020.2F
「ほんとに細道がなくなってるな」
戦士のショークがダンジョン一階の一番奥でそんなことを呟く。
このダンジョンはつい最近発見され、そこから持ち帰られた魔石と共に大きく話題になっている今一番話題のスポットだ。
特に内部で捕まった冒険者がおよそ5日で解放されるという事実が周知されてからは、まだ見ぬお宝を求めて冒険者の多くが訪れている。
とはいえ上位冒険者の中では未だに懐疑的な見方をして、その報酬と天秤にかけ探索を見合わせている者がほとんどだが、日銭を稼いで暮らす下位冒険者には魅力的な場所であった。
かくいうショークとその一行も、今日で三回目のダンジョン探索だ。
全員がアイアン冒険者で揃えられた一行は、戦士のショーク、斥候のスプー、魔術師のセミーチャ、治癒師のソスの男四人組。
宝箱を見つけても開けないスタイルで探索する彼らは、スケルトンを倒して魔石を回収し、その日の酒代に費やすという暮らしをしていた。
そんな彼らが酒場で噂を聞いたのは今朝のこと。
曰く『ダンジョン一階の一番奥にある帰らずの細道がなくなっている』と。
帰らずの細道というのは人が横向きになってやっとぎりぎり通れる程の狭い通路で、そこを越えて進んだ者は一人も戻ってこれなかったという場所。
ちなみに解放された冒険者の話では、細道を何度か抜ける途中でパーティーが分断されたところを、戦士側はスライムに、魔法使い側はスケルトンにボコられたという。
四方に細道がある小部屋は戦士が先頭になればスライムに捕まり、逆に魔術師を先頭にすれば別の小道から滑り込んできたスライムに残ったメンバーが捕まる。
急いで抜けようとするとその先の落とし穴で行動不能にされた後穴の中でスライムに取りつかれるというハメ技じみた仕様だったらしい。
あるいはシルバー等級以上の冒険者であれば切り抜ける方策のいくつかも思いつくかもしれないその布陣だったが、アイアンやブロンズ冒険者の、更に初見の者には荷が勝ちすぎる案件であった。
なので冒険者の間に諦めモードが流れたその翌日、それが綺麗さっぱりに消えたという知らせを聞いて出向いてきたのが彼らだ。
「無くなってますねえ」
「どうしましょうか?」
「一先ず、進んでみりゃあいいんじゃねえか?」
ショークの言葉に他の三人も頷く。
昨日まで見ていた細道は無くなっているが、代わりに通常幅の通路が奥に続いている。
これなら不意のスライムにだけ警戒しておけばこのパーティーでも十分に対処できるだろう。
そもそもここまでもスケルトンは叩き壊して進んできていたので、特殊な罠にかからなければ戦士がショーク一人でも戦力は十分だ。
実は全員に多少の酒が入っているのだが、これくらいなら日常茶飯事なので問題はない。
特にドワーフのショークは、立派な片手斧を握りながらしっかりとした足取りで進んでいる。
一応斥候のスプーが罠を警戒するが特にそういった物が発見されることはなく、宝箱の一つをスルーすると恐らく一番奥と思われる場所にたどり着く。
そこにあったのは、通路から続く広い下り階段。
今までダンジョンの中では見たことがなかった階段を発見して、パーティーメンバーの全員が何となくその意味を理解した。
つまり、細道が撤去され奥が解放されたのは、地下二階の増築が完了したということなのだろう。
そして冒険者の勘でいえば、一階より二階の方が価値のある物が見つかる可能性は高い。
つまりより良いより沢山酒が飲める。
その期待に煽られて、全員が階段を降りていった。
「敵だっ!」
スプーの叫びと同時にショークが前に出て、他の二人も身構える。
現れたのはスケルトンが1体。
しかし手には木剣ではなく更に長い棒を両手で握っている。
人の背丈ほどもあり、振り回せば壁につっかえてしまいそうなその槍を半身で構えながらすり足で寄ってくるスケルトンは、なぜか骨が赤かった。
一階の白骨のスケルトンとは異なるその姿に警戒をしたショークが、突き出された初撃を左手の盾で受け流す。
そのまま一歩前に出て切り伏せるために振られた斧は、しかし呼応して一歩下がったスケルトンに躱された。
「おおう!?」
再び突き出された槍を盾で弾いたショークが攻撃を避けられる流れを二度繰り返し、次の一撃で槍を力強くパリィして体ごと大きく踏み込んだ。
『眠れ!』
後方からセミーチャの魔法が響く。
睡眠の魔法をレジストに失敗したスケルトンから力が抜けると同時に、ショークの斧が赤いスケルトンを砕いた。
「余計なお世話でしたかね?」
「いや、助かったぜ」
おそらくあのままでもスケルトンを倒すことは出来ただろうが、安全に倒せるに越したことはない。
その分魔術師のリソースは減るが、このまま上に戻ってしまえばさほど出番のないセミーチャなのでそちらも問題はなかった。
「結構手こずってましたね。回復いります?」
治癒魔法では目に見える外傷だけでなく、盾で攻撃を受けた腕のしびれなども回復することができるので気を利かせたソスがそんなことを聞く。
「大丈夫だ。怪我はねえが、一階の奴らよりは随分強かったな。まず槍相手が戦いづらいのもあったが動きも悪くなかったぜ」
一階のスケルトンなどは木剣を闇雲に振り回すだけの単調な動きだったが、こちらは多少の槍術を仕込まれているような雰囲気があった。
「赤いものは特別強いということなのでしょうか、生憎そのような話は聞いたことがありませんが」
スケルトンは白と相場が決まっているので、そこにいる全員が赤いスケルトンには初見であった。
スケルトンの上位種に、スケルトンキングやスケルトンチャンピオンなどといった魔物もいるらしいが、この赤スケルトンはそういった雰囲気でもない。
「それだけじゃないようだぜ」
赤い骨の残骸を漁っていたスプーが言いながら手をかざす。
その指の間には、魔石が一つ。
ただしそれは鶏の卵ほどの大きさがあった。
「でけえ!」
「でかすぎでしょう!」
「でっか!」
三人が口々に驚きの声を上げるのも無理はない。
魔石は基本的にその大きさと内包する魔力の量が比例する。
その中でこれほどの大きさの魔石なら、金貨5枚以上はするようなサイズだった。
ダンジョンの戦利品として酒場でよく自慢話に挙がる、親指の先ほどの魔石とは明らかに価値が違う。
酒場でこの実物を掲げればその場の大半がガタッと腰を浮かせるか、逆に椅子から滑り落ちるような代物だ。
つまり赤いスケルトンは『当たり』ということなのだろう。
「どうする?」
自身も若干の興奮を抑えつつ、隊列の最前列を任されるスプーが一同に聞く。
これだけでも、四人がしばらくは酒に浸かって暮らしていけるほどのお宝だ。
だがもし、もう一つ同じものが手に入れば?
その倍の期間酒だけ呑んで生きていけることになる。
「まず、二階の他のスケルトンがどうかを確認した方がいいかと」
セミーチャの意見は、つまり他のスケルトンも赤くて旨いのかということだろう。
確率は高くはないだろうが、もし二階のスケルトンが総じて同じ大きさの魔石を落とすなら一気に大儲けできる。
そして、落とさないなら素直に帰ればいい。
当然未知のリスクはあるが、出来ることなら進みたいという希望が混じったその意見に反対するものはいなかった。
そして彼らの判断の奥底には、彼ら自身が意識しているかはともかく、倒れても命を落とすことはないのだからという一因があったのだろう。
お宝を手に入れたところから少し進み、角を曲がるとそこにはまっすぐな通路が続いてるように見えた。
松明を持つ斥候のスプーが目を凝らしても突き当りは見えないが、少なくとも20歩(12メートルほど)先までは魔物の姿もない。
追加で治癒師のソスが魔法で短時間の光球を空中に生み出し、そこから10歩ほど進むとヒュッと風を切るような音が聞こえた。
同時にショークがスプーを守るように前に出ると、ガンッという音とともに構えた盾へと衝撃が走る。
結構な衝撃だ。先ほどの槍で打たれた時よりも威力が高い。
そう判断すると同時に、後ろからぐえっという呻き声が聞こえた。
コロンと床に転がるのはおそらく投擲された石。
その石はショークが防いだものと同時に二つ、合計三つ投げられ、一つがソスの腹にジャストミートしていた。
「伏せろっ!」
ショークの指示とともに全員がその場に身を伏せる。
間を置かずに放たれた第二投のうちの一発が盾に当たり鈍い音を響かせる。
石が飛んでくる間隔が短い。
盾はショーク一人の体を防ぐだけで精一杯だ。
おそらく縦一列に並んでも山なりの軌道で後ろの誰かに当たるだろう。
スプーのナイフの投擲、セミーチャの魔法を当てるには遠すぎる。
そこまで一瞬で判断して、ショークは姿勢を低く保ったまま前方へ疾走する。
全速力で距離を詰め、おそらく3体いるスケルトンを切り伏せる。
それしか活路がない状況で、しかし彼が右足で踏み込もうとした床がぱっかりと開き、体の支えが消失した。
「なあっ!?」
倒れ込むように穴に落ち、上半身だけが飛び出した通路の先から再びの投石がひゅんと飛び、ショークの大きな兜にぶつかると同時に彼の意識が刈り取られた。
残念!




