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125.奇跡

「イングリッド様……」


眼下にて、聖騎士団長が聖女様を見て声を漏らす。


なぜここに、という質問は続かない。


その理由は聞かなくても十分に理解しているからだろう。


聖騎士団長なんてやっているなら、武闘派であっても馬鹿には務まらない仕事だろうしね。


代わりに、別の問答がなされる。


「安寧となるとは、どういった意味でしょうか」


「言葉の通りですよ、ドランド様」


それはダンジョンに関する責任を全て自身がとるという宣言。


俺の隣に立つ彼女にそれができるのかといえば、可能だろう。


彼女自身にはダンジョンが暴走した時に止めるような力はない。


しかし王都の信徒たちを安心させ納得させるだけの説得力が聖女様という立場にはある。


そして説得力があれば、実際に止められるかは重要ではない。


そもそも命の危険が、という意味では人間同士でも身の安全が保証されているわけではない。


隣人が突然の凶行に走る可能性があるとしても、大半の民衆はそういった可能性を度外視して暮らしているのだ。


逆にそこまで考えてたらまともな社会生活を送ることが困難である、という話でもあるんだけど。


なら安寧を与えるという意味ではやはり、必要なのはその相手を納得させることができるかどうかだ。


という完璧な理屈なのだが、下から異論が挟まれる。


「その必要はありません」


「なぜですか?」


「このダンジョンは、今日私が滅ぼすからです」


「部下を見殺しにして、ですか?」


「私の部下に、魔物を排する為に命を惜しむ者はおりません」


「それは確かにそうなのでしょうね……。貴方の聖騎士団は特に魔物を強く憎む者が多いですから」


魔物の討伐を主とする彼の聖騎士団は危険な任務が多い。


それでも大所帯を維持しているのは、そもそも魔物に身内を殺されたことを原因とし魔物を討伐する為に志願する者が多いからだという。


必然構成人員は魔物を強く敵視している、というのは聞いた話。


それならここで全員死んだとしても本当に恨み節を言うものはいないのだろう。


実際にこの世界では魔物のほぼ全てが人間の敵なのだから、むしろ敵視する方が自然なんだろうけど。


「ですが貴方がここで力尽きれば、その犠牲も無駄となるでしょう」


「私が犠牲になったのならば、教会から別の聖騎士団が送られるでしょう。私はそれでも構いません」


「確かに聖騎士団が壊滅したとあれば、別の聖騎士団が、それも複数送られることも考えられるでしょう。しかし人に代わりがあったとしても、その結界破りの剣は違うはずです」


「それは……っ!」


反応を見るに結界破りができる武器はそう何本も持って来れるものでもないんだろう。


彼が持つ物の以外に一本か二本か、どちらにしてもダンジョンを滅ぼすまで無限に戦力を送り込むということは実質不可能なようだ。


だがその情報を俺に渡すのは、重大な情報漏洩だ。


もし今後も教会がうちのダンジョンと敵対するのならば、その侵攻に対する致命的な欠点の情報は厳罰物だろう。


そしてその言葉は、彼女の立場をより強く示すこととなる。


「私は責任を持って、この地の安寧を保ちます」


それは王都にずっと滞在するという宣言。


彼女の求められるのは聖女として人を癒やすことであり、その役割のために彼女は国を超えて各地の教会を巡ることを役目とされていた。


この二ヶ月でずっと王都に留まり続けていたのは彼女の強い意志により成り立っていたものであり、通常であればありえない事態。


それを更に延長するというのならば、彼女の属する穏健派だけでなく対立派閥である過激派も含めた教会全体の問題となる。


彼女の宣言の覚悟の深さはその言葉で十二分に示されていた。


同時に信徒の安寧という前提を持ってダンジョンの侵攻を進めていた聖騎士団としては、その前提が失われた上で団員がほぼ壊滅という状況でこれ以上の作戦を続ける理由が失われていた。




「それではイングリッド様」


「はい」


頷いた彼女から握っていたケースを受け取る。


中身はもちろん、バイオリン。


聖女様が持ってきたものだ。


彼女がどんなつもりでこれをここまで持ってきたのかは分からないが、用意する手間が省けたのはありがたかったかな。


それを俺が構え、音を奏でるとともに聖女様の歌声が響いた。


実際の聖騎士たちの状態は鎧に包まれて見ることができないが、まだ息がある者たちはこれで問題なく行動できるところまで戻るだろう。


そして呼吸が止まっている者であっても、まだ死亡していない者であればその息を吹き返すことができる。


それからしばらくの演奏で、多くの者が起き上がり、演奏を止めた。


残りの寝たままである数名は、聖女様の奇跡をもってしても息を吹き返さない者たち。


「イングリッド様、よろしいですか?」


頷く彼女を確認して、転送陣を起動する。


その行き先は穴の底だ。


周囲から警戒するような視線が向けられるけど気にしない。


なんなら隣に立つ聖女様の方がなんでこの場にいて、しかも魔物と並んでいるんだと剣呑な視線を向けられてるしね。


ともあれ、起き上がらない聖騎士の中から一番近い者の前まで歩き、傍の起き上がっている聖騎士へと声をかける。


「兜を外してもらえますか?」


「なにをするつもりだ」


「心配しなくても、あなたたちの団長と話はついているので問題は起こしませんよ」


そう告げられた聖騎士は、一度団長の方へと視線を向け確認してから寝たままの男の兜を外す。


「外傷はないですね」


俺が言うと誰のせいでという視線を周りから受けるがこれはスルー。


聖女様の癒しの力はしっかりと働いているようだ。


ならば目を覚まさないのは肉体とは別の理由。


それでも、この世界の理の内だ。


「この者の名は?」


「……、ポールだ」


それだけ確認できれば問題はない。


「イングリッド様、お願いします」


彼女に声をかけ、再び癒やしの言葉を唱えてもらう。


続いて俺は携えていた杖を持ち上げ、その先端を倒れたままの男に向ける。


「なにを……!」


「ポール」


無視して俺が名前を呼ぶと、杖がうっすらと青白く光を纏う。


ダンジョンは人間を殺した際、その魂を糧として魔力に換える。


ならば逆説的に言えば、吸収していない魂はその場に留まり続けているということだ。


幸いダンジョンは吸収する物を選ぶことができ、魂を吸うことを一時的に停止することも可能だった。


ならばその魂を捕まえて肉体に戻してやればいい。


握った杖はそのためのものだ。


聖女様の力で身体を癒し、そこに魂を戻せば元通りに活動できるようになるというのはさほど難しい理屈ではない。


まあ魂がどこかに行ってしまうか消滅してしまえばそれも叶わない訳だけど、このダンジョンの中であればそれもないしね。


杖の輝きが収まり、代わりに寝たままだった男がゆっくりとまぶたを開けた。


やってることは死者蘇生というよりも死霊術の応用って感じで冷静に考えると教会には怒られる要素しかないけど、実際に生き返った仲間を目の当たりにしたなら今は些細な問題だろう。


そのまま寝ている全員にその作業を繰り返し、聖騎士団の一行は無事に無傷の状態へと戻された。


「さて、それではイングリッド様」


「はい」


周囲の畏怖と警戒の視線を無視して聖女様へと向き直る。


「契約の履行をしていただきます」

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