123.意志
「こちらです、団長」
ウイアオの配下の騎士の一人が前に出る。
後ろをウイアオ本人が続き、更に後ろに聖騎士団員の29名が続く。
先頭を進む男はダンジョンの地図を可能な限り手に入れ、その全てを記憶している。
その男が握った杖を掲げると、それにぱっと白い光が灯り周囲を照らした。
灯りは冒険者が持つランタンや松明よりも明るく、より鮮明にダンジョンの内部を照らす。
それは罠の判別をより容易にし、聖騎士団は大所帯でありながら順調に歩を進めていった。
途中スケルトンなどの魔物が現れるが、それは歯牙にもかけずに一蹴されていく。
団員の多くはゴールド等級並みの実力を持ち、その団長であるウイアオはゴールド等級の二つ上、冒険者としては最上位のオリハルコン等級並みの力を持っていた。
その力は現状確認されているダンジョンの戦力を遥かに凌ぐ。
もはやウイアオ単独でダンジョンを蹂躙するのに十分な戦力であったが、それでも万全を期して十二分の戦力を揃え進攻していた。
途中ゴーレムが目の前に立ちふさがり、ウイアオが結界破りの剣とは別のもう一振りを抜きそれを振るう。
片手で振られた一刀はゴーレムをバターのように両断し、背後に控えていた部下が周りの魔物を一呼吸で掃討する。
「ここまでは順当だな」
「はっ、リッチやグリムリーパーは温存されているのかと」
現在は一桁の階層を進行中の一行であるが、戦力の本命であると推測されるリッチやグリムリーパーの姿は未だ確認されていない。
10階層に設置されているという広間で待ち受けているのか、それとも別の場面で襲ってくるのか、現状で予測はついていなかった。
「あるいは21階層より下にいるのかもしれません」
21階層より下はダンジョン攻略の最前線であり、正確な地図を手に入れるのが難しい範囲でもあった。
特に後半の階層は、30階層攻略レースの勝敗に関わる部分ということで地図は流通していない。
シルバー等級以上の冒険者にコネでもあれば入手できたかもしれないが当然教会の騎士にそんなものはなく、彼らが稼いでいるダンジョンをこれから滅ぼしに行くという話であれば協力関係を取り付けることも不可能だ。
当初は姿を消すマジックアイテムで団員が内定を進める予定があったのだが、全域が水没した階層ということでそれも断念となった。
姿を消すことができても水の中を進めば波紋が生まれる。
むしろ姿を消していれば余計にその波紋は目立つこととなり、流石にダンジョン側に察知されることとなるだろう。
そういった事情もあり21階層以降は構造の詳細が判明しておらず、更に水没した足場はリッチなど浮遊している魔物の奇襲に適している。
10階層毎の広間にいる可能性もなくはないが、リッチ2体とグリムリーパーをそろえてもウイアオ単独の戦力にも遠く及ばないことを考えれば別の場所で仕掛けてくる可能性が高いだろう。
そんな思惑の中で一行が歩みを止めずに進み続けついに10階層へとたどり着く。
警戒を解かずに目の前の大きな扉を開くと、目がくらむような明るさに包まれた。
ダンジョンの外、聖騎士団とギルドが向かい合う中に新たな人物が現れる。
「イングリッド様」
王都から馬車で現れた彼女に、聖騎士団の内のひとりがそう呟いた。
そのまま真っ直ぐにダンジョンへと向かうイングリッドを、残された聖騎士団の面々が前に立つ。
彼らは等しくウイアオの部下であるが、ギルドへの牽制と結界の維持のために残された団員の内の6名。
ダンジョンを覆う結界はその効果範囲を等間隔に配置された聖騎士団員で維持されており、その人数はダンジョン内部へと突入した30名よりもずっと多い。
流石にその範囲の外的要因を完全に排するように配置できるほどの人員は居なかったが、一部の団員が機能不全となっても結界を維持できるように人員が配置され、有事の際には補充と対策に6名があたるという仕組みであった。
そしてその6名は、イングリッドがこの場に現れた際には迷宮へと立ち入らせぬようにとウイアオから命令をされている者たちでもある。
「イングリッド様、申し訳ありませんがここをお通しすることはできません」
「なぜですか」
「そう命令されていますので」
理屈があればそれに反論することもできるが、命令だと言われてしまえばその余地もない。
実際に彼らの態度を変えるには聖騎士団長本人か、更に立場が上の人間の命令が必要だろう。
イングリッドではその命令を撤回するには地位が足りず、当然実力行使で通ることもできない。
「一方的に通さないというのはいささかフェアさに欠けますな」
そこに口を挟んだのはギルドマスター。
聖騎士団員は不快そうに言葉を返す。
「これは教会の中の問題だ」
「ここまで大事にしておいて、身内の問題では通らんでしょう」
「貴様……、教会に盾突く気か」
「教会の内部でダンジョンに対する意見が分かれているのでしょう。でしたらそのどちらを支持するか選ぶだけで教会に盾突くことにはなりますまい。それにこの場で一番地位の高い方はイングリッド様だと考えますが間違いありませんかな?」
聞かれたイングリッドは真剣な顔で頷く。
「ええ」
「でしたらそちらの意見を支持するのはむしろ自然な流れです。それにイングリッド様とは少々面識もありますので」
実際に迷宮主とイングリッドの話し合いに立ち会ったのがギルドマスターだ。
それ自体が公にされている訳ではないが、利害の一致という点でもどちらを支持するかは明白だった。
「それではイングリッド様、どうぞお通りください」
「感謝します、ドランド様」
一方的に話を進め道を開けたドランドに、騎士たちは抗議の声を上げる。
「貴様!」
「おや、邪魔だてするつもりですかな? それではこちらとしてはイングリッド様の身の安全を守るために動かざるを得ませんが」
その言葉と共に後ろに控えていた冒険者たちがイングリッドの抜けた道を人の壁で塞ぐ。
ギルドマスターが居るこの場はダンジョンの行く末が決まる場所であり、元から彼に伴われていた冒険者の他にもダンジョンから退出させられた者たちもその全員が未だに残っていた。
戦力として聖騎士団側が優勢であったのは元より圧倒的な個人の武があるウイアオが居てこそである。
残った騎士たちもゴールド等級相当の実力があるが、それでもここに集まっているギルドの戦力と比べれば多勢に無勢だ。
そんな冒険者たちに通されてイングリッドが張られた結界の前まで進むと、ダンジョンの中から出てきた人影が見えた。
その姿は銀色の仮面を被っているが、彼女は覆われた素顔を判別する。
それは実際に見えているわけではなく、何度も会って話をした経験からの推察だ。
「こんにちは、イングリッド様」
「迷宮主様……」
△▽▲▼
「こんにちは、イングリッド様」
「迷宮主様……」
俺が挨拶をすると、聖女様が言葉に困るように視線を伏せる。
おそらく彼女自身の責任としてここまで出向いたが、実際に聖騎士たちを止める手だては持ち合わせていないのだろう。
まあそれでも責任を感じてここまで来るだけでも立派だと思うけど。
ともあれ、こちらにもそこまで時間の余裕があるわけでもないので話を進めさせてもらう。
「イングリッド様、ひとつお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「はい……」
俺の言葉に彼女が頷く。
「私の握っていたカップは割れませんでしたか?」
「……、はい。カップは無事でした」
「それはよかったです。もし割れていたらお詫びをしなければいけませんでしたから」
そんな雑談の真意を掴みかねている聖女様に軽く笑いかける。
「そう深刻な顔をなさらなくても大丈夫ですよ、事情はおおよそ理解しているつもりですので」
組織の中で意見が割れることも、その結果彼女と騎士団が全く別の行動をとることも、十分に推察できる範疇の話だ。
逆に巨大な組織で派閥争いも権力闘争もない方が異常だろう。
それに既に教会内部の派閥人事を、その引き金を引いた一員として知ってるしね。
なので実際に聖女様の力の及ばない所で聖騎士団が襲ってきたとしても文句を言うつもりもない。
ついでに騎士団の行動を実際に止めろなんて言うつもりもないし。
聖女様とそこまで親しくなったつもりもないし、自分の立場を危うくしてまでこちらの為に行動しろなんて要求できるほど恩を売った記憶もない。
それは今この場にいないお姫様にも同様だ。
利害が一致したならば共栄する、それだけで十分。
逆に打算を超えた相手なんて、俺には一人いれば十分だしね。
「ですので聖騎士団のことはお気になさらずに」
「ですがそれでは迷宮主様が……」
「ああ、ダンジョンの中のことでしたらそちらも問題ありませんよ。こういうこともあろうかと十分に備えはしてありますので」
高位冒険者と同等の実力、組織的な部隊による侵攻、結界破り、どれも想定済みの事案だ。
「ですが一つだけ、イングリッド様にお伝えしておかなければならないことがあります」
それはとても大切な話。
俺はこの話をするためにわざわざ外に出てきたと言っても過言じゃない。
「それは……?」
「侵入した騎士は全員命を落とすことになりますが、よろしいですね?」
俺が告げると聖女様が痛みに耐えるような表情を浮かべる。
当然、彼女にとっては承服できない言葉だろう。
だが一方的に殺しにかかっておいて殺さないでほしいと言えるわけもない。
逆にこちらからは、先に伝えておいた通りになりましたが自業自得ですねと言える出し得カードだ。
実際に納得されなくても、結局一方的に侵入してきて帰る気がない相手には殺す以外に答えはないので結末は変わらないのだけどね。
とはいえ、他に方法が無いわけでもない。
「ただし一つだけ、聖騎士団の命を救う方法があります」
「それは、どのような方法ですか」
聞き返した彼女は、本当にそんな方法があってほしいという希望と、本当にそんな方法があるのだろうかという疑問が半々に混ざりあった表情を浮かべている。
「手段自体は簡単なものです。ですがそれには貴女自身がその全てを差し出す必要があります」
言って片手を差し出す。
目の前には結界があり、その外にいる彼女へこちらから触れることはできない。
だからその答えは全て、彼女自身の選択だ。
「その意志が御有りですか?」




