきゅっと短く一鳴きしてからぴょんとジャンプしてルビィのデザインの方に鼻先を当てた。
「んじゃルビィの方に決定だね」
「確認させていただきますが、主様が命じたわけではありませんわよね?」
「不正はなかった」
いや、本当にね。
召喚した魔物や動物にはある程度命令をすることができるんだけど、今回は本当になにもしていない。
「しかし主様、このような方法で決めてしまってもよろしいのですか?」
「んー、意見が一対一で割れてるから本質的にはどっちでも良いと思うんだよね。もし、ルビィにこっちの方が良いって意見があれば聞くけど」
「……、少し考えさせてくださいませ」
「ふふっ、うん、わかった。まああとからまた別の案が出てくるかもしれないし一通り考えてから正式に決めよっか」
「はい、主様」
正式に決めるなら案が出揃ってからの方が効率いいのは間違いないしね。
「ところで、ルビィはこういうのはどう思う?」
言いながらルビィに見せるのはうさぎのペンダントトップのついたネックレス。
「女性には人気が出るかと思いますわ」
うーん、反応が薄い。
個人的にはルビィにこういうものをプレゼントしたい気持ちはあるんだけど、本人の反応があんまり芳しくないのよね。
それになにか作るたびにホイホイあげてても、死蔵される物が増えるだけだろうし。
着けてほしいっていえば着けてくれるだろうけど、それもなんだかなあって感じではある。
できれば喜ばれるものを渡したいし。
なんて最近の心情。
「まあこっちはいくつデザインがあってもいいし、またルビィにも手伝ってもらおうかな」
「かしこまりましたわ、主様」
アクセサリーにも流行りのデザインとかはあってもいいと思うけど、右を見ても左を見てもみんなが同じものを着けているような状況は流石に陳腐になりすぎるだろう。
ということで、再びペンを片手に思案するルビィの姿をこっそりと眺める。
こうやって、ルビィと一緒に何かを作るっていう時間も、個人的には嫌いじゃないかな。
ダンジョン運営と言えば疲れることも多いけど、この時間は休憩するのと同じくらい癒されるから好き。
後日談というかなんというか。
感想を聞こうと思って買取屋さんに持ち込んだネックレスは、ペンダントトップよりも細かく生成したチェーンの方が好評で思わぬ高値が提示されたりした。
違うそうじゃない。




