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022.解放金

「人多すぎ!」


ダンジョン営業開始から10日、俺の悲鳴がコアルームに響いた。


現在は3階まで増築済み。


本当は地上と同じ高さの1層を1階とすると、3層は地下2階になるんだけど、めんどくさいしわかりづらいから3層=3階ってことにしておいて。


アメリカなんかだとまた階の数え方が違うんだっけ? わからん。


とにかく、階層を拡張してスケルトンを増員し、転送陣を要所に設置したことでダンジョン内の冒険者過密すぎ問題は一先ずの解決を見た。


だけどそれとは別に冒険者多すぎ問題は解決していない。


現在ダンジョン内には冒険者が84名、探索中が35名、捕虜が49名。


戦力はスケルトンが100体、スケルトンメイジが10体、スライムが20体。


他に梟が1羽、うさぎさんが1匹、自立魔導人形ヒーラーが3体、遠隔魔導人形が2体。


上記の合計でおよそ34500ほど。


スケルトンは訓練したら技術を覚えたりすることがわかったので、一部に投擲を教えてみたら2層で大活躍してくれている。


スケルトンメイジは主に睡眠の魔法を使って冒険者の捕獲をする担当。


睡眠の魔法の効果は短時間だし、万全の状態では対抗できることもあるんだけど、疲弊している時や不意打ちなら成功率は上がるし拘束して行動不能にするくらいの時間は稼げるのでとても便利だ。


ゲーム脳的に分かりやすく言うと、敵HPが5割以下で成功率アップ、2割以下で成功率大アップ、成功したら5ターン行動不能、って感じかな。


あんまり前線で活躍させすぎると必要以上にヘイト稼ぎそうだから、現状は半壊以上のパーティーの無力化がメインのお仕事だけどね。


あと2層以降に配置している赤いスケルトンは単純に色を塗っただけの普通のスケルトン。


今は2層と3層に1体ずつ、大当たり枠として徘徊してもらっている。


2層は槍の覚えが一番良かった個体で、3層には剣の覚えが一番良い個体を盾付きで装備させてるよ。


といってもアイアン等級の戦士にタイマンで勝てないくらいの個体だから劇的に強いって訳でもないけどね。


そんなこんなで表の営業体制的には安定してきたんだけど、今度は捕虜が多すぎるのがマジで負担になっている。


捕虜50人近くいると、一人10分で用事を済ませても500分、約8時間以上かかるしね。


結局表の業務もあるからルビィに半分ぶん投げるってこともできないし。


それに忙しくなるとルビィと一緒に居られる時間が減るのが一番の問題。


このダンジョンの運営は二人分の知恵で回ってるので、作戦会議の時間が減ればどこかで破綻するのが目に見えていた。


やっぱり質の良いサービスには余裕のある人員が必要不可欠なんだよね。


人が足りない職場……、流行るインフル……、崩壊するシフト……、うっ頭が……!


ということで、事前にルビィと打ち合わせしておいた計画を実行に移すことにした。


本当はもうちょっと遅らせたかったんだけど、これ以上忙しくなるとルビィに癒されることもできないんだからしょうがない。


深夜になってから、ダンジョンに潜る冒険者の減少を確認して行動を開始する。


迷宮の中は真っ暗で昼も夜もないのだが、王都の城門は夜のうちは閉まっている関係上、夜に人がいなくなるのは変わらない。


それに潜っても三層までのダンジョンなら戻ってくるのにも時間はかからないし、宝箱や魔石の補充が間に合わないような時はずっと潜っていても効率が良くないという理由もある。


というか夜になったらゆっくりしたいから意図的に冒険者を帰るように報酬の再配置を絞って促したりもしてる。


なので俺が一階の壁を作り替えて、入り口近くまで移動するのにもさほど苦労はしなかった。


「それじゃルビィ、サポートよろしくね」


「はい、主様」







朝、ブロンズ冒険者のタルーとその一行はダンジョン入り口に人だかりが出来ているのを見つけた。


通常、ダンジョン内で別のパーティーが近くにいると戦闘の戦利品などで揉める可能性があるので、あまり同じタイミングで中へは入らないという暗黙のルールがここ数日のうちに出来上がっていた。


それに前の組を待つにしても、入り口から少し離れた場所の方がトラブルにはなりにくい。


なので入口に人が集まっているというのは彼らにとって初めての経験だ。


「なにやってんだ?」


タルーが前にいた知り合いの冒険者へと聞くとすぐに返事が返ってくる。


「中の作りが変わってるんだってよ」


「あんだって?」


冒険者の中で、ダンジョン内部の構造が基本的に変わらないという情報はすぐに流れ共有されていた。


それと同時に、内部の地図を作る者たちが現れ、奥が改築され階段が設置されたのちに一層の地図が完成。


制作者であるひとりのアイアン冒険者から転売に転売を重ねられ、かなり安価で手に入るものになっていた。


その冒険者も同じ地図を何枚も用意し、購入した冒険者も複製し転売するというネズミ算式の増え方をした地図なのだが、その総数に反比例して一枚の価値は最初よりずっと安くなっていく経緯をたどる。


とはいえ、おそらくその最初の冒険者がかなりの稼ぎを出したのは想像に難くない。


そんな地図なのだが、ダンジョンの内部が頻繁に作り変えられるならまた扱いが変わってくる。


「じゃあまた一から書き直しってことか!?」


「いや、そうでもないらしい」


タルーの聞くところによると、改築されたのは入り口からすぐ右手、そこに大きな部屋が生まれたのだという。


「んで、あれかよ」


「だな」


つまりあそこの人間は部屋から溢れた人間なのだろう。もしくは部屋に入らず遠巻きに眺めているかだ。


「んじゃ、行くか」


「だな」


タルーと友人が前に出る。


ふたりは別々のパーティーなのだが、どうせ入り口すぐで人が詰まっているんだから問題にはならないだろうと好奇心を優先した。


彼らのパーティーメンバーの、特に女性陣が後ろで呆れた顔をしていたのは言うまでもない。


人混みに揉まれながら前に進み、部屋に入るとまず目につくのは地面から生えている無数の柱。


壁には文字が刻んであり、入ってきた入り口には両開きの扉が備え付けてあった。


柱の高さは腰の丈と同じ程度、太さは二の腕と同じくらいだろうか。


近くで見るとそこにも文字が刻まれているのに気付く。


「おい、なんて書いてあんだ?」


「俺に読めるかよ」


この世界の識字率はそこそこで、冒険者の中にも文字を読めないものは一定割合おり、等級が低くなるごとにその数は増えていく。


このダンジョンを訪れている冒険者に入り口の注意文を理解していない者はいないが、それは冒険者同士の雑談ネットワークの賜物であった。


なのでタルーは近くにいた別の知り合いに柱のそれを解説させる。


そこに刻まれているのは以下の文面。




『ブロンズ等級:チリオラ:女性:薔薇の月29日』




「なんでチリオラちゃん?」


「書かれているのは等級、名前、性別、日付だな」


「もしかして、これ全部に捕まった冒険者の名前が書かれてんのか?」


並んでる柱は数十本。


一々確認するだけでも手間な数である。


一応、全体を観察すればランクと性別と捕まった日付で分別されているのだが、今の彼らがそれに気付くことはなかった。


「最後の日付は?」


「これは昨日の日付だな。おそらく捕まった日付だろう」


「しかしこれだけじゃ墓標にしか見えんな」


そんな言い分は縁起でもないが、実際柱だけでは何の目的でここに設置されたのかはわからない。


「その続きはあれだな」


と指差された壁をタルーが見ると、そこには別の文字が大きく刻まれている。


「だから読めねえって」


「そう急かすなよ、今読んでやるから」




【解放金】


・ブロンズ等級:銀貨1枚


・アイアン等級:銀貨10枚


・シルバー等級:金貨3枚


・ゴールド等級:金貨100枚


・プラチナ等級:金貨1000枚


・オリハルコン等級:――――――――


囚われた冒険者の解放を望む者、奥の部屋に進みその者の等級と名を告げ対価を支払い給え。




視線を奥に向けると、確かに奥に扉がある。


「オリハルコンは?」


「そもそも捕まらねえだろ。噂を聞くだけで化け物揃いだぜ」


「たしかに。てかゴールド以上高くねえか」


「なんならアイアン以上でも高いわ」


「ブロンズは安いな。おい、タルー。ちょっと奥の部屋行って金払ってみろよ」


「んなことするわけねーだろ。……、いや、待てよ?」


「どうした?」


言葉を切って考え込むタルーに周りの知り合いが視線を向ける。


「チリオラちゃんが捕まってるって書いてあったよな?」


「あったな」


「もしこれで解放されても、他のパーティーメンバーは捕まったままだよな?」


「そうだな」


「それなら、一緒に探索できるんじゃねえか」


「!?」


冒険者は当然、同業者として横の繋がりがある。


そしてギルドや酒場で同席する上で、自然と人気のある冒険者という概念も生まれてくる。


通常ならば等級が高い人間ほど人気が出そうなものではあるが、実際には本人の明るさや人当たりの良さや、あと容姿などで低等級の冒険者が人気者、ということもありえる。


そして名前が挙がったチリオラは人当たりが特別良いというわけではないが、竹を割ったような性格で実際に人気があった。


そんな彼女とパーティーを組みたい冒険者は多いが、必然的に高倍率となった競争に人間関係も合わさってタルーたちには今までその機会はなかった。


しかし、今銀貨1枚を出せばそれが実現するかもしれない。


そう考えてからは早かった。


無言で人混みをかき分け前に出ると、扉を開けて奥の部屋に入る。


後ろがざわめくのも気にせずに、チリオラの名前を告げ銀貨を1枚備え付けられている箱へと落とした。


チャリンという音から少しして、その銀貨が光とともに消滅する。


契約は成立したのか?


見物人が見守る中、しばらく待っても現れない変化に騙されたのかという空気が流れ始め、しかし部屋の奥が輝き出したことに気付く。


外では全く見ることのない高度な魔法であるそれは、しかしこのダンジョンでは捕虜の解放に使われて多くの冒険者が目にしたことがある転送陣の光。


その光に包まれて現れたのは、タルーが名前を呼んだ彼女だった。


現状を把握するように周囲に目を向けたチリオラが、自分を助けてくれた相手に気付く。


「あれ、タルーが解放してくれたんだ」


「あ、ああ」


勢いで解放したせいか、本人を目の前にして気軽な反応ができないタルーにチリオラが笑う。


「助けておいてもらって悪いんだけど、アタシお金なんて払えないよ。なんせ今手持ち0だし」


「別に、礼がしてほしくて解放したわけじゃねえよ」


「あっ、そうなんだ」


その返事に興味を失ったような表情を見せたチリオラが、短かい髪を揺らす。


借りを返す必要がないなら、もうここに残っている必要もない。


しかしチリオラは、その場を去る前にもう一度タルーへと視線を向けた。


「でも、ありがと」


言うと同時に、タルーの肩に手を置いたチリオラが少し背伸びをして顔を寄せる。


突然のことにタルーも、隣の部屋から覗いている野次馬も反応が遅れる。


そのまま頬に唇が触れると、惚けるタルーをよそに隣の部屋から男どもの叫び声が聞こえた。




余談ではあるが、迷宮主はこの解放機能が使われるまでしばらくの期間を要すると予想しており、その推測を裏切る彼らの行動には、彼がこちらの世界に送り込まれてから一番の驚かされていた。


冒険者の自由さが凄い。



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