029.鍛冶屋さん
「こんにちは」
「いらっしゃいませー」
ここは王都の中。
今日は鍛冶屋を探しに来たのだけど、それ以外にもちょこちょこ他の用事もあったので今は猫耳の店員さんの店に来ていた。
最初に魔石を買い取ってもらったあのお店ね。
ちなみに店自体は普通の広さなんだけど、大本は結構大きな商会で手広く取引をしているらしい。
店に並べてあるのはその取引例というか見本かな。
まあ魔石の買い取りなんて儲けは大きくてもその分資本がしっかりしてないと出来ないだろうしね。
というわけでそんな店舗の一階を任されている彼女もそこそこのやり手だと思われる。しらんけど。
「魔石の買取りをお願いしていいですか?」
いつも通りルビィは後ろで、俺がカウンターの前へと出る。
「はいどうぞー、もしかして前回言っていた火の魔石ですか?」
「はい、これです」
うわあ、顔覚えられてる。
なんて俺の感想をよそに、店員さんは受け取った火の魔石をしげしげと観察している。
「あとこれもお願いできますか?」
言って俺が取り出したのは試しに作ってみた日本刀。
「これはまた、珍しい物をお持ちですねー」
「ご存じですか」
「はい、東洋の刀ですよね。こちらも蔵から出てきたものですか?」
「ええ、そうですね。祖母の蔵から出てきたものです」
っていう設定。
「珍しい物をお持ちの方だったんですねー」
「そうですねー」
本当は非実在おばあちゃんなんだけど。
「それでは、少々お待ちください」
「はい、お願いします」
彼女に魔石と刀を預けてから、店内を見学させてもらう。
そこには魔石の外にもエンチャント付きの武具や装飾品などもあって興味深い。
特に宝石は、そのカットの仕方がとても参考になった。
加工自体は生成魔法で一発だけど、こうやって技術に基づく手法は自分じゃ思いつけないしね。
そんな手法を丸パクリするのもそれはそれで酷い話だけど、文句は俺にダンジョン経営なんて押し付けた神様に言ってくれ。
というかよく考えるとカット技術が許可制だったりしたりするかも?
技術の保護と特権としての許可制、とかならありうるかなー。あとでちょっとそれとなく聞いてみよ。
エンチャント装備とかスクロールも作れるようになりたいんだけど、あんまりダンジョンから高級品が取れるようになっても難易度に見合わないから後回しにしてるんだよねえ。
流石に今の階層の深さで財宝が旨いからってシルバー以上の冒険者に大挙して来られても困る。
せめて20、できれば30階層までは本格的な魔法品は引っ張りたいかなあ。
「お待たせいたしました」
店内を見学していると店員さんに呼ばれたのでカウンターに戻る。
「火の魔石は金貨3枚になりますねー。刀の方は銀貨10枚になります。刀の方は物自体は悪くないんですけど、扱いが難しいのと需要が少ないのでこれくらいの値段になります」
まあ普通に考えて不人気だもんね。
「それじゃあ火の魔石だけ買取でお願いします」
「はい、ありがとうございますー」
ということで受け取った金貨を数える。
「そうだ、ルビーが欲しいんですけど取り扱いってあります?」
「ありますよー、どういった物がお望みですか?」
「そうですね、原石の、それもできるだけ使い辛くて価値が低いようなクズ石がいいですかね」
そんな俺の注文に、店員さんが猫耳をパタリと折った。
「また変な物をお望みですねー」
「ちょっと新しい商売に使うかもしれないので」
「なるほどなるほど、それじゃあ少々お待ちくださいね」
「はーい」
(自分で言っといてなんだけどあるんだ……)
それから奥へ消えていった店員さんがすぐに戻ってくる。
「今用意させていますので少々お待ちをー」
「はい、そうだもう一つ聞きたいことがあるんですけど、この辺で武器を特注してもらえる鍛冶屋さんって居ますか?」
「そうですね、代金はかさみますけど依頼すれば受けてくれる鍛冶屋は多いと思いますよ。どういった物をお望みですか?」
「刀を打ってほしいので腕が良い人で。あと腕のわりに世間から疎まれてて安く頼めるような人だと最高ですね」
「そういう人は流石にいないですかね~」
「じゃあ、良い武器を打つためなら悪魔にも魂を売り渡しそうな人で」
「そっちなら心当たりがありますね~」
あるんだ。
「ただその鍛冶屋は王都の外に住んでるんですけど大丈夫ですか?」
「ええ、歩いていける距離なら問題ないです」
「それでは、地図をお書きしますね~」
「ありがとうございます」
ということでさらさらと紙にペンを走らせる店員さん。
こういうのもサラッと出来るのが有能だなあ、なんて思ったり思わなかったり。
「こういったものでいかがでしょうかー?」
その間に運ばれてきたのは桶に積まれた石の数々。
大きさは片手で持てる程度で、その端々が赤く染まっている。
その色合いは鈍く、血の染み込んだ地面のような印象だった。
とてもここから光り輝く宝石になるとは想像できないようなものだけど。
「ルビィ、どう思う?」
「おそらく問題ありませんかと」
「わかった。すみません、それじゃあこれ貰えますか?」
「大丈夫ですか? おそらく切り出して加工できるような大きさじゃないですよ?」
「ええ、別の用途で使うので大丈夫です。これでいくらくらいになりますか?」
「桶一つで銀貨10枚ほどですね」
「もっと用意してもらうことってできます?」
「ええ、こういったものでよろしければ」
「じゃあこの金貨3枚分で、量はそちらにお任せします」
地図のお礼も兼ねてね。
その金額に一瞬驚いていたけど、結局リクエスト通りの物を店員さんが用意してくれた。ぐう有能。
「山の中だなー」
「そうですわね」
俺とルビィが並んで山の中を歩く。
生い茂った木々はうちのダンジョンの上を思い出すが、ここは王都から30分ほど歩いた別の山の中である。
頭上は広葉樹の枝で覆い隠され、昼間なのに薄暗い。
道も獣道に毛が生えたようなレベルなので気をつけていても見失いそうなレベルだ。
歩いているのが疲労を知らない遠隔人形で、梟の上空からの視点がなければ途中で嫌になって帰っていただろう。
「転ばないように気を付けてね」
「主様もお気を付けください」
二人とも生身じゃないから転んでもノーダメージではあるけど、それはそれとして姿を似せた人形が怪我したりする姿はあまり見たくない。
「といってもそろそろかな」
「そうですわね、見えてきましたわ」
ルビィの言葉通り、木々の隙間から一軒の小屋が見えた。
その小屋からの煙突からは煙が出ていて、外から見てもとても分かりやすい。
あと周囲の木が一本残らず切り落とされて広い空間が形成されている。
薪にするために伐ったのか、火事対策か、両方かな?
ともあれ、目的の家にたどり着いたわけだけど、家の中は作業中かな。
一応金槌の音なんかは聞こえないけど、もしかしたら作業の妨げになるかもしれない。
気難しい相手だったら嫌だなあ、なんて思ってもここで待ちぼうけするのはいくらなんでも時間の無駄だ。
意を決して家の戸を叩こうとすると、丁度中からガチャリと扉が開けられた。
「おや、お客さんかな?」
顔を見せたのは長身の女性。身長は180センチくらいかな。
俺から見上げる形になるその顔は長い耳に褐色の肌、あと銀色の髪でダークエルフと呼ぶのがピッタリくる見た目。
「はじめまして、こちらにお住いの鍛冶師の方へ仕事を依頼したく参りました」
「それは私のことだね」
「あなたが?」
「なにか不満かい?」
鍛冶屋といえばドワーフじゃないのか、という素朴な感想は心にしまっておく。
「いえ、もっと職人気質で話し辛そうな人が出てくるかと思っていたので安心しました」
「話しやすいかは保証できないけどね、とにかく立ち話じゃなんだから中に入りな」
「はい、失礼します」
中に招かれて、リビングの椅子に腰かける。
家主の女性はテーブルを挟んで俺の対面に、ルビィは俺の後ろへ。
「私の名前はフリージア。あんたは?」
「あー、ジャックとお呼びください」
「偽名かい?」
「そうですね、お気に障りましたか?」
「そうだね、名前を隠す奴は後ろ暗い奴が多い。そしてそういう輩が起こす面倒には辟易してるんだよ」
どんな面倒事があったのかは知らないけど、腕の良い鍛冶師ならそういうトラブルもあるんだろう。
「なるほど、確かにそうですね。とはいえこちらの世界であまり名乗ってはいないので、代わりに身分を明かしましょう。私は王都からすぐ近くの場所にあるダンジョンの主をしている者です」
正直に名乗ると、彼女が流石に怪訝そうな顔をする。
「近くにダンジョンができたことは知ってるけどね。流石にはいそうですかと信じるのは難しいね」
「特に信じてもらう必要はないかと。ただ、もし武具を作っていただけるなら、当ダンジョンの財宝として冒険者の方々に配らせていただくことになります」
「そりゃ面倒ごとが増えそうだね」
「そうですね。ですから断って頂いても構いません。ただその前に条件を聞いていただけますか」
「条件とは?」
「当ダンジョンで最終的に求めるのは至上の武器。もしその目的を叶えていただけるなら助力は惜しみません。具体的にはまずこれですね」
マジックバッグから取り出したのは火の魔石。
片手では収まりきらないほどのサイズのそれは、金貨にすれば百枚はくだらないだろう。
当然、鍛冶を生業にする人間なら火力を出すための魔石は喉から手が出るほど欲しい代物だ。
「あとこちらですね。高純度の鉄になります」
取り出したのはティッシュ箱ほどの大きさに加工した鉄塊。
冒険者の武具から生成魔法で作り出したそれは、不純物を飛ばして純度を大幅に上げている。
「これらはダンジョンで作り出すことができます。他に必要なものがありましたらこちらで可能な限り用意いたしますよ」
「こりゃ凄いね、確かに本物だ」
彼女が火の魔石に込められた魔力を確かめ、鉄インゴットの方は手触りや叩いた感触を確認する。
「例えば、ここにほかの金属を混ぜ込む、なんてこともできるのかい?」
「ええ、量さえ指定していただければ」
俺の肯定に、彼女は目を輝かせた。
「ただし一つだけ、条件があります」
俺が指を一本立てると、彼女が眉を動かす。
「聞こうか」
「これと同じ物を打っていただきます」
取り出したのは日本刀。
「刀かい」
「ご存じですか」
「自分で打ったことはないけどね」
言いつつも慣れた手つきで鞘からすっと刀を抜く。
「しかしこれは鍛冶師が打ったものじゃないね」
「はい、これは私が魔法で生成したものです。そして貴女には世界で一番の刀を売っていただきたい」
「刀に拘る理由は?」
「趣味です」
俺が言うと、部屋に笑い声が響いた。
「あはは、いいね。どうせ良い物を作るためにこんな山奥に籠ってるんだ。この仕事受けようじゃないか」
「それはよかった、それと最終的な目標は刀になりますが、他の武器も売っていただきたいと考えています。よろしいですか?」
「もちろん」
「それでは、その契約でよろしくお願いします」
これにて契約は成立だ。あとは細かい要件を詰める必要はあるけれど基本は本職の相手におまかせしておけば大丈夫だろう。
本当は世界最高の刀の方が世界最高の剣より作りやすいだろうって思惑もあったりするんだけど、まあそれは本人に言っても失礼になるだけだから秘密にしておく。
「最後に一つだけ聞いていいかい?」
俺が伝えるべきことと用意するべきものを頭の中で整理していると、彼女が笑ったままこちらに聞いた。
「私に答えられることでしたら」
「なんでここまであたしのことを信用するんだい?」
ここまで、というのは主に火の魔石のことだろう。
あれだけで一財産なんだから不審に思うのも当然かもしれない。
「あなたが腕の良い鍛冶師で、更に世界一の武具を作ることを望んでいると聞いたので」
「そりゃ随分買いかぶられたもんだね」
「買い被りかはわかりませんが、今日のこの出会いがお互いにとって良いものになることを願っていますよ」
ということで、腕の良い鍛冶屋に仕事を頼むことができるようになった。やったぁ。




