028.刀!
刀の柄尻を左手の薬指と小指で絞るように握る。
右手は先に寄せて、両手の間は拳ひとつ分ほど。
構えは大上段に。刀身の先がすっと天井へと伸びる。
目の前には丸太が一本。それは床に固定されて衝撃が逃げないようになっている。
呼吸を浅く、吐いて、吸って、
はっと鋭く吐いて白刃をきらめかせた。
カッと鈍い音がして、刃が丸太に数センチの切込みを入れ、そこで止まる。
「切れね~~~」
食い込んだままの刀を手離した俺の愚痴が部屋に響く。
ここはダンジョン下層に設置した従業員用の広間。
まあ俺とルビィしか入らないんだけどね。
運動したり実験したりで広い空間がほしい時に訪れるここでは、現在武器の開発が行われていた。
これもギルドが解放金契約を受けてくれて、こっちに余裕が出来たおかげだね。
「ルビィ、ちょっとこれ抜いてもらえる?」
「はい、主様」
俺のお願いに応えて、ルビィが丸太に刺さったままの日本刀をひょいと外してくれる。
「それじゃあちょっとこれ斬れるか試してもらって良い?」
「かしこまりましたわ」
ルビィが先程までの俺と同じように刀を握って構えるので、少し離れてそれを眺める。
自然体のまま、スッと撫でるように下ろされた刃先は、そのまま丸太を斜めに通り抜けて床の前で止まる。
一拍遅れて、丸太の上部がストンと床に落ちた。
「お見事」
パチパチパチと俺の拍手が部屋に響く。
「恐縮ですわ」
一礼するルビィから刀を受け取って状態を確認する。
刃こぼれは無し。
丸太でこれなら人体でも肩から腰までスッパリ一刀両断だろう。
実用の武器としては及第点かな。
まあ丸太切りはルビィの技量に依存する部分が大きいのもわかるけど。
俺じゃちょっと斬ってそれだけだったしね。
剣道部だった頃の感覚と、動画で見た斬り方を合わせてうろ覚えでやってみたんだけど、やっぱりだめですわ。
そもそも竹刀と比べると段違いに重くて振るのも一苦労だし。
剣道部じゃなくて居合部に入っとけばよかったわー、なんて後悔先に立たず。まあそんな後悔もしてないけど。
「ともあれ、生成魔法で作った武器は程々だね」
「そうですわね」
感覚で言えば、鋳造よりは強度があるけどちゃんとした鍛造よりはパッとしない、そんな感じかな。
実際にアイアン等級の冒険者が持つ程度の武器としては及第点として宝箱からそのまま採用されたりされなかったりしてるけど、シルバー等級冒険者の反応は微妙だったしね。
一応成分調整して精度を均一に成形できるのと、多少の圧縮効果はかけられるから使い物にならないってほどでもないけど。
ちなみに使う魔力の量をあげて、金属強度を上げるように使った生成魔法の成果出来た片手剣はかなりの切れ味ではあったんだけど、魔力消費には見合わないかなあって感じだった。
「あれなら普通に鍛冶屋さんに作ってもらった方がコスパ良さそうだよね」
「そうですわね」
人の手万能説。これで人件費を削減できたら無敵だろうなーっていうあっちのブラック企業感。
「主様、質問よろしいですか?」
「どうしたの、ルビィ?」
「こういった物は必要なのでしょうか?」
言いながら掲げられたのは日本刀。
ぶっちゃけ使いづらい上に強度も不安じゃない?と言われればぐうの音も出ないが。
「必要か必要じゃないかって言われたら、必要じゃないかな。でも、そういうのがあった方が面白いじゃん?」
「つまり、多様性を求めている、ということですわね?」
うん、大正解。
なんだけどルビィの察しが良すぎると、それはそれでちょっと寂しいなー。なんて思ってしまう今日この頃だった。
「何を考えてらっしゃいますか? 主様」
「なんでもないよ、ルビィ」
顔を覗き込まれたルビィの視線を笑って誤魔化す。
「使い勝手で言えば剣が一番なんだけど、それだけじゃ宝箱の中身の価値観が良い剣か悪い剣かのニ軸しかなくなっちゃうよね。そこに槍とか斧とか日本刀とかを追加したら個人間での当たり外れが増える。それで武器屋を通して需要と供給が生まれれば得をする人間がでてくるかもしれない。性能が良いけど不人気で安い日本刀を選んで握って達人になる冒険者とか出てきたらロマンがあるよね」
だからまあ、遊びが半分実利が半分くらいだ。
「だからこういうのを作ってみたりもしたんだけど、流石にこれはやりすぎだったね」
俺がマジックバッグから引きずり出すように取り出したのは刀身だけで俺の背丈ほどもある大剣。
根本の幅は30センチほど、中央の厚さも5センチほどで形状は剣ではあるけど実質的には鈍器だ。
まあぶっちゃけるとドラゴンを殺せるアレなんだけど。
「それに関しては、バカの武器ですわね」
「間違いない。ルビィ持てる?」
「おそらくは」
「無理はしないでね」
床に寝ているそれを、ルビィがぎゅっと握って立ち上がってから持ち上げると、見事に直立する。
「おー、凄い」
「流石にこれを自由に振り回すのは難しそうですわね……」
「持ち上げられるだけで十分凄いよ。ちょっと腹筋とか触ってみても良い?」
「その場合は、主様の脳天にこれが落ちてこないように祈っておいてくださいませ」
「ルビィにその気がなくても事故がありそうでほんとに怖いわ」
あるいはルビィのお腹を撫でながら昇天するならそれも良いかと思わなくもなかったけど、流石に実際に試すのはやめておいた。
「冒険者の中にはこれくらいのものを気軽に振り回せるような人間もいるのかなー」
「おそらくいるのではないのかと」
「まじかー、敵対したくないなー」
こんな見た目の武器を振り回されたらそれだけで威圧感がヤバいでしょ絶対。
まあ実際に対面するのは俺じゃないけど。
「それじゃあ、戻しちゃっていいよ。ありがとねルビィ」
「はい、主様」
返事とともに下ろされたそれは、マジックバッグにするりと収納されていった。
今更だけどこれも大分超技術だよねマジックバッグ。製法自体はそんなに難しくないらしいけど。
「主様、先程の武器も宝箱に入れる予定ですか?」
「んー、あれはまだいいかな」
ネタとしては面白いと思うけど、流石に一発ネタで配るには鉄の使用量が多すぎる。
あれだけで日本刀が数本作れるしね。
ぶっちゃけ今配っても溶かされて鉄材として再利用される気しかしない。
どうせだから溶かして売るにはもったいない程度にエンチャントをつけられるようになってから配ろう。
「ナイフ、剣、槍、斧、日本刀とかがメインかなー」
槍って案外金属量は少なくても済むんだよね。まあダンジョン内だと振り回すのが難しいって難点があるけど、そっちには考えてることもあるし。
「弓、矢、棍棒なども良いかもしれませんわね」
特に棍棒は、剣よりもスケルトンに使いやすいと地味に評判になってたりするっぽい。やはり骨には鈍器か。
「そっちもちょっとずつ宝箱に入れて様子を見てみよっか」
「かしこまりましたわ」
どっちにしろ、もう一段上の報酬を作るには、鍛冶屋さんを探す必要があるかな。
「んじゃー、鍛冶屋探しに王都に行きますか」
「はい、主様」




