024.ギルドに行こう!②
「それでは本題に入る前に、一つお聞かせいただきたいことがあります。ギルドと冒険者に関して、当ダンジョンが原因のトラブルはありますか?」
「どうかな? エレナくん」
ギルドマスターから話題を振られた秘書さんが言葉を並べる。
「そうですね、現在確認されている物で大きなトラブルは二つでしょうか。まず一つは冒険者がダンジョンに多く潜るようになり、ギルドへの依頼の滞りが起こっています。この状態が続きますと、魔物の増加による治安の悪化が懸念されますね。もう一つは所持金を没収された冒険者の通行料の支払いです。こちらは今のところギルド職員が城壁の外まで行って対応していますが手間となっているのは事実ですね」
「なるほどわかりました。それではまず前者の問題に絡んだ話ですが、当ダンジョンが通貨と引き換えに虜囚となった冒険者を解放しているシステムはご存じですね?」
「はい、たしかブロンズ等級の冒険者が銀貨1枚、アイアン等級の冒険者が銀貨10枚とか」
「ええ、その支払いを冒険者の方々からギルドに肩代わりしていただきたいのです」
「と、言いますと?」
「現状この解放金のシステムを利用するための一番の障害は、そもそも本人が捕まっている場合に解放金を支払う人間がいないという点にあります」
「たしかに、そうでしょうな」
冒険者とは元より根無し草が多い。
そして縁者が居なければ解放を頼める人間が居ないというのも自然な流れだ。
「ですから、その役割をギルドに代行して頂きたいのです。こちらの用紙をご覧下さい」
言いながら俺がテーブルに置いたのはニ枚一組の契約書。
そこには冒険者の名前と等級を署名する欄があり、契約の際に等級の解放金と同額を支払い、もしダンジョンに捕まった場合にはギルドがそれを支払うという旨が書かれている。
「これを利用していただければ、冒険者が探索の時間以上にダンジョンに拘束され、他のギルドへの依頼が滞るという事態は緩和されるでしょう」
「なるほど、しかし冒険者がわざわざこの代金を払いますかな?」
「現在当ダンジョンで捕まった冒険者の半数以上は、解放金以上の金額を所持しており実際にそれを没収されています。であれば、この契約を利用することは、実質数日の拘束期間を短縮できるというメリットしかありません。その期間があれば再びダンジョンに潜り金を稼げる、更に保存食の消費を抑えられるというメリットもあります。冒険者が所持金を没収されるという性質上、ギルドには代金を払っているのではなくお金を預けているとの変わらない仕組みになりますね。そしてその預け金が無駄にならないよう、払い戻すための文言を追加しています」
「『払い戻しの制限として、契約の解消は契約日から10日以降とする。また、契約の解消による契約金の払い戻しは最大10日の猶予を持つ』、と書いてありますがこれは?」
「あまり頻繁に契約と解消を繰り返されると手間ですから、ギルドの負担を防ぐために書かせていただきました」
「なるほど。たしかに冒険者がダンジョンに潜る度に契約と解消をされたらそれだけで大量の仕事が生まれますな」
本当は、主に後者の条件に別の意図があるんだけど、それはまだ秘密にしておこう。
「更にこの契約によって、解放金が貯まるまではギルドの別の依頼で稼ごうと考える冒険者もいるでしょう」
「なるほど、しかしこの契約では所持金を預けるツテの在る者や、そもそも払う気がない者もいるのでは?」
「契約を利用する気の無い方はそのままで構いませんよ。あくまで解放金を利用したくとも頼める相手がいない、という冒険者様向けの契約ですので」
「つまり契約している者以外の立ち入りを禁止する、というようなことはない訳ですな」
「そうですね」
実際そういう制約をつければダンジョン側の苦労は一気に解消されるんだけど、それによって減る探索者の数を予想したらわざわざやりたくはないかな。
そもそも契約の有無を確認するのも面倒だし、捕まえてからペナルティーを増やすのもうま味はないし。
「しかしそうなると、手間の割にギルドの利益が少ない気がしますな」
「たしかに直接的に得をするのは冒険者とダンジョン側のみですね。ギルドの利益は冒険者の依頼の活性化による依頼の手数料の増加程度でしょうか。ですがこの契約は、上手く利用すれば大きな利益を生み出す可能性も秘めています」
「それはどのような?」
ここが今日の商談の本題なので、俺が偉そうに頷く。
「例えば冒険者の契約した解放金の総額が金貨10枚になると仮定します。これを管理しているとある法則があることに気付きます。それは、ギルドに集まっている解放金の総額が一定以下の数字にならないということです。100人が契約したとして、100人全員が同時にダンジョンに潜り、そして全員が同時に捕まるというのはあり得ないという理屈ですね。そして引き出されない金というのはつまり、自由に使ってしまっても問題が起きない金と言うことになります」
「それは問題があるのでは?」
「実際に引き出すことに問題が起きなければ、誰も文句は言いませんよ」
そもそもそれを知るのはギルドでも帳簿に関わる一部の人間のみにできるだろう。例えば後ろで立っている秘書さんとかね。
あと、文句があるならそもそも契約をしなければいいという選択の自由が用意されているので、一方的に徴収してる税金などとは性質が異なることもある。
「ですが契約金額の一定割合というと、自由に使える金額は多くありませんね」
この発言はあっちの秘書さんのもの。
「そうですね、総額を金貨10枚の2割と仮定して金貨2枚、これは大した金額ではありません。しかし、冒険者の数が増える、または冒険者の等級が上がるればこの金額は大きくなっていきます。特にシルバー等級以上の冒険者が増えればその金額は一気に大きくなるでしょう」
シルバー等級は金貨3枚、これが30人も契約すればそれだけで金貨90枚。内2割を余剰金として利用しても金貨18枚はそこそこの金額である。更にゴールド以上の冒険者も参加すれば倍率ドンだ。
「ただ解放金の性質上、それは使ってしまうよりも人に貸す方が安定するでしょう。一ヶ月で百分の一の利子をとり、それをまた人に貸すことを繰り返すだけでも数年後にはかなりの金額になっていると思いますよ」
「それは、流石にやってみないとわかりませんね」
まあ銀行のない世界で集めた資金の余剰分を投資に回すなんてシステムは存在しないだろうから懐疑的になるのはしょうがない。
「冒険者の早期解放自体もギルドにとっては悪い話ではありませんから、試してみる価値はあるかと」
そもそも冒険者の自由を確保してギルドの依頼をこなすのを促すだけでもあちらに副次的な利益はあるので、合わせて考えてみれば悪い話でもないはずだ。
「流石に、その話は即答はできませんな」
「問題ありませんよ。ですが返事は早めに頂けたらと思います。もしギルドで行うのが難しい場合は、他の商会様に同じ話をしようかと思いますので」
「他の商会ですか? この仕組みを商会が運用するのは難しいかと思いますが」
秘書さんの懸念はもっともだけど、それ自体はあまりこちらには関係ない話。
「契約の際に余計に手数料を取られる、もしくは商会と冒険者間でトラブルが増える、といったことはあり得るかもしれませんね。当ダンジョンとしては解放金の支払い率が上がれば文句はありませんが」
人間同士でトラブルが起きても、ダンジョンの外でやってくれればこちらとしてはさほど困らないのだ。
とはいえ、ギルドが管理してくれた方が安定するだろうしそっちの方が望ましくはあるけど。
そう伝えると、ギルドマスターと秘書さんが契約書を手にとって確認する。
ちなみに二枚あるのは、一枚をギルドで保管し、もう一枚を冒険者に渡すための物ね。
「一つ確認をよろしいでしょうか?」
「ええ」
秘書さんの言葉に俺が頷くと、彼女が一度眼鏡の位置を直してから質問をする。
「この契約の文面では複数の契約を禁じていませんが、冒険者が二重三重の契約を望んだ場合はどうなさいますか?」
「なるほど、そうですね。ルビィはどう思う?」
俺が首を捻って後ろのルビィへと話を振ると、彼女が少し考え込んでから答えてくれる。
「そうですわね、まず冒険者が所持金を多く預ける場合には当ダンジョンの利益が減ることになりますわ。更にギルド様側にも複数の契約を管理する手間、預かる金額の増加による手間なども考えられます。更にダンジョンの稼ぎで複数の契約が出来る場合、それを当てにし連続でダンジョンに潜る冒険者が現れ、ギルドの依頼で解放金または生活費を稼ぐ者の減少などもあり得るかと」
見事な見解を示してくれたルビィの言葉を引き継ぐ。
「資金を預けておけるからと、過剰に契約を増やして逆に手持ちの金が無くなり生活に困る冒険者なども出るかもしれませんね。対策はどうしたら良いと思う?」
「複数契約を可能としても、その数を制限するのがよろしいかと。ただ制限を二口までとしても、契約数の上限が実質二倍になりますのでギルド様側の負担は大きいかもしれませんわ」
「あるいは等級によって契約出来る数を増やしても良いかもしれませんね。アイアン等級以上は、預ける金額も多くなりますし、余剰資金の運用と言う点では金額が大きければ増える手間にも見合うかもしれません。逆にブロンズ等級冒険者の生活を保護したいと考えるならそちらの数を増やすのも良いかと。とはいえその場合は不公平の不満が出ることに注意した方がいいかもしれませんが」
「最初は一口までとし、状況を見て緩和、もしくは上位の冒険者には個別に提案、といった形がいいかもしれませんわね。シルバー等級以上でしたらそれだけでもかなりの契約金となるでしょう」
「たしかに」
ということでこっちの意見はまとまった。
「ともあれ、当ダンジョンとしては契約の数に制限を求めようとは考えておりません。ですのでギルド様側で可能な範囲で契約を管理していただけたらと思います」
「わかりました」
頷くギルドマスターさん。まあ多分最初は一口ずつになるんじゃないかな。




