027.6F②
そのまま下の階へと降りたテリゼットが、松明を床において耳を済ませる。
パチパチという松明の音の他に、聞こえる音があるかを確認するが、少なくとも周辺にその気配はない。
もう一度上を確認すると、双子姉妹が手を振っているのが見えてテリゼットが軽く微笑む。
それから姿勢を低くして床を探るが、罠の類はやはり見当たらなかった。
おそらくここは、上から降りてくるための空間として設定されているのだろう。
そして部屋から唯一の通路へ顔を覗かせてみるが、やはりそこにも罠や魔物の様子はない。
一応テリゼット自身も単体のスケルトン程度であれば五分に戦うことが出来るが、それが自由に動けない空間や複数相手ではそうもいかない。
(いざとなったら最初の部屋まで引っ張っていってそこで皆さんに倒してもらうことになるかもですね)
まあ全滅してしまっては元も子もないので、テリゼット自身が捕まった方が良い場合は無抵抗で捕虜になる、という判断も必要になるだろうが。
そういったリスク管理も、狩人や斥候の役割ではあった。
角を曲がり、更に気配を探る。
松明は元の部屋から持ってきていないのでほとんど暗闇に近い視界の中でも、テリゼットには視力に頼らない部分で十分に索敵が出来た。
元々森の中での狩りを生業にしていた彼女には、その魔力によって強化された五感によって常人にはわからないような微細な変化まで感じることが出来る。
身を低く保ったまま、するすると前に進み、更に進んだ角の奥を覗く。
二度曲がった先にはほとんど松明の明かりは届かず流石の彼女でも視界以外の感覚が頼りだ。
(また魔物は無し。でも十字路になってる)
そこから魔力探知式の落とし穴を避け、全身の感覚を研ぎ澄ませながら分岐路の前まで進む。
(正面と右手には気配無し、左手には……、スケルトンがいる)
おそらく数は1体、そしてまだ気付かれていない。
気配を殺して数歩の距離詰めれば、一方的に処理できるだろう。
しかしテリゼットは、その方法を頭の中で却下する。
目の前の獲物はおそらく狩れる、しかしその周囲の罠を探知することまでは流石に出来ない。
それにあの魔物を探知する範囲にもう1体、魔物が配置されているかもしれない。
森の中で獲物を狩ることを生業にする人間には、そういったことを考える周到さがなければやっていけなかった。
狩る側であると同時に狩られる側でもあるという意識は、森でもダンジョンの中でも同じだ。
そう自分に戒めて、テリゼットは後ろへと足を引く。
「みなさん、いますかー?」
「おかえりー、今ロープ下ろすねー」
「お願いします」
双子が下ろしてくれたロープを掴んで、腕の力でよいしょと昇る。
それ自体が結構な腕力を必要とする行為なのだが、狩人のテリゼットには余裕のある行為だった。
そして戻ってきた彼女を加えて、全員が輪になって座る。
「下も5層から劇的に変わっているような所は見当たりませんでした。ただ、帰り道は近くになさそうです」
「本格的に困ったわね」
「行こうよー」
「行こうよー」
左右を双子に挟まれたツティが、両腕を引っ張られつつも考え込む。
「テリゼットはどう思う?」
「このダンジョンの性質上、帰り道は用意されてるんじゃないかと思いますね。あと帰す気がないなら、わざわざこんな隠し方はしないんじゃないかと」
「たしかにね」
越えたら捕まえるボーダーラインを引くなら、わざわざこんなわかりづらい作りにはしないかもしれない。
賞罰のバランスを考えたら、むしろこれを発見した人間にはご褒美があるんじゃないか、とそんな気がする。
「ニベレッカはどう?」
「ここ、底が深くて、危ない。でも、普通は引っかからないように、わかりやすく作られてる。だから、当たりかも」
口数が少ない彼女だが、その言葉の正解率は案外高い。
そんなニベレッカは一気に喋りすぎて力尽きているがそれはともかく。
「それじゃあ、みんなで行きましょうか」
「やったー!」
「いくぞー!」
「はい」
「うん……」
ということで準備は迅速に縄を降ろし、ツティからトラ、ナラの前衛が先に降りる。
ニベレッカは縄をつかんだまま、上のテリゼットが少しずつ降ろしていき、最後に落とし穴の縁にぶら下がってからトンと手を離した彼女をツティが下で抱き留めた。
「ありがとうございます」
「テリゼットは軽いわねー、羨ましい」
「ツティは重いー」
「鎧も中身も重いー」
「殴るわよ」
なんて言いながら、ツティがテリゼットを降ろし、そのまま隊列を組む。
前衛が戦士のツティ、中衛がトラナラ双剣双子姉妹、後衛に治癒師のニベレッカ。
狩人のテリゼットは先導役で、戦闘が始まったら後衛だ。
魔術師のいないこのパーティーはスライムなどへの対応力が薄いのでテリゼットの索敵が探索の要になる。
「それじゃあ行きます」
先導する彼女が宣言すると、女子だけの緩い空気が裏返ったように冒険者のそれへと変貌する。
先に探索してあるところも油断なく、十字路はやはり左の先にスケルトンが居たのでそれにナイフを投擲する。
赤い。
先ほどは気配だけを頼りに探っていたので判別できなかったが、それは当たりの個体だった。
カタカタと音を鳴らしながら近寄るそれにツティが長身を活かした広い間合いで両手剣を振り下ろす。
ガンッと鈍い音は両手剣が盾に防がれた音。
しかしそれと同時に壁を蹴って跳躍する小さな二つの影が、空中で交錯するようにスケルトンの首と右腕を切り落とした。
「危ないのであんまり前まで跳ばないでくださいねー」
「はーい」
声を揃えて返事をしながら戻ってくる二人には視線を向けず、テリゼットは崩れ落ちた赤スケから魔石を取り出す。
「これは大物ですね」
「おっきー」
「もっとおっきーのが見たーい」
鶏の卵ほどの掲げたそれはおそらく金貨5枚以上にはなる大物だ。
「一応さっきの落とし穴が閉まってないか確認しましょうか」
「そうね」
戦果はこれで十分なのでもし空きっぱなしなら肩車なり踏み台ジャンプなりで上に戻れるかもしれないという提案だったのだが、流石に既に閉じてしまっていた落とし穴の蓋は破壊して脱出というには難しそうだった。
「残念」
「しょうがない」
「そうですね、先に進みましょう」
「穴からすぐの赤スケルトン……、ちょっと怪しい……」
「しばらくは、特に注意して行きましょう」
「はい」
隊列を再び組みなおして、一行は十字路の先へ。
まず左の突き当りには宝箱があり、中身は手斧が一つ。
「ナラ、使うー?」
「使わなーい。トラ、使うー?」
「使わなーい」
「それじゃあ私が使わせてもらっていいですか?」
「リゼちゃん、使うのー?」
「はい、こういうのも投げたら案外よかったりするので」
「それじゃあ、はいー」
「ありがとうございます」
なんてやり取りを挟みながら、今度は最初の部屋から見て右手の通路へ。
特に警戒をしていたテリゼットが先の曲がり角の前で右手を上げると、全員がぴたりと歩みを止める。
そのまま彼女が角からすっと顔を覗かせると、その先には今まで見たことがない影が鎮座していた。
「……!?」
驚きの表情を浮かべる彼女に続いて、他の四人が壁からそっと顔を覗かせると、その全員がテリゼットと同様の表情を浮かべてそっと後ろへと下がった。
「あれ、ゴーレムじゃない!」
角から十分に距離を取ってから、ツティが小声で叫びをあげる。
ゴーレム、それは土や岩で作られた操り人形。
その巨体から繰り出される拳の破壊力は、金属の鎧も簡単に叩き潰してしまう。
最弱のゴブリンの強さを1、ドラゴンの強さを10として、スケルトンがおよそ2程度に対し、ゴーレムは6程と言われている。
それはシルバー等級のパーティーが1体を相手にして互角に戦える程度の強さ。
つまりアイアン等級ではとても太刀打ちできないことを意味していた。
「急に強くなりすぎじゃないですかね」
「倒せなそうー」
「勝てなそうー」
「どう考えてもあたしたちじゃ無理よ」
ちなみにこのダンジョンで一番訓練の成果が出ているスケルトンが3程度の強さなのでひどいインフレである。
「そうですね、一先ずは戻って別の道に行きましょうか」
それから戻ってまだ確認していない道を進み、複数のスケルトンを手早く狩りながら魔石を回収していると、先の通路からズシンと低い音が響く。
「ゴーレムが、歩いてますね……」
見ると、ゴーレムが奥の左右に分かれた道を、一定間隔で往復している。
そして問題は、他の通路は既に探索済みということだった。
「どうしましょうか」
ツティが困ったように呟く。
進行方向にはゴーレム、しかしゴーレムには到底勝てない。
まるで行き止まりに突き当たったような感覚に包まれる。
その中で、なにかに集中していたテリゼットが口を開く。
「数えてみたんですが、トントントンのリズムで左右に移動するのに10、そのあと移動音が止まって10、目の前を通過するのに音がしてから5です。もしかしたら、ゴーレムが通り過ぎた後ろ側に入れば見つからずに先に行けるかもしれません」
トントントンと彼女が刻むリズムはあちらの世界の1秒とほぼ同じもの。
つまりおおよそ猶予15秒以内に個々から飛び出してゴーレムの視界が切れるところまでたどり着かなければいけない。
「リゼちゃん賢いー!」
「頭良いー!」
「問題はどちらに抜けるべきかということですが……」
「あたしなら……、片方は隠れられない長い道にする……」
「確かに、左右で5ずつだからといって道が同じ長さとは限りませんね」
片方は15数える間に隠れられる角がある道、もう片方は15じゃ抜けられずゴーレムに見つかる道。
そんな仕組みになっているのは十分に考えられる。
「あと罠……」
ゴーレムの往復する範囲に巧妙に隠された罠が張ってあればそれを回避するのは難しい。
それに推定曲がり角を越えて安心した先に、なんてことも考えられる。
「ああもう、作った奴の性格が悪い!」
「あと先に魔物……」
「スケルトンなら、倒せるー」
「4体までなら、お任せー」
「じゃあニベレッカはあたしが守るわね」
「どちらにしても、先の通路は確認しておくべきでしょうね。ちょっと行ってきます」
テリゼットがゴーレムが通り過ぎたタイミングを見計らってサッと角の前まで身を進め、15を数える直前まで左右を観察して戻ってくる。
「左は道が長いですね。右は曲がり角になっているのでそちらに行くべきかと」
その言葉に全員が頷いて、隊列を組みなおす。
一番前にテリゼット、次に双子姉妹、最後にニベレッカを抱き上げたツティだ。
ゴーレムが再び往復をして、左側に消えた瞬間に全員が駆け出した。
途中テリゼットがパッと跳ねると、後続の三人もそれに倣って彼女が避けた床を踏まないように跳ぶ。
そして駆け出してから10を数える前に角の曲がると、そのまま身を低くして地面を滑った。
「スケルトン4!」
「まかせてー」
「せてー」
スケルトンは先頭のテリゼットに向けて木剣を空振りし、そのまま一瞬で2体、呼吸を置かずにもう2体首が跳ね飛ばされて床に転がった。
トラとナラは左右で一刀ずつ振った姿勢から整えて、テリゼットは振り返ることなく罠を警戒しながら更にその先の角まで身を忍ばせる。
「……、あたしの出番はなかったわね」
「ゴーレムに気付かれた気配もありません」
「やったー!」
「やったー!」
控えめな声で喜ぶトラとナラ。
そこに三人も加わって、全員控え目な声で喜びを表して手を合わせた。
それから先はゴーレムに遭遇することもなく、けれども慎重に探索を進めると、ほどなく上に向かう階段が見つかった。
「あれ、階段ですね」
本当は、まだ未探索の通路も6階には残っているのだが、流石にこれ以上頑張る気にはなれない一行が素直にその階段へと進んでいく。
「どこに繋がっているのかしらね」
上に続いているのはいいとして、5階にはそれが繋がるような通路の形跡はなかったはずだ。
そんな疑問の答えは、程なく明かされた。
らせん構造の階段をぐるぐるぐるぐると上り、その突き当りには飛び出した岩の突起。
それに触れると壁がずりずりと奥に避けていき、床に空いた穴からは見慣れた通路が見えた。
「多分、4階ですかね」
空の宝箱からなぜかその先に突き当りの通路が伸びている特徴的な形状には見覚えがあったテリゼットが言う。
おそらく螺旋階段で5階を抜けて、4階まで上ってきていたのだろう。
6階へ降りた時のように順番に下の床へ着地すると、天井に空いていた穴はまたずりずりとスライドする仕掛けで塞がっていく。
「おっ、ツティたちじゃん。どしたのこんな所で」
見ると通路の先から、見知った女性冒険者を先頭とした面々が隊列を組んでいた。
ツティたちの一行は5層にお熱なのを知っている彼女たちなので、わざわざ4層の突き当りにいることを不思議に思ったのだろう。
「この先って突き当りじゃなかったっけ? 宝箱開けちゃった?」
「宝箱はあたしたちが来る前から開いてたわよ」
「そっかー」
残念そうな顔をした彼女に、一行は追加の言葉で事情の説明をしたりはしない。
6層の行き方も、そこからの戻り方も、金になるとパーティー全員が理解していたからだ。
そして事実、このあと無事に脱出した彼女たちは換金で各々金貨2枚ずつの配分を手に入れ、6層の情報と合わせてしばらくのお金に困ることがない生活を送ることができた。
「ツティちゃん、お洋服買いに行こうよー」
「ツティちゃん、髪の毛も下ろそうよー」
「あたしはオシャレとかいいから!」
「「ええー」」
「ニベレッカさんも洋服買いに行きましょうか」
「テリゼットさんが、選んでくれるなら……」
「はい、もちろんですよ」
みんな仲良し。
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