026.6F①
「そろそろマップが埋め終わるわね」
5層の探索中、松明の明かりに照らされながら地図を眺めたツティが呟く。
周りには仲間が4人、ツティを含めて計5人が全員アイアン等級の女性冒険者だ。
「ここまで見つからないのは珍しいですね。多分ミスはしてないと思うんですけど」
狩人のテリゼットが測量した5層の地図はほとんどの通路が埋まっていて特に外周部分は一周して繋がっていた。
これまでの階層の経験上、下へ続く階段は上から降りてきた階段の反対方向にあることが多いのだが、中央付近の一部を残してほとんど地図が埋め終わった状況でもその階段はまだ見つかっていない。
「まだこの階までしか出来てないんじゃないのー?」
「他のパーティーも6層行ったって言ってるの見たことないしねー」
双剣士で双子のトラとナラが地図を覗き込みながら声を揃える。
「でも今まではわかりやすく侵入を拒む空間があったのよね。急に行き止まりにするかしら?」
1階の細道と同じように、これより上の階層では明らかに越えた冒険者を捕らえるという意思の見えるラインというのが存在していた。
それが今の5層には無いのでここで頭を悩ませているのである。
「5層で拡張終わりとか?」
「でも5層は少なすぎない?」
双子姉妹の言う通り、いくらなんでも5層で終わりは狭すぎるだろうとツティも内心同意する。
それに、冒険者としてももっと層が増えてもらった方が都合が良い。
このダンジョンが発見されてから、探索する冒険者の数は増え続け、今では噂を聞いて他所の土地からも攻略に来る冒険者が現れている。
そんな中で、2層から現れた色付きのスケルトンが大きな魔石を持ち、かつ各層におそらく1体ずつしか配置されていないという事情に、冒険者はより深くダンジョンへ潜ることを求めた。
潜る階層が増えると魔物の強さと罠の危険度は上がっていく。
しかしそれでも劇的な上昇をするわけではないし、慎重さを忘れなければアイアン等級でも十分に探索できる範囲だ。
特に両手剣を持つツティや双子のトラとナラは、この5層のスケルトン相手にも全く遅れはとらない。
そして潜れば潜るほど同業者の密度は下がっていき、必然的に色付きに遭遇できる可能性は上がる。
なので自分たちが潜れる範囲の敵の強さでなるべく階層が増えてほしいというのが多くの冒険者の希望だった。
そんな彼女たちが探索を再開し、最後の角を曲がって突き当たりに行き着くと同時にため息が漏れる。
「テリゼット、宝箱お願い」
「はい」
行き止まりに置いてあった宝箱の前にテリゼットが腰を下ろし、他の四人は少し離れたところで休憩を兼ねながら地図を眺めた。
「結局マップは埋まっちゃったわね」
「下り階段なかったねー」
「隠し扉とかも無さそうだねー」
「そうね、残ってる空間もほとんど無いわ」
東西南北に網目のように伸びるダンジョンの通路は、曲がり角と行き止まりでかなり複雑な作りにはなっている。
とはいえマップを埋めてしまえば残っているスペースはほとんどなく、階段がある隠し部屋がありそうな場所もほとんど見当たらない。
「でもそこを探すしかないかしらね」
まだ見ぬ階層があるならそれはすなわち一攫千金のチャンスでもある。
一先ずこの後は、余った空間に隣接する壁をくまなく調べる作業になりそうだ。
一見それと気付かないように隠されている扉を探すなら骨が折れる作業になりそうで、ツティは再びため息を漏らす。
「宝箱の中身はナイフでした」
「お疲れさま。たまには両手剣も出てきてほしいわねえ」
宝箱の中からは武器や防具、魔石などが出てくるが、比率でいえばナイフが一番多い。
それは一番無駄になりにくい汎用性の高さと、材料が少なくて済むという設置者側の事情から導き出された結論で、実際に冒険者からも好評ではあるのだが、それはそれとして自分の使っている種類の武器が出てほしいと思うのも冒険者の心情であった。
特にツティの携える両手剣は、胸の高さほどの長さがあり当たったときの破壊力は一級品の代わりにその大きさで値が張るという事情もある。
更にダンジョンの通路では振り回し辛いという事情もあったが、こちらは本人の技量でどうにかしていた。
「これも結構切れ味よさそう。ナラ使う?」
「んー、でも今使ってるの気に入ってるからなー。トラ使っていいよ」
「じゃあ右手のと交換かなー」
腰の裏のホルスターの右側のナイフを交代させ、余ったナイフはテリゼットが持つマジックバッグへ。
「それじゃあ隠し扉を探しにいきましょうか」
言って地図を畳もうとしたツティが、それを見つめている治癒師のニベレッカに気付く。
「レッカ、どうしたの?」
「ここ……」
ニベレッカが指を落としたのは、地図の落とし穴のマークが書き込まれている地点。
「落とし穴がどうかした?」
「落とし穴、大きかった……」
「つまり……?」
疑問の顔を浮かべるツティをよそに、他のメンバーはなにかを納得したように声をあげる。
「あー」
「たしかに」
「あり得るかもしれませんね」
「だからどういうことよ?」
「ツティちゃん、わからないの?」
「わからないのー?」
「早く説明しないと殴るわよ」
ツティが拳を振り上げる仕草をすると、テリゼットがまあまあと仲裁に入る。
女性にしては背丈があるツティと、十代後半ながら小柄な双子で親子みたいだと、他の者が見ていたら考えたかもしれない。
「つまり、落とし穴が下の階層への道かもしれない、ということですね」
「……、そんなことある?」
たしかにその場所の落とし穴はかなり大きかったし、それだけ分かりやすくもあったから罠は作動させずに回避してきたので下は確認していない。
ただし、それが下の階層に繋がっている、などということはあるのだろうか。
それに落とし穴が下の階への通路なら、ちゃんと戻ってこれるのかという疑問もあった。
「んー、でも隠し部屋を探しに行くよりはマシね」
「それじゃあ行ってみましょうか」
ということで、一行は大きな落とし穴があった地点へと歩を進めた。
「たしかに、下になにかありますね」
テリゼットが下を覗き込みながら報告する。
あえて魔力探知を動作させ、パカッと開いた落とし穴は暗闇に包まれていた。
これより前の階層にあったものは、背丈ほどの深さで簡単に上がってこれるものばかりだったので、底が見えない時点で今までとは別物なことが察せられる。
「降りられそう?」
「魔物は居なそうですね。ロープありましたっけ」
「あるよー」
「はいよー」
「ありがとうございます」
双子に渡されたロープは成人女性の背丈で10人分を超えるほどの長さ。
おそらくこれだけあれば下まで降りられるだろう。
「問題は、戻ってこれるかですね」
少なくとも下の状況がわからなければ判断することも難しい。
しかし回収できる確証もなく松明を投げ込むことにも迷いがあった。
するとニベレッカが転ばないように四つん這いになりながら穴へ近付く。
「魔法、使う……」
「なるほど」
彼女が杖を穴に向けて魔法を唱えると、ぱっと生まれた光がそのままゆっくり下へと落ちていく。
治癒師の魔法リソースを消費するので松明で代用されることが多い光源の魔法だが、場合によっては有用だ。
「魔物の姿無し、罠も見る限り無し。ちょっとした部屋になっていて、先に一本通路がありますね。あと戻ってこれそうな階段とかは無いです」
テリゼットが穴に頭を突っ込んで観察すると、彼女の髪が重力に引かれて面白い見た目になっていたが、そこは女子同士、流石に揶揄する者は居ない。
「んー。どうしましょうか」
「おそらく全員が下に降りたら落とし穴は閉じますよね」
「そうねえ」
今は開きっぱなしのこの落とし穴も、おそらく誰もいなくなればひとりでに蓋が閉まる。
全員で降りて戻れなくなったら困る、しかしパーティーで分かれるには戦闘面で不安が残る。
ツティの内心ではこの条件だと、いっそ見なかったことにして帰ってしまうのが一番良い選択肢に思えた。
しかし、せっかく見つけたまだ見ぬ階層の一番乗りを誰かに譲るというのも、勿体無いという気持ちを捨てきれない。
「トラとナラはどう思う?」
「あたしは、行きたいー」
「あたしも、行きたいー」
「ニベレッカは?」
「どっちでも……」
「テリゼットは?」
「流石にリスクが高すぎるんじゃないでしょうか」
「んー」
多数決でいえば探索優勢だが、双子が基本的に同じ意見なツティたちパーティーでは、数の優位をそこまで重要視しない傾向があった。
そんな中で悩むツティに、テリゼットが挙手をする。
「はい、提案良いですか?」
「なに?」
「私が一人で様子を見てくるというのはどうでしょう?」
「危なくない?」
「危ないよね?」
「命の危険は無さそうですし、捕まっても身代金契約はしてあるので荷物さえ持ち帰ってもらえれば損失も抑えられますから」
確かに合理的な選択ではある。一人だけ犠牲を強いるので他人からは言いづらいが、本人が提案してくれたならそれが一番いい選択肢に思えた。
狩人を欠いた帰り道に不安がない訳では無いが、地図通りに通ってきた道を戻れば今日に限ってはおそらく問題ないだろう。
一番懸念するべきは彼女が怪我をする可能性だが、冒険者をやっていればそれは切り離せない可能性である。
逆に怪我をするのが嫌で引き下がるような冒険者はアイアン等級にはいない。
「それじゃあお願いできる?」
「はい、マジックバッグ渡しておきますね」
「無理はしないようにね」
「はい、もし1000数えても戻ってこなければそのまま帰還しちゃってください」




